第一幕 刻は流れるものだから
魔装機神隊の中で最初にマサキと出会ったのはテュッティだった。同じ地上から招かれた年下の少年。そして、彼にとってもテュッティは初めて出会った同じ地上人の女性であった。
後の養父となるゼオルートに引き取られてからもしばらくマサキの面倒を何くれと見ていたのはテュッティだ。何せ相手はまだ一五歳の少年。右も左もわからぬまま大人たちに翻弄される姿を見て見ぬ振りなどできなかった。
「あんた何かおせっかいだよな」
「あなたが危なっかしいのよ」
出会った時から負けん気が強く頑固な少年だった。その激しい気性からプラーナの数値も高くスポーツ全般が趣味というだけあって魔装機の操縦技術にも優れていた。
召喚者であるラングラン側からすれば優秀な操者が増えることは喜ばしかっただったろうが、正直、テュッティは手放しで喜べなかった。いまだ親の庇護が必要な未成年者に戦争の一端を背負わせるのだ。罪悪感を覚えないほうがどうかしている。
「できれば途中で思い直してほしかったけど」
だが、あの負けん気が強い少年の辞書に後退の二文字などあるはずもなく、彼はやり遂げてしまった。
「今では私たちのリーダーですものね」
魔装機神最強と畏怖される風の魔装機神サイバスターの操者にして剣神ランドールの聖号を賜与されたゼノサキス家の当主。
国民からの支持も厚く「地上人召喚事件」を収めた功績から近衛騎士団の師団長に推薦され実際当選してしまった。本人不在での当選だったためテュッティたちが代理として辞退したがあのときは本当に驚いた。
「いまさら私が心配するようなことは何もない。それはわかっているのよ」
自分自身に言い聞かせる。もう【お姉さん】は必要ない。それは重々承知している。時はそれほどに流れてしまった。けれど、そう。けれどこれだけはどうしても譲れないのだ。
「タイミングが良いのか悪いのかわからないわね。ちょうどあなたを探していたのよ、シュウ」
王都からずいぶんと離れた地方都市であったこともありめずらしく気が抜けていたのだろう。普段であればあり得ぬ失態であったが煮詰まっていた研究に連日連夜寝食を忘れて没頭したツケが回ってきたのだ。嘆息。そして、瞬きを経て正面を見据えればそこには水の魔装機神操者が立っていた。
「ねえ、あの子を連れていくのは……、もう少し、待ってくれないかしら」
青空に映える金糸を風にたなびかせ、少し寂しげな笑みを浮かべるテュッティにシュウはしばし返す言葉を見いだせなかった。
「それはどういう意味ですか?」
白々しい返答だった。この様子ではテュッティは正しく状況を理解している。しかし、だからといって素直に認めるわけにはいかなかった。これは彼の名誉に関わる問題なのだ。
「素直に認めてくれないのね。まあ、当然でしょうけど」
立ち話も何だからとちょうど目についた喫茶店に足を向ける。席は店の最奥。客はまばらで多少大きな声を出しても誰も気にしないだろう。
「最終的に決めるのはあの子だしきっともう決めてしまっているんでしょうけど、私としてはもう少し待ってほしいのよ。ラ・ギアスでは成人だとしても地上人である私たちの感覚ではあの子まだ未成年なのよ?」
痛いところを突かれた。見た目は平静を装っているが【お姉さん】は思いの外ご立腹であった。
「そこを指摘されると返す言葉がない」
自覚はあるのだ。だからといって譲れるものでもないのだが。
「それにプレシアのこともあるからそれが片付くまではてこでも動かないと思うの。だから、最低でもそれまでは待ってほしいのよ。どうせあの子が最後に選ぶのはあなたでしょう?」
とても腹立たしいわ。【お姉さん】はわかりやすく肩を怒らせる。
「そうであればいいのですがね」
「そこで謙虚になられても嫌味にしか聞こえないわよ。あなただってあの子の性格は知っているでしょう?」
喧嘩っ早くて頑固者。そして、一度選んだ道からは決して逃げない。何があっても誰が引き留めても歩き通す。それで誰より自分が傷ついても。
「しかしあの子、ですか。あなたにとってマサキは今でも子どものままですか?」
「そうね。そうであってほしいと思った瞬間もあるわ。だって初めて会ったときあの子まだ一五歳だったのよ? 一方的に召喚した挙げ句、中学生に戦争をさせようだなんて正気の沙汰じゃないわ」
「それでもマサキは逃げなかったでしょう。彼は今や魔装機神隊のリーダーだ」
「そうよ。だからときどき自分が情けなくなるわ。他に方法がなかったとはいえたった一人で地上に送り出して、ラ・ギアスに戻ってきてからはずっと前線を任せてしまった」
「操者としての技能とサイバスターの性能を考えれば妥当でしょう。何よりサイバスターには【大量広域先制攻撃兵器】——サイフラッシュがある。特に乱戦ともなればあれほど優れたMAPWはない」
正論だ。操者の技量と機体の性能を考えれば士気高揚も兼ねてマサキが前線を張るのが最適解だろう。
それでも、とテュッティは思わずにはいられない。初めて出会ったときマサキはまだ一五歳——「子ども」だったのだ。過去を引きずっている自覚はある。脳裏をよぎるのは理不尽な死に見舞われた両親と兄。戦争とは理不尽の集大成だ。第二の家族に等しいマサキをその戦争にましてや最前線に立たせることに対する忸怩。
「そうね。あなたは正しいわ、シュウ。でも、だからといって納得できるかどうかは別問題でしょう。独りよがりだとはわかっているのよ」
マサキがプレシア対してそうであるようにテュッティもマサキに対して思うことは多々あるのだ。
「正直、複雑ではあるけれどマサキがあなた選んだことに少しほっとしているの。だって、あなたはマサキを残して死んだりはしないでしょう?」
むしろあなたたちを倒せる存在がいたら見てみたいわ。それはテュッティの偽りない本心だった。
「でも、今後のことを考えるとしばらくはおとなしくしていてほしいのよ」
右のこめかみを押さえテュッティは嘆息する。
「ミオはわりとあっさり受け入れてくれそうだけどプレシアやリューネたちは絶対に反対するだろうし、何よりヤンロンをどうやって説得すればいいのか正直わからなくて……」
「それは……、改めて名前を出されると頭が痛い面子ですね」
「最終的に対峙するのはあなたよ、シュウ」
「心得ていますよ」
「でも、本当にどうすればいいのかしら。特にヤンロンはマサキほどではないにしてもそうとう頑固よ。何か良い解決策はない?」
日頃から頭痛が絶えないのかどこからともなく取り出したピルケースの錠剤を慣れた手つきで飲み込む。
「こちらでも考えておきましょう。私としても放置していい問題ではない」
件の体育教師に関しては特に。
「私から声をかけておいて何だけれどまるで共犯者になった気分だわ」
「あながち間違いではないと思いますが」
「そうね。でも、あなたの共犯者になるのは嫌なのよ」
「手厳しいことを言う」
「日頃の行いを振り返ってから言ってちょうだい」
注文した三つ目のミルクレープに舌鼓を打ちながらテュッティはいつまでたっても頑固な元少年を思う。紅茶は砂糖がたっぷり入ったミルクティーだ。
「本当にあの子ったら何て厄介な相手に捕まったのかしら」
知らぬ間に流れ去ってしまった時間を思う。
顔を合わせれば嫌味と皮肉、売り言葉に買い言葉。何をするにも反りが合わない。行き先がぶつかるたびに何度頭を抱えたことか。それが今や当たり前のように背を合わせて立っているのだ。今まで散々人を振り回しておきながら何て迷惑な二人だろう。
「ひねくれ者の我が子を送り出す母親ってきっとこんな気持ちなのね」
一足早い切なさにため息をつきながらテュッティはいつものごとくシュガーポットの中身を一気にティーカップへと投下したのだった。
