SS集-No.6-10

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【オープンワールド】

 オープンワールド。それはゲーム内の仮想世界において移動的制限がなく、プレイヤーが自由に探索し目的に到達できるよう環境設計されたゲームである。
「何でそれ買ってきたのさ、マサキ」
「面白いのは確かだけど、よりにもよってオープンワールド系は……」
 リューネとミオは呆れ果てていた。
「うるせえっ‼」
 マサキ・アンドー。通称【方向音痴の神様】
 現在、絶賛迷子中の先はオープンワールドRPG「災厄のキングダム」のワールドマップであった。ちなみにゲーム開始からすでに三時間以上経過しているがいまだ最初のクエストにたどり着けていない。
 画面右上にMAPはしっかり表示されているのだが目的地が目の前に迫った瞬間、斜め三二度、九〇度、果てはぐるっと回って一九四度といった感じで無茶苦茶にずれた方向に猛スピードで突き進んだ挙げ句、器用にも各所のイベントを回避して無傷のままスタート地点に戻ってくるのだ。もはやある種の神業である。
「マサキ、反射神経いいんだから素直にACTか格ゲー買ってきなよ」
「もしくはSTGだよね。動体視力いいんだし」
「うるせえって言ってんだろ! 見てろよ、絶っ対クリアしてやる‼」
「無理だって」
「うん。無理無理」
 世の中には「不可能」という三文字が存在するのである。
 そして、二九時間におよぶ奮闘の末、風の魔装機神操者マサキ・アンドーは無念にも敗北の二文字に撃墜されたのだった。
「ふざけんなぁーっ‼」
 そのあまりの落ち込みようをさすがに不憫に思ったリューネたちの勧めによって後日、STGとADVで八つ当たりにいそしんだ結果、発売から三年間ユーザーの戦意をへし折りつづけた某弾幕系STGのワールドレコードがついに更新され、その超高難度仕様から魔装機神隊内で放置されつづけていた某ホラーADVは見事ミッションコンプリートのトロフィーを獲得したのだった。
「お前がふざけんなーっ⁉︎」
 幾度となく挫折の涙を飲んだ仲間たちの雄叫びはもはや死霊の咆哮だったそうな。

【Goodbye, three fates】

 ラ・ギアス全土に広く浸透して久しい精霊信仰や五〇〇万人の教徒を有するヴォルクルス教に比べれば、そのほとんどが子供のお遊戯会程度の規模であったがラ・ギアスにも新興宗教団体は存在した。
 真っ当な団体もあれば自称宗教団体の犯罪集団もあった。当然、信仰が過ぎて人道を踏み外してしまった狂信者たちの集団も。
「そんなわけで生贄にされそうなんだけどよ、通信が繋がったってことはお前こっちの位置わかるだろ。サイバスター近くにねえか?」
「どういうわけで生贄にされそうになっているのかは理解しましたが、どうして迷子になった先でタイミングよく調査対象の新興宗教団体に拉致されているのですか、あなたは」
 シュウは頭を抱えた。拉致されるさいは薬を使われたらしく手荒な真似はされていないという。当然だろう。神に捧げる大事な生贄に傷などつけられるはずがない。
 フェイズ。死の三女神を祀る彼らは自らをそう称した。
 
 糸を紡ぐアポストロ
 糸を測るキシスラー
 糸を断つソローク
 
 三女神が操る糸は「命」の糸でありそれはそのまま人間の寿命を意味する。三女神は「死」の化身であった。
「この世から『不必要な死』をなくして『正しい死』だけが訪れる世界にするんだってよ。そうすれば戦争も何もなくなるってさ。何言ってんのかわけわかんねえ」
「荒唐無稽な夢物語だと思っていれば十分ですよ」
 その三女神はカワセミの姿を取って信者の前に降臨するらしく、それゆえにフェイズにおいてカワセミに縁ある緑色は神聖な色であった。
「加えてあなたの場合はサイフィスの加護もありますし、それはもうもろ手を上げて喜んだでしょうね」
 まさか、生贄として最優の一人であろう風の魔装機神操者が目の前で迷子になっているなどと誰が予想しようか。
「感極まって泣いてるおっさんいたぞ」
 鉄格子の外で握りこぶし作って部下と号泣してた。数分前に牢屋で見たワンシーンを思い出しあっけらかんと言い放つ。
「ただの馬鹿なのか豪毅なのか判断に迷う発言はやめなさい」
 そもそもまだ施設内から脱出を果たしていないだろうにそののんきさは何だ。
「いや、連中まいてる途中でダクトに隠れたんだけどよ、何か行けそうだからそのまま進んでたら外に出た」
 だから今施設の裏手から通信しているのだと言う。
 シュウは再び頭を抱えた。「幸運」持ちの迷子に理屈を求めてはいけなかった。
「わかりました。今から迎えに行きます」
「サイバスター、近くにねえのか?」
「位置は確認はできましたが距離的に無理があるでしょうね。あと数分もかかりませんから適当に隠れていてください」
「お前近くにいるのか?」
「所用があってこの近くに来ていたのですよ。いいですか、おとなしくしているのですよ」
「おれはガキかっ!」
「似たようなものでしょう」
 そのまま返事を待たず通信を切る。あまり会話を長引かせて発見されても困るからだ。
 正直、生贄の二文字を聞いたときは肝が冷えた。だというのに当の本人ときたら、なんとまああっけらかんと言ってくれたものだ。
「GPSでも持たせましょうか」
 エーテル通信機は常時携帯しているはずなのでワンセットにすれば迷子の「捜索」もぐっと楽になるはずだ。本当に世話の焼ける。
 数分後、迎えに来たシュウにマサキは当然のようにグランゾンのコクピットへ上がり込むと、
「少し寝る」
 図々しくもそのまま寝入ってしまった。何の警戒心もなく。シュウは安堵した。
「見た限り傷一つ見当たらないのは結構ですが」
 脱出にさいしてそれなりに体力を消耗しただろう。道理を踏み外した人間たちとの会話は多大な精神的疲労をともなったに違いない。それらはすべて罪科と数えるに十分な所業だった。
「相応の代償は支払っていただきましょう」
 三女神が唱える正しい【死】のもとで。自らが崇める神と共に逝けるのだ。彼らもきっと本望に違いない。
「では、後日」
 シュウは振り返らなかった。
 聞こえるのは安らかな寝息だけ。
 それだけで十分だった。

【蒼穹】

 不意に思い出したのは子どもの頃に見たアニメ。空を漂う巨大な雲の城。その中には本物の空飛ぶ城があり、初めて見た時は興奮のあまり立ち上がって叫んだものだ。
 自由自在に空を飛ぶ。子どもであれば誰しも一度は夢見たことではなかろうか。空が飛べれば雲の城に行ける。あの頃は本気でそう思っていた。
「まさか、叶うとは思わなかったよなあ」
 だが、マサキは幼い時分からたいそうひねくれ者だったので、雲の城など存在せず人間が自身だけでは決して飛べないのだと気づくとあっさりその焦がれを諦観のゴミ箱に蹴飛ばしてしまった。
 それがまさか「大人」になって叶うとは。さすがに自分自身で飛べるわけではなかったがサイバスターは今やマサキにとって自身の手足も同然であった。
 魔装機神サイバスター。超高高度どころか宇宙さえも流星のごとく翔る白銀の戦神。閉じられた大地とその蒼穹に君臨する神の鳥。マサキは今当然のようにその胎にいる。
「ほんと世の中、何が起こるかわかんねえ」
 齢一五で両親を亡くし、気づけば異世界で戦乱のど真ん中。今では「救国の英雄」というたいそうな肩書きまで貰い世界中に名前が知れてしまった。
 正直、何もかも放り出したくなったことは両手足の指の数では到底足りない。何せ当時は齢一五を過ぎたばかりのクソガキだったので。だが、クソガキにもクソガキなりの意地はあった。理不尽の顔面を殴り飛ばせる程度の正義感はあったのだ。
 頭上を見上げればそこには蒼穹の中天に座す太陽が。地底世界の閉じられた空に彼方はない。それでも、今のマサキにとって「空」とはこのラ・ギアスの「空」であった。
 風が呼んでいる。
 ふとそんな気がした。だから飛び出した。帰ったらきっと心配性な義妹に叱られるだろう。けれどはやる心は止められない。風が呼んでいる。蒼穹が両手を広げてマサキを待ち焦がれている。だから、飛ぶ。疾風はしる。
 幼い頃に夢見た雲の城は現実の前に失せてしまった。けれど「空」はここにある。閉じられた蒼穹。この「空」は今マサキのためにあるのだ。
「さて、それじゃあ行こうぜ。サイバスター!」
 風の「彼方」を目指して。

【アイスと告白】

 目が合った。それだけだ。
「うわああぁぁ——っ⁉︎」
「マサキ?」
「帰る、やっぱ帰る。帰るからなッ!」
 声をかける間もなく飛び出して行ってしまった。まさに疾風。
「あーらら。まったく、相変わらずお子様なんですから」
「チカ?」
 どうやら事の元凶はこのかしましいローシェンらしい。我が使い魔ながらどうしてこうもトラブルを引き起こすのか。
「今度は一体何をしたのですか?」
「え、だって、今日は『告白の日』じゃないですか!」
「『アイスの日』ではなく?」
「どっちもですよ。マサキさんは『アイスの日』しか知らなかったみたいですけどね」
「……なるほど、理解しました」
 それは動転もするだろう。
 今日が『アイスの日』と聞いて「好きなだけ食うぞ!」と息巻いてやって来たマサキはクーラーボックスにこれでもかとアイスを詰め込んでいた。一度やってみたかったらしい。
「全部食うのは無理だからお前も食え!」
 突きつけられたのは抹茶のカップアイス。
「お前、甘いのあんまり好きじゃないだろ」
 追加でレモンシャーベットも渡された。
「一度に食べ過ぎるとお腹を壊しますよ」
 そうたしなめてから紅茶を用意するためいったんキッチンへ。それから現在に至るまでわずか数分。どうやらこのローシェンはそのわずかな時間で相当に彼を煽ってくれたようだ。
「『告白の日』にアイスを持ってくるなんて、ねえ?」
 何せそれはもう見事にゆで上がっていたのだ。
 迷子になるのはいつものことだがあれでは帰宅するのにいつもの倍以上の時間がかかるに違いない。
「まったく余計なことをしてくれましたね」
「でも、年に一度ですよ? たまにはいいじゃないですか。いつも口にしているのはご主人様のほうなんですから」
「必要ありません。心配せずともいつもきちんと態度で示してもらっていますよ」
 当の本人に自覚はないだろうが。
「いつも?」
「ええ、いつも」
 猫のように気位が高く自由奔放で好奇心旺盛。そのうえ頑固でわがままで好き勝手に人を振り回す。けれど一瞬でも目を離すとまるで風のようにどこへともなく翔去ってしまう。彼をひとところに留め置くために一体どれほどの苦心が必要であったか。
 それが今やどうだ。
「よお。何してんだ、お前?」
 特別何か用事があるわけではない。けれど彼はここに来る。仲間たちを差し置いてシュウの隣に、だ。
「それで十分でしょう」
「うわっ、圧倒的勝者の余裕!」
 チカは閉口してしまう。
「とりあえず、迎えに行ってきますから留守は任せましたよ」
「え。でもあの様子だとフルスロットルで迷子ってると思うんですけど……」
 どうやって見つけ出すのかと問えば、当然のように。
「探さずともすぐ見つかりますから心配は無用です」
「いっそムカつく勝者の余裕っ‼」

【水の都】

 水の都ヴェネツィア。初めて見たのはTVのクイズ番組だった気がする。水路だらけの街。そこかしこにかかるアーチ状の橋。探検するにはもってこいの場所だと子ども心に思ったものだ。
「確かに行って見たいとは思ったけどよ」
 だからといってこれはない。
 いつものごとく迷子になった末、一晩宿を取った先はヴェネツィアによく似た水路の街だった。
 まるで迷路のように街中を走る水路。観光地としても有名だったらしく気分転換にと観光用のゴンドラに乗ってみたのがいけなかった。どこぞの背教者でないがヴォルクルス教団からしてみればマサキも立派な凶悪指名手配犯であったのだ。
「まあ、夜中じゃなくて早朝の襲撃だっただけまだマシなんだけどよ」
 ジャケットを忘れてきてしまったのは痛かった。明け方の冷気は身に染みる。
 目の前には水路。幅は七、八メートル程度だろうか。ゴンドラはない。背にあるのは細い階段だ。階段を上った先は一本道。袋小路だ。
「泳ぐしかねえか」
 向こう岸はない。だが、ゴンドラを乗り降りするための場所は街中のそこかしこにある。ある程度泳げばどこかにたどり着くだろう。
「しかし、朝っぱらから水泳とはなあ」
 せめて季節と時間帯を選びたかった。
「そんなこと言ってる場合じゃないんだにゃ」
「緊張感がないにゃ」
 しかし、そう呆れる使い魔たちも先程からあくびを繰り返しているので緊張感の無さでいえばどっこいどっこいである。
「あ、誰か来るんだにゃ!」
「誰にゃ?」
 水路の奥に気配を感じ使い魔二匹が声を上げる。
 天の助けだろうか。しかし、マサキたちの期待は呆気なく打ち砕かれる。天の助けには違いなかったがある意味、次の不幸の始まりであったからだ。
「……いや、何でお前がゴンドラこいでんだよ」
「他に移動する手立てがなかったからですが?」
「つか、連中がここに来てたのってもしかしなくてもお前が原因かよ」
「今回に関してはあなたが原因ですね。いいとばっちりです」
 乗りますか、そう問われて遠慮する理由はない。むしろ無理矢理にでも乗せろという話だ。
「これからどうするんだ?」
「このまま脱出します」
 どうやら街の外に通じる水路だったようだ。
 少し揺れますよ。そう言い終わると同時にゴンドラの速度がぐん、と上がる。なかなかワイルドな加速だ。
「はぁ。どうせならもうちょっとのんびりしたかったぜ」
「なら、それは次回に回しましょう」
「お前も来んのかよ」
「私以外に誰と?」
 どこから湧いて来るのか、その自信。
「今度はもう少しスピード落とせよ?」
「普段は安全運転ですよ」
 さっきまでの緊迫感は一体どこへ吹き飛んだのか。気が抜ける。マサキは眠気の再来に抗うことをやめた。
「何かあったら起こせよ?」
「ええ、何かあれば」
 きっと何も起こらない。それはマサキ自身がよく知っていた。

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