SS集-No.1-5

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No.1<<<

【兄弟子として 】

 某月某日某所にて。
 やはり、ここは指摘しておくべきだろうか。
 場所はとある公園。十数メートル先のベンチでは弟弟子であり今やファングたち魔装機神隊のリーダーとなったマサキ・アンドーが小さないびきを立てながら午後の陽射しを満喫していた。
 その隣で読書にふける国際指名手配犯に気づかぬまま。
 手元にサンドイッチとカフェオレが二人分用意されているあたり気に入られているのは間違いないだろう。
「……マサキ、せめて懐かれる相手は選べ」
 そして数秒の逡巡の後、兄弟子ファング・ザン・ビシアスはその場から全速力で撤退したのだった。三十六計逃げるにしかずである。

【ちょっと立ってこようと思います】

 うららかな午後、彼らは本を片手にチェスを嗜んでた。
「実はですね」
 先手は丸眼鏡の男。老成した雰囲気はあれど年はおよそ四十代後半。
「何だね?」
 後手はエメラルドグリーンの髪が鮮やかな青年で年の頃は二十代前半であろうか。言葉づかいと雰囲気を見るに青年は丸眼鏡の男の上司とおぼしき地位にいるらしい。
「ちょっと立ってこようかと思いまして」
「何かあったのか?」
「ええ、実は先日墓前で事後報告されてしまいまして」
「…………すまない」
 苦笑いを浮かべる男に青年は眉間を押さえて謝罪する。
「いえいえ、殿下が気に病まれることではありませんから」
 せめてもう少し早く墓前に来て欲しかった。ただそれだけ。だからちょっと立ってこようと思うのだ。
 ——夢枕に。
「そうだな。私もちょっと立ってこよう」
 ラ・ギアスでは成人とみなされる年齢であるが、後に地上の慣習を聞けば彼はまだ未成年者だったというではないか。
「では、この勝負は後日に持ち越すということで」
「ああ」
 そしてお父さんと上司は仲良くそれぞれの夢枕に立ったのだった。

「安眠の邪魔になるのでさっさと帰ってくれませんか?」
「そこはせめて一瞬でもいいから驚いてくれないか」
「時間の無駄です」
 遠路はるばる夢枕に立にきた従兄弟にREM睡眠中の【総合科学技術者メタ・ネクシャリスト】はどこまで塩っぱかった。

【忘れた頃に夢枕】

 某月某日、某所にて【方向音痴の神様】ことマサキ・アンドーは今にも白目を剥きそうだった。なぜならそこは壁も天井も地面もない真っ白な空間であり、あるのはちゃぶ台と湯飲みが二つだけ。そして、正面には。
「気づかなかった私も駄目だったなあとは思ったんですよ。まさか成人の基準がラ・ギアスと地上でこんなに差があるとは思いませんでしたから」
 人好きのする笑顔と丸眼鏡。剣皇ゼオルート・ザン・ゼノサキス。
「事後報告が駄目というわけではないんですが、そうですね。できれば事前に報告しておいて欲しかったなあ、と思ったんですよ。これでもお父さんですから」
 これは夢だ。夢に違いない。なぜなら卒倒できないから。ついでに手足も石化したように動かない。マサキは意地でも現実逃避を試みたがお父さんはマサキよりずっとずっと上手であった。
「まあ、あなただけに聞くのは酷なことでしょうし、実際、二人の問題ですからこの機会に一度じっくり話し合いましょう」
 二人とな? そして気づく三つ目の湯飲みに。
「まさか……⁉︎」
「一度やってみたかったんですよね。ちゃぶ台返し。日本ではちゃぶ台をひっくり返すのがお父さんの役目らしいじゃないですか」
 誰だそんな愉快でマニアックなネタを提供した馬鹿野郎は。
「そういうわけですから。さあ、どうぞ。クリストフ元大公子殿下?」
「…………ええ、いただきましょう」
 いつの間にか背後に立っていた人物にマサキは今度こそ卒倒したくなった。正面の笑顔が怖い。お父さんはちょっとおかんむりであった。
 地獄の三者面談開始スタートである。 

【追加公演確定です】

 地獄の三者面談開始よりわずか数分後。お父さんは思い出したように言った。
「そうそう、あの子もちょっと思うところがあったみたいなんですよ」
 視線を背に向ける。 
 あの子とは? と問い返す間もなくフライパンとおたまを装備したサイドテールの大魔神が降臨する。REM睡眠世界にサプライズ出演である。
「お兄ちゃん、未成年者はお婿さんにもお嫁さんにも行っちゃ駄目なんだよ!」
 お兄ちゃんは木っ端微塵に砕け散った。それはもういろいろ無慈悲にクリティカル。
「大事なことはちゃん

と事前に言わないと駄目なんだからね。大人になるまでやっちゃいけないこととかたくさんあるんだから!」
 もはやオーバーキルである。
 だってだって、もともと諸事情がこんがらかった所から始まった関係でなし崩し的に今の状態に落ち着いてしまったから事前報告なんて思いつきもしなかったのだ。そんな余裕もなかったから。もごもご。
 防衛本能フル動員で洗いざらいぶちまける。もごもごな部分も含めて。お兄ちゃんは大変素直な性根であった。そしてサイドテールの大魔神はとてもいい笑顔になった。後光も殺気もバッチリである。すごく怖い。お兄ちゃんはもう泣きそうだ。
「…………殿下」
 お父さんが笑顔で振り返る。元王族は思わず顔を反らす。
「未成年ですよ?」
 お父さんは笑顔であった。とてもとても輝いていた。
「ちょっと向こうでお話ししましょうか」
 拒否権はない。お父さんは覚醒した。もはやこの地に退路なし。
「………………そうですね」
 極限の二者面談追加公演確定の瞬間であった。

【何て無邪気で残酷な】

「お前んとこの主人みたいな歩くチート野郎と一緒にすんじゃねえ。こちとらただの凡人だぞ」
 口を尖らせ腹立たしげにそう言い返す。チカは耳を疑った。凡人。青年は自らを指してそう言ったのだ。何て心ない言葉を吐くのだろう。
 理論上は可能であったとはいえ現実になし得た者は皆無であった「精霊憑依ポゼッション」の発動。しかもそれは魔術の基礎すら修めていない未熟で野蛮な地上人による偉業であったのだ。魔術と精霊を信奉するラ・ギアス人にとってその驚愕と絶望、無念はいかばかりであっただろう。
 チカの主人に対してもそうだ。王都を壊滅に導いた主人を追って青年はたった一人で地上まで追いかけてきた。
 心強い仲間たちを得るまでは文字通り孤軍奮闘だったに違いない。しかも、「地球文明にはない正体不明の高性能な機体」を駆って、だ。叩き上げ軍人ならまだしも絶望的に方向音痴な未成年者がそれをしかも戦時下でやってのけたなどと誰が信じようか。もはや与太話のレベルだ。そしてついには破壊神の力をもって地球と人類に牙を剥いた主人の命にトドメを刺した。
 これらの厳然たる事実を歴史に刻みながらよくもおのれを凡人などとうそぶいた。何という無頓着、何という高慢。その足下には多くの人間の挫折と絶望と無念が屍山を成しているというのに。
「止めなさい」
 さすがに一言もの申さねば。そう腹を括ったところで主人から制止が入る。
「どうしてですか。さすがにあれはないですよ」
「それでもやめておきなさい。あなたが思い知るだけですよ」
 何をと問い返すまでもなかった。視線の先には開け放った窓から吹き込む風に青年が上機嫌で手を伸ばしている。木々と大地が香る緑風を相手に何て無邪気に戯れるのだろう。とても微笑ましい。そして思い知る。
 ああ、本当に何て無邪気で——残酷な。
「ひどいですね」
 皆が皆に対してというわけではなかったが青年は時に憤怒も憎悪も悲嘆も何もかもをかっさらって吹き飛ばす性質であった。結果、それに巻き込まれた人々はもう激昂することも憎むことも嘆くことすらできなくなってしまうのだ。何て残酷な仕打ちだろう。そこには悪意はもちろん善意すらないのだ。
「……ひどいですね」
 人を時代を果ては世界すら巻き込んで奔る翠の疾風。けれどすべてが未来へとたどり着いたとき、彼はきっとこの世にはいない。
 世にわだかまる「負」をその身をもって吹き飛ばす一方で、来るべき日、青年は自らの死に大した未練も感じることなく翔け去って逝くだろう。彼らしく残酷に。誰も彼をも——その嘆きすら置き去りにして。否、嘆く間すら与えてくれずに。
「言ったでしょう。あなたが思い知るだけだと」
「じゃあ、あたくしのかわりにご主人様が言ってくださいよ」
「言って通じるなら相手なら苦労はしていませんよ」
 それは諦観であった。
「……あんまりじゃないですか」
 ああ、本当にあんまりだ。
 誰か彼に。
 ——彼を。

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