「理にかなった戦略ですね」
冷たい声音の端ににじんだそれは確かな称賛を含んでいた。暇つぶしにサカバンバスピスの抱き枕にヘッドロックをかけていたマサキはあっさりとサカバンバスピスを放り出すとそのまま向かいのソファでタブレットに視線を落としていたシュウに歩み寄る。
「何だそれ。……クモ?」
タブレットに映し出されていたのは一匹のクモとそれに関するレポートであった。
「シートウエブスパイダー(Psechrus clavis)ですよ」
「そいつが理にかなった戦略をしてるって?」
「ええ。とても効率的な『狩り』をしています」
レポートを拡大し指先でいくつかマーカーを引く。
「シートウエブスパイダーはホタルの性的なシグナルを戦略的に利用しているのですよ」
「シグナル?」
マーカーを追ってレポートを読めば東アジアの亜熱帯林に生息する「シートウエブスパイダー」がホタルを「光るルアー」として巧みに利用していることを台湾・東海大学の研究チームが発見したとの記載があった。
「光るルアー……」
ルアーとは餌となる小魚などに似せた形・色に作った疑似餌の一種だ。ということはその光とやらが疑似餌の役目を負っているのだろう。
「シートウエブスパイダーは【餌】として捕まえたホタルを利用しているのですよ」
レポートに添付されていた動画を再生してみればそこには蜘蛛の巣にかかった状態で発光しつづけるホタルが一匹。
「え、これって……」
シートウエブスパイダーは捕まえたホタルをすぐには捕食せず、光を放ちつづける間は生かしたまま放置しておくのだという。そして、シートウエブスパイダーの主な獲物となったホタルの生物発光は点滅せず一定の場所でじんわりと光を放っていた。この発光を他のホタル、特に雌を探している雄が「求愛の合図を送る雌」と誤認し、自ら近づいて捕らえられてしまうのではないかと研究者たちは推測しているのだった。
「餌にされるわルアーにされるわ。踏んだり蹴ったりだな、おい」
「ですが、理にかなった戦略でしょう?」
「そりゃあ、まあ。言われてみればそうなんだけどよ」
さすがにちょっと惨い気がする。
「世の中には雄のホタルを女装させるクモも存在しますからね」
「はぁっ⁉︎」
さらっと恐ろしいこと聞いてしまった。マサキは跳び上がりそうになるのを寸前でこらえる。
「オニグモは捕まえたホタルの雄に毒を注入し、発光パターンを雌のそれに装うそうですよ」
シートウエブスパイダーのそれよりよほど手が込んでいるだけあって餌の捕獲率も格段に跳ね上がるそうだ。
「……おっかねえ連中だな」
「彼らも生き残るために必死ですからね」
飄々とした態度を崩さないシュウとは対照的にマサキはほんの少しタブレットから後ずさる。
「これも自然の摂理ですよ?」
「わかってるよ。でも、実際に目にしちまうと……」
どうしても憐れみが勝るらしい。とても正直な感想だ。いっそ呆れてしまう。
「あなたもある意味立派な『捕食者』なのですがね」
まったく恐ろしい話だ。
その背が追うのは確かに「希望」であるはずなのにまるで誘蛾灯のように誰も彼も引き寄せ狂わせて、時に滅ぼしすらしてしまう。なのに当の本人にはてんで自覚がないときている。
「何だよ。何か言ったか?」
「何も言っていませんよ」
ああ、本当に恐ろしい話があったものだ。
SS-その「光」にご用心
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