2025/07/16 SS-幸運を召し上がれ

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SS_List2日記

 それはホールケーキサイズの原石をカットし研磨してできあがったラピスラズリのショートケーキだった。表面を飾るのはいちごに彫刻された三つのルベライトでその輝きはまるでルビーと見紛うほどであった。
「……ラピス、だよな?」
「ラピスですね。たまたま立ち寄ったアンティークの雑貨店に飾ってあったのですよ」
 めずらしいものを見つけたと呼び出された先でマサキを待っていたのはテーブルに鎮座するラピスラズリのショートケーキであった。
「で、面白そうだったから買ってきたと?」
「よくおわかりで」
「わからないでかっ! どうせまた安くねえ買い物だったんだろうが。お前は一度でいいから節制って言葉に土下座してこいっ‼」
「それを言うならあなたの方向音痴こそ世の節理に対する謝罪案件では?」
 あらゆる常識を無視し次元の壁すらいともたやすく乗り越えていく規格外の方向音痴。そして、乗り越えた次元の向こう側で何をやらかしたかと思えば世界の行く末を左右する一大事に巻き込まれ、最終的に山と積んだ戦績を背負って帰ってくるのだから勝手に行き来される「世界」からすればもう立派な迷惑行為である。
「ぐぬぬっ!」
 自覚があるだけに言い返す術がない。お手本のような地団駄を踏むマサキには一瞥もくれずシュウはテーブルに置かれたラピスラズリのショートケーキを手に取る。
「どうぞ」
「は?」
 不意打ちだったからか当然のように差し出されたショートケーキをつい受け取ってしまう。
「え?」
「ラピスラズリは幸運の象徴。そして、幸運と言えばあなたでしょう? 私はどちらかといえば悪運持ちらしいので」
 差し上げます。目を白黒させるマサキにシュウはわざとらしく喉を鳴らす。
「え……、と。高い、よな、これ?」
「そうですね。原石を切り取っただけとはいえ高品質のラピスラズリですからそれなりの値段はしますよ。まあ、大した額ではありませんでしたが」
「お前の基準で測るな!」
 しかし、受け取ってしまった以上、いまさら突き返すわけにもいかない。というより目の前の男がそれを許さないだろう。抵抗したところであっと言う間に言いくるめられるのがオチだ。
「あとでちゃんと金払うから請求書送れよ?」
 でなければ男が廃る。
「差し上げると言ったのですからそのまま素直に受け取ればいいものを」
「安物じぇねえってお前が言ったんだろうが!」
 全身の毛を逆立てて怒鳴る。
「あなたは本当に強情ですね」
 とても可愛らしい。とは口に出さなかった。
「……お前、今何かスゲぇ不気味なこと考えただろ?」
「失礼ですね。不気味なことなど考えていませんよ。時間の無駄でしょう」
 さすが野生の第六感。侮れない。
「ならいいけどよ」
「では、そろそろお茶にしましょうか。見せたいものはもう一つありますから」
「見せたいもの? まだ、何かあるのかよ」
「これですよ」
 新しいトレイに乗って現れたのは表面を濃い青のゼリーで覆われたレアチーズケーキだった。
「……まさか、これお前が作ったのか?」
「たまたまバタフライピーエキスのパウダーが手に入ったのですよ」
 否定はされなかった。マサキはヒェッと身をすくめる。能面のまま淡々とケーキ作りにいそしむ【総合科学技術者メタ・ネクシャリスト】などちょっとしたホラーではないか。
「あなたのほうこそずいぶんと失礼なことを考えているようですね?」
「仕方ねえだろ! お前がケーキ作るとかもう立派なホラーだからな。絵面考えろ絵面。素直に試験管とドライバーだけ持ってろっ⁉︎」
 【方向音痴の神様】は大変素直な性根の持ち主であった。
「そうですか。では、今すぐこれは片付けましょう」
「あ」
 トレイを持ち上げた瞬間に漏れたのは未練の一声。
「気になるのですね?」
「……」
「素直に言えばいいでしょうに」
「うるせぇっ‼」
 レシピを忠実に再現したチーズケーキは絶品であった。
 そして、不本意ながらお土産となったラピスラズリのショートケーキはしばらくの間、仲間内の会話を盛り上げる大変有用な材料となったのだった。

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