SS集-No.6-10

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No.6 <<<

【アンブレラスカイ】

 色とりどりのカラフルな傘を空中に吊るして展示するイベントをアンブレラスカイというそうだ。てっきり地上特有のイベントだと思っていたがラ・ギアスでも同様のイベントはあったらしい。
「ラ・ギアスに梅雨は存在しませんがまったく雨が降らないわけではありませんし、天候が崩れやすい地域はありますからね。まあ、多くは日傘なのですが」
 頭上に広がるアンブレラスカイ。雨傘もあれば日傘もある。日傘の裏地は黒がいいと聞いたことがあるが頭上の日傘の中にはやたら派手な柄の日傘もあった。地上からも目視できるのだから一体どれだけ派手なのか。
「日傘か……。プレシアにも買っておいたほうがいいと思うか?」
「彼女のことになると本当に過保護になりますね。まあ、一本くらいは持っておいて損はないでしょう」
「そっか。……日傘って高いのか?」
「機能やブランドにもよりますね」
 平均的な価格を伝えれば目を見開いて驚いていた。マサキにしてみればたかが傘に、という感覚なのだろう。
「よければ案内しましょうか?」
「……頼む」
 これも妹のためだ。過保護な兄は藁にもすがる思いで頭を下げる。
「では、行きましょう」
 正直、彼女に嫉妬を覚えることはままある。だが、彼ら兄妹が仲睦まじくある姿に癒やされる自分がいることも事実だ。この手が奪ってしまった家族の風景。
「安心なさい。あなたが選んだものであればきっと喜んでくれますよ」

【ストリートピアノ】

「マサキ?」
 地上に出たさい街中で見つけたストリートピアノ。動いたのはマサキだった。
「いや、何かいけそうだからよ」
 直後、軽やかに踊り始める十指。シュウには覚えのない曲だったがおそらくマサキたちの間では相当有名な曲なのだろう。
「一体何の曲ですか?」
「え、ドラゴニアクエストのOP」
「は?」
「ドラゴニアクエスト。 あ、お前は知らねえか。ゲームだよゲーム」
「ああ、なるほど」
「楽譜は読めねえけど音は覚えてるから、どこを叩けばいいのかさえわかれば何とかなるんだよ」
「あなたは本当に器用ですね」
「音楽室の掃除当番だったときに面白半分で叩いてた時期があってよ。それで覚えたんだ。鍵盤叩けば好きな曲が聴けるのも面白かったしな!」
 軽やかに踊る十指同様マサキの機嫌も上々だ。思い出せる曲を片端から弾いているのだろう。演奏はさらに続く。
「楽しそうですね」
「ん?」
 自然と目尻が下がる。
「まあ、ガキの頃以来だからな」
「そうですか。なら、もう少し遊んでみましょう」
 冷然とした笑みばかりの男がめずらしく見せた穏やかな微笑。一体何を思いついたのだろう。首を傾げながらけれどマサキすぐに忘れてしまった。思い出を奏でることが楽しくて仕方なかったのだ。そして、後日マサキは大いに後悔することになる。なぜあの時点で詳しく問いたださなかったのか。 あの男は「もう少し遊んでみましょう」と言ったのだ。何を、もう少し遊ぶと?
 それからわずか数日後。練習用なので中古で十分でしょう。と用意されたグランドピアノにマサキが頭を抱えたのは言うまでもない。

【赤面】

 目がぶつかった瞬間、声にならぬ悲鳴が喉から飛び出した。即座に踵を返す。全力疾走。もはや行き先などどうでもいい。とにかく人けのない場所へ。
「何で真っ昼間からあんな恥ずかしい顔してんだよ、あいつはっ⁉︎」
 気づけばたどり着いていた路地裏。左右に人がいないことを確認してうずくまる。顔が熱い。たぶん、真っ赤だ。耳も。今すぐ頭から水をかぶりたい。
 うずくまったまま、うーうーうなる主人に使い魔である二匹の猫はやれやれと首を振る。
「何を想像したのかだいたい予想がついたんだにゃ」
「いい加減、慣れにゃさいよ。もう、体がいくつあっても足りなくにゃるわよ」
 先に気づいたのは向こうだった。【認識阻害の魔術】を解かれて初めてあの男だと気づいた。
「マサキ」
 唖然とした。何だその顔は。真っ昼間から何て顔をしているのだこの男は。思わず怒鳴りつけようとしてはたと気づく。真っ昼間から何て顔? いや、真っ昼間でなければいつ見たのだこんな顔を——。
 もうだめだった。

「年がいもなくはしゃいでしまいましたね」
「でれでれですね。あー、恥ずかしいったらありゃしない!」
「あとで迎えに行きましょう」
「それ、わかってて言ってます?」
 チカの主人はとても執念深い。一度見つけた獲物は決して逃がさないのだ。
「ええ。きっとしばらくは動けないでしょうからね」
「マサキサン、ニゲテー。マニアワナイトオモウケドー、ニゲテー。ゴシュジンサマガクルヨー!」

【昔話】

「なあ、ラ・ギアスにも昔話ってあるよな?」
「どうしたのです、突然」
 それはあるうららかな午後。リビングのソファに行儀悪く寝転んだまま思い出したようにマサキが問うた。
「いや、何か唐突に思い出したんだよ。『かちかち山』お前知ってるか?」
「地上のそれも日本の昔話でしょう。さすがにそこまでは私も知りませんよ」
「それもそうか。単純に言うと悪いたぬきをやっつける話なんだけどよ、今思うといろいろエグかったなあって。報復もえげつなかったし」
「子細を聞いても?」
 数十秒後、シュウはおのれの発言を後悔することになる。
「畑に悪さをしたたぬきを爺さんが捕まえるんだけどさ、たぬきの奴、婆さんをだまして縄から抜け出すんだよ。で、そのまま逃げ出すかと思ったら杵で婆さんを殴り殺して鍋にしちまうんだ。それで、婆さんに化けたたぬきは帰ってきた爺さんにたぬき鍋だって嘘ついて婆さんを食わせちまうんだよ」
「それは子どもに読み聞かせていい話ですか?」
 シュウはおのれの好奇心を悔やんだ。まさかここまでグロテスクな話であったとは。
「おれも今はそう思う。でも、普通にTVでやってたんだよ、子どもの頃。一人で留守番してる時によく見てたし」
 連れ合いを殺された爺さんは仲良しの「うさぎ」に敵討ちの相談に行き、話を聞いたうさぎは爺さんに代わってたぬきを成敗する。
「その内容ってのがなあ……」
「もう何を聞いても驚きませんよ」
「それがな。たぬきをだまして背負わせた柴に火を点けて大やけどを負わせるんだよ。で、次の日には薬だって言ってトウガラシ入りの味噌をやけどに塗りたくるんだ」
「……繰り返しますが、それは本当に子どもに読み聞かせていい話ですか?」
「だよなぁ……。それでさ、最後には泥船に乗せて漁に連れ出して、溺れたところをで殴り殺して沈めちまうんだ」
 子どもの頃は単純に「悪いたぬきをやっつけた!」と無邪気に喜んでいたが、大人になった今しみじみ思う。
「なんつーもんを子どもに読み聞かせしてんだよっ⁉︎」
 衝撃的な「昔話」を聞いてしまったシュウはその怜悧な頭脳をフル回転させて自らの記憶とラ・ギアスの伝承・童話を振り返る。
「あなたの母国では一体何があればそのような『昔話』が発生するのですか」
 真顔だった。気持ちは分かる。
「聞くな。おれもそれが知りたい」
 これもすべて持て余すほど暇なのが悪い。
「でしたら少し眠っていなさい。家では落ち着いて眠れないからとこちらに来たのでしょう」
「……お前、ここにいろよ?」
「もちろん、どこへも行きませんよ」
 子守歌でも歌いましょうか、と尋ねてみれば「それはやめろ」と即答された。
「眠れなくなる」
「きちんと責任は取りますよ?」
 しっかり眠れるように。
「取るなっ‼」
 じたばたと暴れる体を当然のように抱き込む。
「安心して眠りなさい。誰にも邪魔はさせませんから」
「…………嘘つくなよ」
「あなたに誓って」
 ええ、誰が邪魔などさせるものですか。

【ライナスの】

「習慣って怖いですよねえ」
 目の前の光景にチカはありもしない両手で頭を抱え込む。カイロがわりに自らの使い魔である二匹の猫を両手で抱えて眠りこける青年。船をこぎ始めてからそろそろ二時間以上たとうかというの一向に目覚める気配がない。よほど疲れているのかあるいは気が抜けているのか。
「まあ、後者でしょうねえ」
 何せここはチカの主人の領域テリトリーだ。外敵の侵入などあり得ない。
「マサキさーん、そろそろ起きましょうよ。ご主人様帰ってきちゃいますよ。このままだとまたつけ上がりますよ!」
 しかし、チカの言葉もむなしくマサキが目を覚ます気配はない。
「もう、あたくしどうなっても知りませんからね!」
 扉を開く音とともに室内に流れ込む魔力。主人のそれと察知したチカは巻き込まれてはたまらないと素早く身を隠す。
「……おやおや」
 新しく仕立てた外套コートを手に戻ったシュウは目の前の光景に口角を上げる。 
 自らの使い魔を抱きしめて眠るマサキが身にまとっていたのはシュウの外套だ。眠気に負けてリビングで昼寝するさい上掛け代わりにと毎回渡していたらすっかり習慣になってしまったらしい。シュウが外套を新調する羽目になった理由である。
 身長差八センチ。見事に服に着られている。袖も余ってしまっているので実年齢よりずいぶんと幼く見えてしまうのは秘密だ。
 ぱしゃり、と携帯用端末に転送されるデータ。やはりこれも秘密にしておこう。
「平和とはいいものですね」
 後に書斎のフォトフレームを飾る一枚の存在に当事者たちが気づくのはこれより一ヶ月先のことである。

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