SS集-No.6-10

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No.10 <<<

【ミナミスカシユリ】

 所用で地上に出たさい、たまたま開いたネットで目にした小さな記事。
 ミナミスカシユリ。今まで他種にまとめて分類されていたこの花は、某大学のDNA解析によって実は新種と呼べるほどに異なった系統であったことが判明したという。
 実に一一〇年振りの快挙だったそうだ。
「で。何でそれがおれの目の前にあるんだよ」
「あなたに似合うかと思いまして」
「似合うわけねえだろ、おれは男だぞ」
 目に鮮やかなオレンジ色の花。夏の青空によく映えるだろう。
「……あー。はいはい」
 釈然としないながらも素直に受け取ったマサキを横目にチカはあからさまなジト目をおのれの主人に向ける。
「何ですか?」
「いいえ。あたくしなーんにも知りません!」
 どこにでもある花だと思われていた。
 だからこそ、この一一〇年間誰も気づかなかったのだ。言い換えれば一一〇年かけてようやく見いだされた一輪。
 有象無象の一人と眼中にもなかった。けれど食らいついて食らいついてその果てにこの身を墜としたのはそんな有象無象に埋もれていた彼だ。そして、自らの死をもってその真価を世に知らしめたのは他でもない自分。
「あなたにふさわしい花でしょう?」
 その希有に捧げるならば。

【甘酒】

 数日にらみ合ったレポートをから顔を上げればそこには明らかに不満そうな顔の青年が。
「頭が疲れたときにいいんだってよ」
 差し出されたのはコップ一杯の甘酒。少し根を詰め過ぎただろうか。
「残りはこれな」
 少し離れたテーブルには米麹と酒粕それぞれで作られた甘酒の紙パックが並んでいる。ラベルを見るに覚えのないメーカーだ。
「というか、これどこで買ってきたんですか?」
 ラ・ギアスに甘酒の文化ありませんよね。チカの指摘にしん、と固まる空気。
「……帰る」
 顔をうつむけているせいでその表情を窺うことはできないが、上気した頬と真っ赤に染まった耳をひと目すれば十分だ。
「お前は、それ飲んで寝ろっ‼」
 瞬発力はアスリート並である。引き留める間もなく飛び出してしまった。
「相も変わらず……」
「あー、はいはい。そーデスね。可愛い可愛い!」
 そろそろ付き合いきれなくなってきたチカは巻き込まれてはたまらないとわずかに開いていた窓の隙間からさっさと逃げ出してしまう。
「もう、あたくしやってられません!」
 本当にあの主人たちと来たら。
 今までもそしてこれからも決して受け入れられることのない不平不満を辺り構わず吐き散らしながら、忠誠心篤いローシェンは今日もまた全力で匙を放り投げるのだった。
「勝手にしやがれ、ですっ‼」

【キャッツ・アイ・ダズル】

 「猫の目の輝き」——キャッツ・アイ・ダズル。
 とあるSNSのグループに投稿された一輪の花。
 まるで本物の猫の顔を連想させる目・鼻・耳・口に似通った模様は多くの愛猫家たちの目を奪った。写真の投稿先が世界的に有名な写真専門雑誌——に非常によく似た名前の雑誌だったことも話題に拍車をかけた。
 「キャッツ・アイ・ダズル」の人気が過熱するにつれその種を求める声は日に日に大きくなっていった。当然だ。そして、需要が生まれればそこには売買という契約が発生する。
 「キャッツ・アイ・ダズル」の種は一パック一五〇クレジットから三〇〇クレジット。決して安いとは言えない。だが、それでも売買が成立するのはそれだけ需要があるからだ。
 しかし、熱狂は長くは続かなかった。ある日突然「キャッツ・アイ・ダズル」の「正体」が白日の下にさらされたからだ。
 AIによって精製された画像をベースに写真加工ソフトを使って調整されたフェイク。「キャッツ・アイ・ダズル」は文字通り幻の一輪であったのだ。
「そういうわけでよ、こいつを作った連中がどこにいるかわかるか?」
 夜が明けてからではたどり着くまでに昼までかかると自覚していたからだろう。夜明け前に家を飛び出し、ちょうどシュウが朝食を終えた頃にマサキは飛び込んで来た。それはもうシュウさえのけぞる三白眼で。
「なるほど、プレシアですか」
 どうやら彼の妹も「キャッツ・アイ・ダズル」詐欺被害者のひとりであったらしい。ならばこの憤激は当然。彼は妹にたいそう甘かったのだ。
「絶っ対にぶっ飛ばすっ‼」
 このまま放置していれば生身で精霊憑依ポゼッションを果たすのではなかろうか。鬼気迫るその形相にシュウは無関係の身でありながら命の危機を感じていた。
「とはいえ」
 仮にあの一輪が実在していたならば彼らはたいそう喜んだに違いない。特に好奇心旺盛なマサキはいの一番でシュウに見せびらかしに来ただろう。それはもう幼子のように目を輝かせて。
 仲睦まじい兄妹の団欒を邪魔した挙げ句、あったかもしれない彼と自分の憩いを奪った稚拙な詐欺事件。
「……」
 ちょっと許し難い。
「先につぶしておきましょうか」
 司法への引き渡しはそれからだ。

【悪の組織】

「でも、ご主人様よりマサキさんタイプのほうが実は厄介だったりしませんか?」
 何がどう転がってこんな話になったのだろう。
「人を勝手に『悪の組織』の幹部にするな。んなもんはお前の主人に一任しとけ」
 身近な人間で「悪の組織」を結成したらどうなるか。言い出したのはチカだ。よほど暇だったらしい。そして、このかしましいローシェンの生殺与奪権を持つ主人は所用があってあと一時間は帰ってこない。マサキは頭を抱えた。
「ええ、だってご主人様タイプの幹部ってだいたいどこにでもいるじゃないですか」
「フィクション限定でな。現実世界にあんな奴が二人以上存在してたまるか!」
 一体どれだけ振り回されたことか。
「ええ。ご主人様とは方向性が違うだけでマサキさんだってある種のチートじゃないですか」
 しかし、チカは食い下がる。本当に暇らしい。
 本人の怠惰が原因で見落とされがちだが自分の興味が及ぶ範囲に関してマサキの学習能力は驚異的だ。それはシュウも認めている。
「これだけの結果が出せるのであれば普段からも少し真面目に勉強したらどうですか」
「うるせえなあ。別にどうでもいいだろ、面倒くせえんだから」
 たまにシュウが勧めてくる「初心者向けの魔術教本」を思い出し自然と口がへの字に曲がる。机にかじりつくのは報告書を書くときだけで十分だ。
「『幸運』スキルで人材確保もお手のものじゃないですか」
「人材確保?」
 魔装機神隊のメンバーの大半はマサキが召喚された時点でほぼそろっていた。それから現在に至るまで操者の入れ替わりはほとんどない。人材を集める機会などなかったはずだ。
「……自覚ないって怖い」
 人種性別国籍階級を問わずあれだけの「名も無き支援者」たちを獲得しておきながらなんというキング・オブ・鈍感。
「もう。少しは周りを見てくださいよ。何だかんだいって皆さん世話を焼いてくれてるじゃないですか」
 それってすごいことなんですよ。
「……そうなのか?」
「そうですよ!」
 だから、「悪の組織」に就職されるととても困るんです。人材が流れちゃいますからね。
「だって、言うじゃないですか」
「何をだよ」
「あほな子ほど可愛いって!」
 チカは星となった。

【月球儀】

 閉じられた地底世界ラ・ギアスに「空」はあっても「宇宙」はない。中天に座す太陽はあれど月はない。にもかかわらずそれはあった。
 月球儀——月面上の地形を球体の上に描いた模型。
 地球儀ならまだしも月の模型がなぜここに。
 カイオン大公が妻と我が子のために建てた白亜の館。月球儀はその館の窓際、カーテンで隠れた場所にまるで閉じ込められたかのように置かれていた。
「この間、地上に出たときにたまたま目にしたのですよ」
 偶然立ち寄ったアンティーク専門店。目に留まったのは店の隅にあるショーケース。忘れ去られた月球儀だった。
「アンティークってわりには何か新しくねえか?」
「店主の手作りだそうですよ。子どもの頃の自由研究だったとか。何となく手放しがたかったので店の隅に飾っていたそうです」
「それをお前が買ってきたのか?」
「めずらしかったので」
「まあ、ほとんどは地球儀だしラ・ギアスに月はねえから、めずらしいっていえばめずらしいか」
 上辺の理由を述べればマサキは素直にそれを信じた。嘘は言っていない。ただ、すべてを言う必要がなかった。それだけだ。
「とても思い入れのある場所ですからね」
 荒寥の月面を染めた【神々の黄昏ラグナロク】の最期を忘れることは生涯ないだろう。死と解放、再生へのきざはしとなった場所。
「あなたはあの月面で『わたし』を殺し、『わたし』はあの地であなたに殺された。そうして『私』はようやく『私』を取り戻した」
 おそらく彼がこの胸の内に気づくことはないだろう。もとより気づかせるつもりもない。
「それにしても意外だな。お前、そんなに『月』が好きだったのか?」
「ええ、とても」
 彼がこの胸の内に気づくことは生涯ないだろう。
 それでいいのだ。

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