とあるセーフハウスのリビング。中央のテーブルには一冊の本と一枚の板チョコが置かれていた。
「なるほど、こういうことですか」
優に千ページを超えるその本はつい先日発売されたばかりのもので、もはや鈍器といっても差し支えのない分厚さを備えていた。それはシュウが先日読破した推理小説シリーズの最新刊であった。
「申し訳ありませんが、この本をお売りすることはできません」
そう言って悪戯っぽく笑ったのはシュウが贔屓にしている個人書店の店主であった。なるほど、どうやら彼は本件に関する「共犯者」であったらしい。
「日にちが一日、二日ずれたところで何ら差し支えはないというのに、律儀なことですね」
今日は二月一四日。いわゆるバレンタインデーである。よって、本と板チョコの送り主は最初からわかり切っていた。
「今回は国境沿いでの小競り合いを『仲裁』するのだと聞いていましたが……」
ただしラングランではなくバゴニアとシュテドニアスの国境沿いである。穏便な『仲裁』など叶うはずもない。そもそも魔装機神が出動している時点で状況はまず間違いなく「最悪」なのだ。
「問題が無事解決できたのは何よりです。とはいえ」
事態が収束したのは昨日の深夜だと聞いている。そこからいつも通り「迷子」になってこちらに来たというならよくも体力がもったものだ。
「まあ、意地だけは一人前ですからねえ。まったく、面倒くさいこと!」
シュウの影から文字通り顔だけ出して声高にさえずるのはチカだ。自重を知らないローシェンは相も変わらずかしましい。
「あなたは少し静かにするということを覚えなさい。起きたらどうするのです」
向けた視線はリビングのソファ——その陰。
「せめて一休みしてからこちらに来ればいいものを」
そっとのぞき込んでみれば、そこには口を半開きにしていびきをかいている【方向音痴の神様】が。
「可愛らしいことですね」
あからさまに機嫌を良くした主人に、忠実なローシェンは呆れとある種の諦観を込めて半目になる。
「……あばたもえくぼってこういうことを言うんでしょうねえ」
けれど、投げた匙を受け取る者はいなかった。
SS-新刊と板チョコ
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