ポーの「黒猫」

短編 List-2
短編 List-2

 エドガー・アラン・ポー

 生年月日 一八〇九年一月一九日
 アメリカの詩人、評論家、小説家
 一八四九年没。
 「黒猫」はゴシック風の恐怖小説でありポーの代表的な短編の一つである。また、日本の推理作家江戸川乱歩のペンネームはこのエドガー・アラン・ポーに由来する。
 
 ダンスンはルザック州の南、バゴニアとの国境に隣接する小さな町の大工であった。親子二代に続く大工の家で成人を機に故郷を出てこの町に入ったのだ。真面目で腕もよく小さな町ながら仕事には困らなかった。結婚したのは二四歳になった時だ。二つ離れた大きな街の娘で一年通って口説き落とした。
 誰もがうらやむ結婚であったが子どもには恵まれなかった。だが、ダンスンは特に気にしていなかった。妻がいたからだ。だが、ダンスンとは対照的に妻は我が子を抱けない日々に顔を暗くすることがままあった。だからだろうか、妻——クシャリアは野良猫たちの世話をするようになった。
「猫は駄目だ。黒猫は絶対に駄目だっ!」
 ダンスンは激昂した。クシャリアが手ずからこしらえた餌に舌鼓を打つ野良猫たちを目にすると乱暴にも蹴飛ばしたのだ。
「何をするのっ⁉︎」
「猫はだめだ。黒猫は絶対に駄目だ。駄目なんだ‼」
 ダンスンは猫が嫌いだった。それも特に黒猫が大嫌いだった。理由は至極単純で子どもの頃に猫が原因の災難に見舞われたからだ。
 幼い時分、夕暮れまで遊んだ帰り、早道にと入った路地裏で黒猫の親子の尻尾を思い切り踏んづけてしまったのだ。突然に暴力に対する親子の怒りは凄まじかった。あまりの剣幕におののいたダンスンは路地裏から飛び出し逃げ惑った末に土手から川に転がり落ちてしまった。折しも秋の暮れ。川の水は冷たく空気もまた冷たかった。ダンスンは高熱と打撲の痛みで五日間も寝込む羽目になった。
 以来、ダンスンの中で猫——特に黒猫は怨敵であり不吉の権化となった。それが愛する妻の手に頭を擦りつけ、当然のように懐いているのだ。許せるはずがなかった。
 ダンスンは何度も妻に猫の危険性を説いたが妻は夫の暴論とその暴力を嫌悪するばかりで一向に話を聞こうとはしなかった。結果、夫婦の仲は次第に歪んでいった。それでもダンスンは妻を愛していた。ダンスンは黒猫の魔の手から妻を守りたかったのだ。けれどダンスンの願いは無惨にも踏みにじられた。
 黒猫の魔物はダンスンの目の前で彼の妻を堂々と奪い取ったのである。許せなかった。ダンスンは愛用の金槌とのみを手に復讐を決意した。そうして一心不乱に向かった先は。
「ああ、それが動機ですか」
 刹那、空の彼方からダンスンの臓腑を貫いたそれは嵐の精霊の刃に違いなかった。突如としてダンスンの視界に舞い下りた嵐の精霊はその白い面に一片の感情も乗せず、ただ冷然と吐き捨てた。
「無惨ですね」
 ダンスンはそこで「現実」を思い出した。

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