ワンルーム歪曲フィールド
任務先から帰還途中のサイバスターが行方不明になったとの一報を最初に確認したのは情報局に顔を出していたセニアだった。
「三日以内なら迷子ね」
【方向音痴の神様】という大変不名誉な称号がラングラン軍に浸透して久しい今日この頃。愛機であるサイバスターの機動力も相まって出動すれば帰還途中の行方不明がほぼセットになってしまったマサキの安否を尋ねる者は少ない。だが、その一報の発信元が常にのらりくらりとした感のある異母弟となれば話は別だ。
「ちょっと、今度は何をしたのよあの男はっ⁉︎」
テリウス自身の意思でこちらに連絡してくることはまずあり得ない。あるとすれば「代理」としてだ。誰の代理かなどと口にするのも腹立たしい。
「…………で、わざわざ軍のチャンネルに割り込んできたっていうから出てみれば、何であんたなのよ、チカ」
「ご主人様は所用で今日いっぱいお留守なんです。なのであたくしが伝言を承ったんですよ。あ、あたくしは防犯のためにお留守番です。今日は騒音監視のお仕事がメインなんですけど」
「騒音監視?」
「でないと起きちゃいますからね」
「あ、やっぱりそこにいるのね、マサキ。ちょっと起こしてきなさいよ」
「ええ、嫌ですよ。マサキさん寝起き悪いですし過労と腰痛で今日明日は要安静なんですから」
「——腰痛?」
「腰痛です」
「腰痛で要安静なの?」
まさかぎっくり腰にでも見舞われたのか。であれば魔装機操者としては深刻な事態である。
「割合としては過労三割腰痛七割ですね。あ、腰痛といっても魔装機関係ありませんからそこは安心してください。ついでに詳細聞きます?」
「遠慮するわ。それよりあの男が戻ってきたらちょっとこっちによこしてくれる? 一発引っ叩くから」
おのれのうかつな発言をセニアは心の底から悔やんだ。
「まあ、伝言はしておきます。あとマサキさんですけど過労腰痛関係なく起こしに行くのはまず不可能なんですよ」
「何でよ」
「マサキさんのいる部屋、ここの別棟にあるんですけどご主人様が不在のときは鍵がかかるようになってて、あたくしじゃ開けられないんです。そもそも近寄れませんし」
「何よ結界でも張ってるの?」
「いえ、歪曲フィールド張ってます」
「何て?」
「歪曲フィールドです」
「いや何て?」
「現実直視しでお願いします。グランゾンの仕様ベースでワンルームサイズの歪曲フィールド張ってるんですよ。ご主人様がご自分で設置されましたから性能は絶望的に最悪です」
「そこまでする必要ある?」
「そこまでしないと起きちゃうんですよ、マサキさん。エースパイロットですしそもそもの環境を考えたら当然なんですけど物音にすごい敏感で、銃声はもちろん鍵や工具が落ちた音とかでも飛び起きちゃって」
だから、マサキの部屋には外部からの干渉を完全にシャットアウトするための歪曲フィールドが張ってあるのだ。防犯対策も兼ねて。
「ついでに言うとマサキさんの部屋の鍵、防犯のために複数要素認証になってるんですよね。魔力、虹彩、耳の形のいずれか二つ以上が一致した状態でパスワードを入力しないと解錠されなくて、一文字でも間違えたら即ロックの即通報」
誰にとは聞くまでもあるまい。
「ねえ、繰り返すようだけどそこまでする? ただ留守にしてるだけよね」
「しますよ。だってご主人様ですよ?」
「その一言で納得したくないけどこれ以上ないくらい納得できてしまう自分に心底むかつくわ」
さまざまな方面から恨みを買っている自覚があるにしても果たしてここまで警戒する必要があるのか。どうせいやらしい性能の防犯システムを組んでいるに違いないのだから表に多層結界を張る程度で十分だろうに。
「それにしてもワンルーム歪曲フィールド……」
「グランゾンの仕様をほぼそのまま持ってきてますから最低でも超魔装機以上の火力がないと話にすらなりませんね。そもそもフィールドに対して物理的な干渉が確認できた時点で予備の結界発動しますし」
「ねえ、あいつ一体何と戦ってるの?」
「心の安寧の敵じゃないですか?」
笑い飛ばしたかったが相手が相手だ。何よりその発言に同意してしまえる自分が恨めしい。
昔から何事に対しても関心が薄かったあの男はそれだけに一度手にしたものへの執着は凄まじかった。そして今やマサキはあの男にとっての唯一だ。たとえマサキが痛痒を感じずともそれが唾棄すべきものであると判断すればあの男は一切の躊躇なくそれを灰燼に帰すだろう。
洗練された所作と涼しげな容貌に誤魔化されがちだがあの男はどうしようもなく負けず嫌いで執念深くまた頑固だった。それはもう報復のために自らの手で破壊神を復活させおのれの愛機で木っ端微塵にするくらいに。
「言いたいことは山ほどあるけど今はやめておくわ。それよりあいつからの伝言って何よ?」
「ああ、それなんですけどマサキさんに三日くらい休暇をあげてほしいそうで」
「深く突っ込みたくないけど理由は?」
「地上の研究所で同期だったご友人がこのたび婚約されまして、先日地上に出たさいにパーティーの招待状が届いたんですよ」
「それで?」
「端的に言っちゃいますとマサキさんを見せびらかしに行きたいので三日程度休暇が欲しいそうです」
セニアは考えることをやめた。
「意地でもデュラクシールを用意するからちょっとあの馬鹿の行き先教えてくれる?」
その後、事態を察知したテュッティとヤンロン、そして遅れて駆けつけたミオの尽力によりデュラクシールの無断使用はぎりぎりで回避されたのだった。
