SS集-No.1-5

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【リベンジ】

 それはいつかのリベンジだった。諸事情を経て子どもたちから精一杯のお礼にともらったストロベリーアイスクレープ。それを横からついばんで行った不届き者。正確にはついばまれたのはクレープではなかったのだが。
「それ、もらうぜ」
 放っておくと効率重視で食をおろかにしがちな男はけれど軽食くらいであれば自主的に取っていたのだ。だから、狙った。この男にしてはめずらしい照り焼きチキンと卵のサンドイッチ。王都に本店を置くチェーン店の人気商品だ。この店のサンドイッチはマサキも気に入っていた。
「……」
 手に取った瞬間を狙って肩越しに噛みついた。残ったのは半分になってしまったサンドイッチ。呆気にとられる顔にいつかの溜飲が下がる。ざまあみろ。だが、勝利に酔うマサキとは対照的に外野の反応は冷ややかだった。
「いや、何でそう全力で墓穴を掘りに行くんですか。墓穴特化型全自動掘削機ですか。相手考えなさい、相手」
「自覚がないからこうなるんだにゃ。手遅れなんだにゃ」
「人間、諦めが肝心にゃのよ。あたしたちは事態が解決するまで日なたぼっこしてるにゃ」
 そして、無情にも職務を放棄して窓際近くのソファへと向かう使い魔たち。
「……え?」
 刹那、がしっと腕を掴まれる。
「へ?」
「少しお話があります」
 音にするならにっこり、と。それは絵に描いたような笑顔だった。そして、とてつもなく恐ろしい笑顔だった。お話はありません。お帰りください。可及的速やかに! そう返す間もなく問答無用で引きずられていく。目指す先は扉の向こうだ。もう嫌な予感しかしない。それはさておき一体どこから出てきたその膂力。
「え、ちょ……、え?」
 仕掛けた相手が悪かった。器用にも合掌する使い魔たち。そして、哀れな子羊は状況を理解する間もなく悪魔の口へと放り込まれたのだった。
 
「今夜の食事どうします?」
「用意するだけ無駄なんだにゃ。きっと起きてこないんだにゃ」
「前も同じパターンだったにゃ」
「ですよねぇ」
 そうして三匹の使い魔たちは主人たちの不幸と幸福を放置するという非情な結論に達したのだった。

【ストロベリーアイスクレープ】

 イチゴ、ストロベリーソース、ベイクドチーズケーキタルト、ホイップクリーム、仕上げはバニラアイスとマーブルチョコアイス。
 永久機関のごとく駆け回る少年少女たちが灯火のごとく掲げるのは不定期に公園を訪れるキッチンカーの看板商品。ストロベリーアイスクレープであった。
「また、めずらしいものを食べていますね」
 どうやらなじみの古書店で目当てのものを購入した帰りらしい。公園で優雅に昼寝でもしようかと考えていた矢先にこの邂逅。もはや一種の呪いなのではなかろうか。シュウが指指したのはマサキの右手に握られたストロベリーアイスクレープだった。
「向こう見ずな奴が真っ昼間の酔っ払いに喧嘩売っちまってな。仕方ねえから仲裁ついでに叩きのめしてやったんだよ。そうしたらそのお礼だって。あいつら全員でこづかい出してさ、一番高いやつ買ってきたんだよ」
「なるほど。それは断れませんね」
「だろ?」
 正直、甘いものはそう得意ではない。だが、マサキとしては何とかして完食したかった。子どもたちの善意が純粋に嬉しかったのだ。
「ところで、少しいただいても?」
「へ?」
 突然、顔を覆う影。けれどついばんだ先は赤く甘い果実ではなく。
「確かにこれは甘いですね。頑張って完食なさい」
 そして颯爽と立ち去っていく。理解が現実に追いついたのはそれからさらに十数秒後のことだった。
「あほかあぁぁ——っ‼」
 叫ぶくらいは許されるだろう。

【鬼の霍乱】
 
 研究に没頭するシュウが食事をおろそかにすることはままあった。それを見つけたマサキがどやしつけて食事を用意することも。だが、体が資本の魔装機操者であるマサキが「食」をおろそかにすることなど過去にあっただろうか。
「……鬼の霍乱」
「うるせぇ……、んだ、よ」
 枕元に転がる栄養機能食品と栄養補助ゼリーの山。任務が立て込んでろくに休みも取れていないところを流行病が直撃したらしい。
 症状としては四十度近い高熱と一時的な難聴が一週間程度続くとのことだったが、マサキはそれでもベッドから起き上がろうと一人悪戦苦闘していたのだった。
「せめて入院の手続きくらい取りなさい。使い魔がいるのですから連絡くらいはできたでしょうに」
 誰か一人でも付き添いがいるならともかく数日間家人が不在となるなら医療機関を頼るのが賢明な判断であろう。
「と言いつつ家人不在を理由に堂々と病人かっさらってきた人間が何を言ってんでしょうね」
 ジト目のチカは容赦がない。
「というかその【直感】の精度本気で怖いんですけど」
「偶然ですよ」
「顔そらさないで言ってくださいません。ちょっと、ご主人様!」
 それから数日、家人から「捜索願」が出されるまで某所での「仮入院」措置は続いたのだった。

【Anniversary】
 
 記念日。たいそうな理由はない。ただ、そう思っただけ。彼が知ればきっと顔を真っ赤にするだろう。それどころか殴りかかってくるかもしれない。何せ彼はたいそう喧嘩っ早い恥ずかしがり屋であるのだ。
「何だよ、さっきからにやにやしやがって」
「大したことではありませんよ」
 操られていたとはいえ彼の義父を死に至らしめ第二の故郷となったラングランの王都を壊滅に追いやった。そして、最後には月面で彼と彼の仲間たちに牙を剥いた。
「縁とは不思議なものですね」
 彼と初めて出会ったのは地上で命を奪われたのは宇宙。そして、邪神の呪縛から解き放ってくれたのはこのラ・ギアスで。
 世界のどこにいようと彼は常にシュウの目の前にいた。怖れずひるまず歯を食いしばり「世界」に「神」についには「運命」にすら抗い打ち倒して。
 振り返って見れば寿ことぶかぬ瞬間などあっただろうか。
「困りましたね」
 きっと彼が知ればどやされるに違いない。だが、何と言われようとこればかりは譲れないのだ。
「今日は何を祝いましょうか」
「何だ、今日って何かの記念日だったのか?」
「ええ、とても大切な」
 本当にこの瞬間すらいとおしい。

【兄妹】
 
「本当によく似ていますね」
 血が繋がっていないことがまるで嘘のようだ。呆れ半分感心半分。購入したばかりの紅茶缶の包装を解きながら実に微笑ましいと言われた。
「……ほんとにそう思うか?」
 養子となって数年。仲の良い兄妹だとよく言われた。仲間たちからはもちろん近所の住人たちからも。だが、素直に受け入れるにはどうしても抵抗があった。抜けない棘があったのだ。錆びた赤銅色の棘。妹の目の前でたったひとりの父親を死なせてしまった罪悪感。それは一つの怖れであった。
 けれど男は言ったのだ。
「ええ、いっそ妬ましいくらいですよ」
 その瞬間、かちりと何かがはまった。この男が言うならそうなのだろう。決して嘘をつかない男だから。
「そっか、お前にもそう見えるんだな」
 嬉しい。今度こそ素直にそう思える。
「さあ、どうぞ。ご希望のダージリンです」
 地上に出る用事があると聞いて頼み込んだのだ。ミルクティー好きの妹がめずらしく飲んでみたいといったダージリン。
「ありがとよ。礼は今度必ずするから」
「いりませんよ。たった今貰いましたから」
 妬けますね。
 たった一人の家族のためであれば彼はこんなにも幸せそうに微笑むのだ。そして、それはきっと彼女も同じ事なのだろう。まったく妬ましい。
「本当に似たもの兄妹ですよ、あなた方は」

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