精霊信仰の篤いラ・ギアスにキリストの降誕を祝うクリスマスは存在しない。だが、魔装機神隊の主力メンバーはほぼ全員が地上人だ。季節ごとのイベントで盛り上がるのはいつものことだった。それがまずかったのだろう。
「あたしもクリスマスしてみたい!」
そう言ってほんの少しだけ頬を膨らませたプレシアにマサキが否やを唱えられるはずもなく。
「わかった、任せろ」
「お兄ちゃん」は保護者のメンツを賭けて戦いの地へと赴いたのだった。
「それで、アドベントカレンダーですか」
意固地なマサキが駆け込んだ先は毎度のごとくシュウのセーフハウスであった。
「ケーキやツリーだけじゃ味気ねえだろ」
アドベントカレンダーはキリストの降誕を数え待つために使うクリスマス専用のカレンダーだ。二四個の窓を毎日一つずつ開けながらカウントダウンを楽しむのである。
「なあ。アドベントカレンダーって自分で作れるのか?」
「作ろうと思えば作れますが、そんな余裕があるのですか?」
そもそもつい先日まで某国の国境で発生していた暴動鎮圧のために出動していたのである。ラ・ギアスの平和と未来を担う魔装機神隊の任務に決められたスケジュールなど存在しないのだ。
「カレンダーはこちらで手配しておきましょう。もともと地上に出る予定がありましたからね」
「カレンダーだけ買えるのか?」
「もちろん」
「いくらだ?」
「こちらで用意すると言ったでしょう。一足早いクリスマスプレゼントとでも思いなさい」
「……お前に言われると何かむかつくんだよ」
「なら、こちらに駆け込む回数を少しでも減らすのですね。——兄の威厳を保つためにも」
「お前ほんっとむかつくなっ‼」
しかし、がなるマサキをシュウは歯牙にもかけず、
「ところで、カレンダーの中身はどうするのですか?」
「地上で探す。セニアには一応許可も取った」
「なるほど。では、さっさと片付けてしまいましょうか。行き先はもう決めているのでしょう?」
「……一応、日本に行くつもりだけどよ」
そもそもマサキが知っているのは「日本の」クリスマスくらいしかないのだ。
「そうですか。妥当な判断ですね」
では、行きましょう。そう言われたときにはすでに腕をがっしと掴まれ、抵抗する間もなくずるずると引きずられていた。膂力がおかしい。
たどり着いた先は東京都某区。全国チェーンのスーパーであった。
「……なぜにスーパー?」
「買い物をするだのから当然でしょう」
「いや、そうじゃなくてだな。何でわざわざスーパーなのかって……」
「プレシアが知りたがっているのは地上のクリスマスではなく、『あなたが過ごしたクリスマス』ですよ」
「え」
当然のように告げられ、マサキはその場で固まってしまう。考えもしなかった。ただ、自分を置いてけぼりにしてクリスマスの話題で盛り上がる自分たちにへそを曲げたのだとばかり。
「家族の大切な思い出なのですから、知りたいと思うのは当然でしょう?」
「……」
だから、敢えてここへ来たのだ。
今は遠きかつての「日常」を求めて。
「別にそんな……、特別なもんなんて、なかった、ぞ」
一二月。クリスマス。大晦日。普段より少しだけ浮かれていたのは事実だ。けれどその程度ことだった。
そう、今となってはもう二度と取り戻せない。ごく普通の一二月。
「さあ。カレンダーを作るのでしょう?」
まるで子どものように腕を引かれ、棚を巡った。
どのスーパーでも手に入る定番のティーバッグ。クッキーにキャンディ。和菓子コーナーに積まれていた饅頭もいくつか。駄菓子は土産分も含めてかなり買い込んだ。
「これで……、いいと思うか?」
「十分でしょうね」
プレシアもきっと喜びますよ。そう確信を込めてシュウがうなずけば、なぜかマサキの機嫌を損ねてしまった。
「あとはカレンダーですが、それは約束通りこちらで手配しますから、届いたら連絡しますよ」
そうして後日、マサキの目の前に届いたのはジョージアンスタイルの邸宅をかたどった紙製の白いボックスであった。
ボックスには二四個の小さな引出しが詰まっており、引出しの中にはそれぞれ異なるミニチュアサイズのかわいらしいオーナメントが収められていた。
「……助かる」
「どういたしまして」
これで平和なクリスマスのための準備は終わった。と安堵したのもつかの間。
「マサキ! あなたこれをどこで買ってきたのっ⁉︎」
「どこって……、ただのアドベントカレンダーだろ。どこだっていいじゃねえか」
カレンダーを見るなり悲鳴を上げたテュッティにマサキはただただ呆然とするしかない。
「いいわけないでしょう。これフリージウッドのアドベントカレンダーじゃない。どんなに安くても十数万はするのよ!」
「え」
十数万。いくらオーナメントがついているとはいえ、ただの紙製のボックスに十数万⁉︎ マサキの思考はそこでいったんショートしてしまう。
「……シュウね?」
「……」
「仕方がないわね」
マサキの返事を待つことなくテュッティは手元の携電からセニアに事の次第を告げる。
「あー、そう。あいつらしいわね。でも、無視してもあとが面倒そうだし……。ニューイヤーパーティーまでには帰ってきなさいよ?」
マサキの年末年始が問答無用で確定された瞬間であった。
「おれの意見はっ⁉︎」
「いつものことじゃない。あまり無茶をして羽目を外さないようにね」
人生経験豊富な【お姉さん】の目はこの上なく澄んでいた。それは諦観の透明度であった。
マサキはただ崩れ落ちるしかなかった。
ちなみにお兄ちゃん渾身のアドベントカレンダーは妹様に大好評であったとここに記しておく。
