SS-打てば響く、はお休みです

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SS_List2日記

「それは……、水晶ですか?」
「ああ。面白い形してるだろ!」
 上機嫌のマサキが「手土産」として持ってきたのは両端が尖った両剣水晶であった。だが、シュウの目を引いたのはその形状ではなく、それに内包された黄金の水。
「石油らしいぜ」
「石油? ……では、これがペトロリアム・クォーツですか?」
「何だよ。これも知ってんのか?」
 途端にマサキの頭上を不機嫌の線状降水帯が覆い隠す。
「名前だけならね。実物を見るのは初めてですよ。こんな貴重なものをよく手に入れられましたね」
 ペトロリアム・クォーツ——別名【黄金の水入り水晶ゴールデンエンハイドロ
 ペトロリアム・クォーツは内部に太古の石油を閉じ込めた非常に珍しい天然水晶で主にパキスタンやマダガスカルなどの石油産出地域で採掘されることが多いのだが、まさかラ・ギアスにも存在していたとは。
「この間、ミオの奴が任務で地下に潜ったんだよ。そこで見つけたんだと」
 よほど興味深かったのだろう。文字通り両手に抱えきれないほどの数を持ち帰ってきたのだ。これにはマサキだけでなくその場に居合わせた全員が絶句してしまった。
「なるほど。しかし、どうしてまた急にこんなものを?」
「……お前が何でもかんでも答えるからだろ」
 口をへの字に曲げてしまったマサキにシュウはこの状況の発端がおのれの「失言」にあったことを思い出す。
 あれは何日前の話だっただろうか。他愛ない雑談の中でマサキが口にする「興味」に快く答えていたら急にマサキが機嫌を悪くしてしまったのだ。
「だから言ったじゃありませんか。打てば響くもほどほどにって!」
 どこからともなく舞い降りてきて甲高くチカがさえずる。
 そう、打てば響く。何を尋ねても正しい答えが常に返ってくるのだ。それもほとんど即答で。しかも一度や二度ではなく口にした疑問すべてに対してである。ここまでくるとおのれの無知を思い知らされている気がしてマサキはだんだんと腹が立ってきてしまったのだ。
「なるほど。これはそのリベンジですか」
 石油入りの水晶など日常生活とはまったく無縁の代物だ。おそらく任務の合間を縫って必死に調べたのだろう。まったく負けず嫌いはこれだから。
「だとしたら今回は私の負けですね」
 良識ある大人は潔く認めよう。だが、「勝者」であるマサキは納得しなかった。望む答えではなかったからだ。
「何でだよ。お前だって知ってたじゃねえか」
「知っていただけですよ。実物を見たことはありませんでしたし、そもそも手に入れようと思って手に入れられるものでもありませんからね」
 正直、勝ち負けの問題ではないのだがマサキが勝ちにこだわっているのであればそれにつき合うのも一興だ。
「……そうかよ」
 知らず口許にうっすらと笑みが浮かぶ。よほど嬉しいらしい。
「じゃあ、やる。もともと土産のつもりで持ってきたからな!」
「ええ。頂きましょう。せっかくの希少石ですからね」
 今泣いた烏がもう笑う。本当に表情がころころと変わる青年だ。ここまでくるといっそ感心してしまう。しかし、今回は単に運が良かっただけだ。「場外」のチカは冷静だった。そして、その予感は数日とたたずして的中する。
「面白いもん見つけたぞ!」
「おや、曹灰そうかい長石——ラブラドライトですか。任務で地上に出る機会があったのですね。その品質であればスペクトロライトでしょうか」
 マサキが自信満々に差し出してきたのは手のひらに収まるほどに磨き上げられた鉱石——ラブラドライトの球体ボール。そして、スペクトロライトはラブラドライトの中でもフィンランド産の特に高品質なものを指す。シュウはそれを一瞥するだけで正確に言い当てたのだ。
「——ご主人様」
 時すでに遅し。線状降水帯は爆発した。大爆発であった。
「悪意はないのですが」
「だから余計に質が悪いんじゃないですか。もうしばらく『打てば響く』はお休みですね」
 沈黙は金、雄弁は銀。その正しさを思い知る日常の一幕であった。

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