SS集-No.11-15

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No.11 <<<

【聖遺物】

 聖遺物——カトリック教会における聖人の遺骨や着衣などの遺物の尊称。崇敬の対象とされる。

「あたしたちも死んだら聖遺物になったりするのかな」
 ゼオルート邸で歴史番組を見ていた時だ。ぼそりとつぶやいたのはミオだった。
「だってさ、魔装機神の初代操者になるわけじゃない。まあ、あたしはちょっと違うけど。何かさ『初代』って特別な感じがしない?」
「言いたいことはわかるけれど、正直、私は勘弁して欲しいわ」
「そうだな。そんなものは争いの種にしかならん」
「ええ、リアリスト二人の反応が厳しい」
 目をうるうるさせるミオの視線が今度は一人沈黙を守るマサキに定まる。
「ねえ、マサキはどう思う?」
「聖何とかか?」
「聖遺物だよ」
「そうだな。おれもテュッティたちと同じだ。冗談じゃねえ。死んだあとまで厄介事に巻き込むなってんだ」
 死してなお執着の対象にされるなどご免被る。縛られるのは生きている間だけで十分だ。そして、だからだろうか。「自由」を尊ぶ男に聞いてみたくなったのは。
「なあ、おれって死んだら『聖遺物』になると思うか?」
「あなたがですか?」
 少し驚いていた。そうだろう。突拍子もないことを問うた自覚はある。
「そうですね。第三者から見ればあなたは魔装機神——それも最強と畏怖されるサイバスターの初代操者でありランドール・ザン・ゼノサキスの聖号を賜与されたゼノサキス家の当主です。加えて多くの戦乱を平定してきた魔装機神隊の実質的なリーダーでもある。死後、あなたの亡骸あるいは被服・服飾品が『聖遺物』として祭り上げられる可能性は十二分にあるでしょう」
「……勘弁しろよ」
 あり得ないと吐き捨てたかったがこの男が言うのだ。ならそれはきっとあり得ることなのだろう。
「何かおかしなことでも吹き込まれましたか?」
「別に。ただ、ちょっとTV見てたらそれの話になってよ」
 口を尖らせて不満をあらわにすれば男はくっくと喉を鳴らして言った。
「なら、私が壊して差し上げますよ」
 「世界」が築く『聖遺物』という檻、信仰というくびきを。そして、あなたに再び「自由」を捧げよう。 
「素粒子一つ、残しはしません」
 物騒なことを口にしているわりにその表情はとても穏やかだ。
「……約束は守れよ」
 この男は嘘は言わない。できない「約束」もしない。
 だから、その日が訪れたなら。
「ええ、必ず」
 いつかその日が訪れたなら——必ず、この手で。

【洗濯くん】

「何か欲しいものはありませんか?」
 何かをねだることがめったにないからかシュウは折に触れてマサキにそう尋ねてきた。だから、迷うことなくマサキは答えた。ちょうど欲しいものがあったのだ。
「じゃあ、『洗濯くん』二台!」
「は?」
 幅三六センチ、奥行三三センチ、高さ五三センチ。重量約四・五キロのバケツ——型ポータブル洗濯機。商品名洗濯くん。
「これ靴やじゃがいもも洗えるんだよ」
 マサキは上機嫌だった。
 長期間の遠征や任務先の環境によって衣食の保証が危うくなることは多い。中でも深刻なのは衛生面だ。魔装機神隊それも魔装機神が長期間駆り出されるような戦闘地域にまともな宿営は期待できない。河川などが近くにあればまだ水浴びくらいはできるだろうが文字通り水を浴びる程度だ。逼迫した状況を鑑みればそれもやむなしとはいえせめて下着くらいは清潔なものを身に着けたいではないか。使い捨てタイプの下着も考えたが期間延長などが原因で足りなくなってしまったら最悪だ。悩んだ末に使い捨て下着と洗濯くんの併用となったらしい。
「……切実ですね」
「おう。これをプレシアがネットで見つけた時はテュッティとミオが最寄りのショッピングモール検索して全力疾走してたからな」
 それはもう鬼気迫る形相だったらしい。その光景を想像し、シュウは脳裏に浮かんだそれを即座に記憶から消去した。恐ろしい光景だった。
「備品として予算計上しろよって話もあったけどよ。そんな高いもんでもねえし、自腹切ったほうが早いからな」
「もう一台はプレシア用ですか?」
「ああ。今まで使ってたやつが壊れちまってよ。在庫探しても見つからなくてどうしようかと思ってたんだ」
 ラッキーだった。そう無邪気に喜ぶ様はまるでお気に入りのおもちゃを見つけた子どものようだ。
「そうですか。では、他に欲しいものはありませんか?」
 問えば何か思い出したのだろう。機嫌良くマサキは答えた。
「じゃあ、あれだ。シャンプーな!」
 魔装機神隊全員分のドライシャンプーの配達手続きを終えたマサキは実に満足げだった。
「無欲が過ぎるのも考え物ですね」
「何だよ、俺だって人並みの欲はあるぞ」
「もう少し利己的な欲を持って欲しいということですよ」
「?」
 不思議そうに自分を見上げてくるマサキにシュウは肩をすくめる敷かなかった。

【未来の木箱】

 その日、タブレットを手に何かしらのニュースに目を通していたシュウは妙に上機嫌だった。めずらしいこともあるなと理由を問えば、
「マサキ、あなたの母国の技術は素晴らしいですね」
「何かあったか?」 
「木造の人工衛星ですよ。それも約一〇センチの超小型人工衛星です」
 タブレットの中央には一般的なルービックキューブの二倍ほどのサイズをした木造の立方体がひとつ。これが件の人工衛星らしい。
「へえ、木造ねえ。——はぁ、木造っ⁉︎」
 思わずすっとんきょうな声が出た。
「ええ、しかもネジや接着剤は一切使用していません」
「え、じゃあどうやってくっつけてんだ?」
「【留形隠とめがたかく蟻組接ありくみつぎ】と呼ばれる日本古来の伝統的技法を採用したそうですよ」
「とめがたかくしありくみつぎ?」
「木と木を組む伝統的な技法ですね。木材同士を組み合わせることにより反りを止め合い強固な接着を実現する。だからネジや接着剤が不要なのですよ」
「スゲぇな、それ」
 マサキは生粋の日本人であるが【留形隠し蟻組接ぎ】なんて生まれて初めて聞いた言葉だ。
「木だけで衛星ってできるんだな」
 まさかネジも接着剤も使わない「木造」の人工衛星が実現するだなんて、マサキからすれば異星からの侵略者よりよほど信じ難い話だった。
「これって手作業なのか?」
「そのようですよ。木は生き物ですから機械では測りきれない部分があるのでしょう」
 開発者たちの最終目標は「木造の」宇宙ステーションだと言えばマサキはもとから大きめの目をさらに見開いて驚いた。
「いくら何でも無茶だろ、それ。だって木だぞっ⁉︎」
「ええ。ですが、彼らはそれが不可能だとは思っていないようですよ」
 事実、その熱意でもって彼らは「木造の」人工衛星を作り上げた。ならばたとえ幾世紀かかったとしてもその実現には十分な可能性がある。
「そもそも不可能といえば私のグランゾンやあなたのサイバスターはどうなるのです。特に精霊憑依を遂げたサイバスターの能力は理論上無限に等しくなるというのに」
「……それは、まあ」
 地上においてはあり得ない「ファンタジー」が当たり前に実現する地底世界ラ・ギアス。そのラ・ギアスにおいて「世界」を背負う「魔装機神」操者に「木造の宇宙ステーションだなんてありえない」と言われたところで、正直、説得力は皆無だ。
「彼らからすればあなたの存在こそあり得ないでしょうからね」
「お前のグランゾンだって十分不条理じゃねえかよ」
 縮退砲だなんて馬鹿と冗談が徒党を組んだとしか思えない武装を設計実装しておきながら、何を他人事のように。
「でも……、そうだな。できるといいな」
 地球を見下ろす緑を宿した宇宙ステーション。
 その光景はとても優しい、そう思う。
「その時は見に行きましょうか」
「お前もか?」
「あなた一人では迷子になるでしょう?」
 ただの「民間人」として宇宙に漂う「未来の木箱」へ。
 いつか、その希望が芽吹いたならば。

【あ、ウロボロスですね】

 最初の絶叫はチカだった。次はチカの悲鳴に耳を尖らせてやってきたシロとクロ。そして、最後は一羽と二匹の悲鳴を聞いて駆けつけたマサキだった。
 一人と一羽と二匹の四重奏は強烈だ。扉の向こうで次の学会の準備に追われていたシュウは手を止めて天井を仰いだ。無理だ。こうなっては無視できない。手を止めて時計に目をやる。正直、時間はあまりない。だが、仮に無視しようものならあれは間違いなく一つの災厄となってシュウに降りかかってくる。
「仕方ありませんね」
 何よりあの四重奏の中にはマサキの悲鳴も入っていたのだ。もとより無視などできるはずもなかった。
 ひっくり返った四重奏の発生源は今現在シュウが潜伏しているセーフハウスの裏側。しかし、裏側にあるのは小さな森林とその奥にある岩山だけだ。もしヴォルクス教団の追っ手であれば周辺に張った結界が反応してシュウに知らせるはず。であれば一体何が。
 早歩きで追いついた場所でシュウを待っていたのは、おのれの使い魔を抱えたまま直立不動で凍りついたマサキとその頭上で同じく真っ白に固まったチカだった。シロとクロはすでに目を回して人事不省状態であった。
「ああ、ウロボロスですか」
 事の原因はひと目で知れた。文字通り石化した一人と一羽と二匹の視線の先に横たわる物体。胴回りの直径は目測でおよそ三〇センチ。体長に至っては五メートル以上あるのではなかろうか。その皮膚は黒く背中には三列に楕円形の白い斑点があり、体の両側には小さな白い斑点が並んでいる。それは地上で言うところのアナコンダ——紛う方なき大蛇であった。
「そういえばここ最近は猛暑が続いていましたね」
 冷静に状況を振り返るシュウの視線は自らの尾をただ黙々と飲み込みつづける大蛇に固定されている。
 ウロボロス。それは自らの尾を吞み込んで円環状になった竜や蛇の姿で表現され、転じて無限である様を指す。フィクションなどでよく耳にする言葉であるがウロボロス自体は特別めずらしい現象ではない。
 ヘビが自らの尻尾を飲み込む決定的な理由はいまだ得られていないもののいくつかの要因はすでに挙げられている。その一つが「温度調節の異常」であった。
 変温動物であるヘビは自らの体温を制御する能力を持たず外部の気温に依存しているため、長期間に及ぶ酷暑や気候変動によって体温が上がり過ぎたヘビは方向感覚や温度感知の能力に支障をきたし、混乱して自分の尻尾と獲物が見分けられなくなってとっさに噛みついてしまうのだ。
 なるほど。何の心構えもなくこんなものがいきなり目の前に現れたら叫びたくもなるだろう。しかも、サイズがサイズである。そのうえよくよく見ればラ・ギアスでも非常に獰猛な部類のヘビではないか。正常な状態で遭遇していたらどうなっていたことか。
「いやああぁぁ——っ、悪夢、悪夢ですわよ。こんちくしょうこのやろう。あたくし死ぬかと思いましたよ。三途の川にうっかり頭突っ込んだじゃないですか。どーしてくれるんですか。慰謝料ですよ。慰謝料案件! 今すぐ皮剥いで売っ払いましょう、ご主人様。キャッシュですよ、キャッシュ。ええ、悪・即・換金‼」
「冗談じゃないんだにゃ。あんな奴は三味線にゃ、三味線にするんだにゃっ‼」
「そうにゃ、三味線はいやだけどあれは三味線にするにゃ。それが世界のためにゃ。魔装機神操者の使命にゃ!」
「何だあれ何だあれ何だあれ何だあれっ⁉︎」
 正気に返った一人と一羽と二匹はうるさかった。それはもううるさかった。四重奏どころかもはやオーケストラである。
「安心なさい。ただのウロボロスですよ」
「安心できますか。あんな視覚の暴力っ!」
「メンタルの敵なんだにゃ!」
「ストレスの塊にゃっ‼」
「安心できるわけねえだろ、あんなバケモンっ⁉︎」
 むしろ火に油を注いだだけであった。
 結局、一人と一羽と二匹が落ち着きを取り戻したのはそれからさらに数十分後のことであり、シュウは深いため息とともに次の学会を諦めたのだった。
 ちなみにこの数日後。
「いやああぁぁ——っ! 何でまた何でまたっ⁉︎」
「呼んでないにゃ、頼んでないんだにゃ。どっか行くんだにゃーっ‼」
「もう、しつこいにゃ。三味線にゃ。マサキ、三味線にするにゃ‼」
「できるわけねえだろ、状況見ろ状況。ふざけんなーっ‼」
 散歩先でアナコンダレベルのウロボロス二組に遭遇するという悪夢の奇跡体験に泣き叫ぶ一人と一羽と二匹を回収するため、シュウは計算途中だったデータを再び諦める羽目になるのだった。

【無響室】

「なあ、無響室って入ってるだけで気が狂うって本当なのか?」
「無響室ですか?」
 無響室。無響室は室外からの音波を遮断(遮音)し、室内の音は反響しない(吸音する)設計をされており、自動車部品や家電製品などから発生する音波を騒音計や分析器で計測するために使用される。
「おそらくそれは米ミネソタ州ミネアポリスにある『オーフィールド研究所(Orfield Laboratories)』の無響室のことでしょう。【地球上でもっとも静かな場所】としてギネス世界記録にも認定されていますからね」
「世界でもっとも静かな場所ねえ」
「無響室は音の九九・九%を吸収するように設計されていて、そのあまりの静けさは一時間もたたずに人を発狂させてしまうのですよ」
「……それ何かの拷問か?」
 人を発狂させる静けさなど想像もつかない。
「そもそも無響室は音響実験を行うための場所ですからね。人が無響室に入って何かを行うのは想定の範囲外ですよ」
「でも、実行した奴がいたから発狂したんだろ」
「そういうことになりますね」
「でもよ、静かなだけで発狂するっておかしくないか?」
 もっともな疑問だ。
「無響室では音の反響がないため室内で発生する音のすべてが直接耳に届くように聞こえるのですよ」
「それ、当たり前じゃねえか?」
「私たちが気づかないだけで、どんなに静かな場所であっても様々な音があちこちで反響しています」
 しかし、無響室では音が反響しないためあらゆる音がすぐ耳元で鳴っているように聞こえるのだ。それだけではない。自らの心臓の音や血液の流れる音、骨のきしむ音まで聞こえるようなり、さらには無音状態であるにもかかわらず耳鳴りの音が強烈に耳をつんざき、鼓膜を突き破りそうな感覚に襲われるという。
 意地になってそれでも居座りつづければ今度は平衡感覚が失われ自力では立てなくなりめまいや吐き気を催すようになる。そして、最終的には体の感覚が完全に狂い、強い不安感に苛まれた末に精神に致命的なダメージを負ってしまうのだ。
「やっぱ何かの拷問部屋だろ、それっ⁉︎」
「それは目的外利用ですね」
 ほんの少しだけ眉をひそめる。研究者であるシュウからしてみれば実験室を拷問部屋に例えるなど論外である。
「気になりますか?」
「まあ、ちょっとはな。正直、言葉だけじゃ想像できねえしよ」
「でしたら作りましょうか?」
「は?」
「無響室」
「は?」
「あなたの反応を見ていると作ってみるのも面白そうですから」
 お茶を入れましょうか、そんな気軽さで。作れるのか。というか作ってしまっていいのか、無響室。
「もともと音響実験用に一つ作ろうとは思っていたのですよ」
 いい機会です。早速脳内に図面を書き始めたのだろう、上機嫌だ。
「……お前の思考回路にはついていけねえ」
 でも、できたら一度は入ってみたい。
 呆れながら、けれどちょっとだけ期待してしまうマサキだった。

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