SS集-No.11-15

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【忘れた頃に夢枕、RETURN A面】

 ちゃぶ台がある。
 古き日本のお茶の間にどん、と鎮座しているあれである。某アニメでよくひっくり返されていたせいかちゃぶ台=ひっくり返すものというはた迷惑なイメージがごく一部に根付いてしまったのは日本の善良な小市民としては大変遺憾である。
 そこは壁も天井も地面もない真っ白な空間だった。あるのはちゃぶ台と湯飲みが二つ。そして、正面には。
「うちの従兄弟がすまない」
「またこのパターンかーっ‼」
 日本、それも関東圏銘菓をちゃぶ台の脇に並べて正座していたのは第二八八代神聖ラングラン王国国王フェイルロード・グラン・ビルセイアであった。
「まさか成人の基準がラ・ギアスと地上であれほど差があるとは……」
 養父に続いて上司もぶちこんできやがった。マサキは頭を抱えた。そしてやはり卒倒できなかった。REM睡眠世界の壁は泣きたいほどに分厚かったのだ。
「あぁ、ったく。ゼオルートのおっさんも殿下もよ、いまさらなんだよ。もういいだろ。誰も困ってねえんだから!」
 現実逃避が無理なら一刻も早く目を覚ましたい。しかし、現実は非情だ。そう、非情なのである。
「だが、青少年健全育成条例違反は二年以下の懲役または一〇〇万円以下の罰金(東京都)だろう。大人としてこれを看過することはできない」
「——わかった。可及的速やかに息の根止めてくるからネタ元教えてくれねえか?」
 のんきに目を覚ましている場合ではなかった。

【忘れた頃に夢枕、RETURN B面】

 幾度となく命の危機を感じた。だが、相手は保護者である。たとえそれが無理ゲーであったとしても保護者面談から逃げるわけにはいかない。絶対に責任は取ります。でも、正直、とても怖かったです。お義父さん。
「はい、お父さんなので」
 お父さんな剣皇は強かった。むしろ恐怖。しかし。
「安眠の邪魔なのでさっさと帰ってくれませんか? 安眠の邪魔なので」
 保護者面談はやむを得ないとしても日本関東圏銘菓詰め合わせを手にした従兄弟訪問は断固お断りである。しかも親子。帰れ。
「だが、青少年健全育成条例違反は二年以下の懲役または一〇〇万円以下の罰金(東京都)だぞ」
「マサキ君は気にしないと言っていたけどねえ」
 どこからともなく出現したちゃぶ台の前に正座する従兄弟親子。居座る気満々である。心の底から鬱陶しい。
「本当に邪魔なので帰ってくれませんか」 
 今だけ邪神の権能を一部レンタルできないだろうか。
 元大公子はちょっと思考が物騒であった。
 安眠妨害、滅ぶべし。

【チート】

【チート】
 直訳では、騙す。不正行為をするなどの意味。
 特にコンピュータゲームにおいて、ハッキング、クラッキングと同義に扱われる。
 ネットワークゲームでデータの改変や非正規のツールの使用などをすること。

「お前、あいつの使い魔だからわかるよな?」
「はい、何です?」
「あいつさ、身長はちょっと上だけど体重はそんな変わらねえだろ」
 果たして八センチ差をちょっとのくくりに入れていいのかは疑問だが、賢明なローシェンはあえて指摘しなかった。
「ですね。それがどうかしたんですか?」
「当たり前のように人のこと持ち上げやがるけどよ、あいつの腕力どうなってんだ? ゴリラか何かか?」
「いや、いまさら気づいたんですかそこ」
 チカは心の底から呆れた。本当にいまさらだ。
 主人とマサキの身長差は八センチ。体重差に至ってはわずか二キロ。これで軽々とマサキを抱え上げてしまえるのはどう考えてもおかしい。
「まあ、馬鹿力ではありますよ」
 種も仕掛けもある馬鹿力だが。
「それがどうかしたんですか?」
 問えばマサキは頬を膨らませて一気に機嫌を急降下させる。
「何かムカつくだろ」
「あー……」
 表に出さなかっただけで青年のプライドは大いに傷ついていたらしい。
「まあ、気持ちはわかりますけどこればかりは仕方がないですよ。だってご主人様ですよ。勝てるわけないじゃないですか」
「だからって理不尽だろ」
「あ、理不尽の意味は知ってたんですね」
 しかし、いくら不憫とは思えどここで種と仕掛けを暴露するわけにはいかない。
「だって、ねえ?」
 主人の膂力が見かけに反して平均値以上であることは間違いないが、それをさらに補強するチートが主人にはあったのである。
「いくら魔力があり余ってるからって、毎回【身体強化ブースト】かけてるだなんて言えるはずないじゃないですか」
 「男の子」のプライドはいつだって世界最高峰エベレストの頂点にあるのだ。

【オプス・セクティレ】

 地殻変動によって海の底に沈んだ都市が後世になって発見されたという話は歴史の授業で聞いた覚えがある。マサキの記憶に引っかかっていたのは古代ローマの都市で名前は確かバイアだっただろうか。
「オプス・セクティレ?」
「大理石や貝殻、真珠層、ガラスといった材料を特定の形にカットして壁や床にはめ込み、絵や模様を作る美術技法のことですよ。ラ・ギアスでは違う名称ですが、このフロアは基本幾何学模様で統一されていますね」
 打てば響く返答にマサキはモニターに映った男の記憶力が不思議で仕方がなかった。
「本当にどうなってんだよ、お前の頭の中」
「至って普通ですよ。精密検査でも問題はありませんでしたから」
 いけしゃあしゃあと言ってのける。ここまでくるともう呆れるほかない。
「そうかよ。それにしても、どんだけ労力つぎ込んだんだこれ」
 目の前に広がる色鮮やかな大理石のフロアは数千人規模の観客を余裕で受けられるだろう大劇場とほぼ同等の広さだ。これを人件費に換算すると注文主にとっては悪夢のような数値が叩き出されるに違いない。
「信仰の前には惜しむ労力などありませんよ」
「まあ、でなきゃこんなもんできねえよな」
 現在マサキたちが立っているのは海底に沈んだヴォルクルス神殿——その中央フロアだ。連れてこられたときは思わず跳び上がってしまった。
「面白い場所を見つけました。気分転換に行ってみませんか?」
 暇を持て余していたのは確かだが、まさか気分転換の先が邪神の神殿などと誰が想像しようか。
「お前の言葉を信じたおれが馬鹿だった」
「面白い場所には違いないでしょう?」
「面白い場所って言われた先が海の底だなんて普通は思わねえんだよ! つか、ここヴォルクルス神殿じゃねえかっ⁉︎」
 至極、真っ当な反応である。
「神殿としての機能はすでに失われていますし、後は朽ちるだけの場所ですから問題はないでしょう。眺めるだけならここもひとつの名所ですよ」
「破壊の神さん家だけどな」
 その後、不届き者の気配を察知して現れた死霊装兵とデモンゴーレムの群れを蹴散らしながら、罰当たりな「観光客」たちは何だかんだ言いつつ海底ツアーを満喫したのだった。
「いや、めったにないデート先の選択肢がそれって感性どうなってるんですか」
 なお、非情の置いてけぼりを食らったローシェンからの評価はぶっちぎりのマイナスであった。

【一〇〇〇クレジットからお願いします】

「盗撮?」
「道に迷った先でたまたま見たんだよ。プレシアと他の連中の写真の競りやってた」
 もちろん、不届きな連中はその場で引っ捕まえて叩きのめしたが、自称「写真家」たちの誰一人としておのおのの隠しカメラを手放さなかったそうだ。
「プロですね」
 実に見上げた根性である。大変不愉快ではあるが。
「あなたの写真はなかったのですか?」
「何でだよ。おれは男だぞ」
 実際、競りにかけられていた写真はプレシアを含めてすべて女性陣のものだったらしい。
「……どう思います、ご主人様」
「路上などではなく相応の場所で売買されているのでしょうね」
 冷静に考えて「魔装機神」操者の写真に需要がないなどあり得ないのだ。精霊信仰の篤いラ・ギアスにおいて精霊王の加護を受けた魔装機神操者の存在は良くも悪くも注目の的なのだから。
「転売目的で買い占めとかありそうですね」
「それは十分、あり得るでしょう」
 だが、憂慮すべき問題はそこではない。
「いつどのタイミングで撮られたものか、一度確認しておく必要がありますね」
 基本、外出のさいは認識阻害の魔術をかけているが万が一ということもある。仮に彼と並んでいる場面を撮られていたなら一大事だ。魔装機神隊のリーダーと背教者が肩を並べて街中を歩いていたなどスキャンダルどころの話ではない。世間に公表されようものならマサキは間違いなく社会的に抹殺される。それどころか、最悪、物理的にも抹殺されかねない。
「まあ、そんなわけで早速ダークウェブ上のオークションに参加したわ・け・で・す・が!」
 画面に並ぶ写真と価格にチカは半目になる。何とまあ人間とは欲深い生き物だろう。
「最低価格が一枚一〇〇〇クレジットからですか」
 パッケージごとの中身は各操者たちの写真が一〇枚で計一〇〇〇〇クレジット。日本円に換算して一〇万円である。
 その価格をさらにつり上げているのはマサキとテュッティの写真だ。同じ魔装機神操者の中でもレアキャラ扱いされているのか、この二人の写真だけパッケージに含まれている確率が極端に低かったのである。
「あこぎな商売してますねえ」
 これにはさすがのチカも呆れてしまう。
「ひとまずいくつか購入してみましょう」
「とかいいながら片っ端から秒で落札してますけどあたくしの視力が悪いんですか、ご主人様?」
 その日のオークションは「業者」たちにとってまさに阿鼻叫喚の一日であった。
 ちなみに「盗撮」専門の自称プロ集団が人知れず壊滅に追いやられたのはこれよりわずか数日後のことである。
「まあ、今のご時世、ネットワークから完全に切り離されたストレージってまずありませんものね」
 復旧作業も虚しく、保存されていたデータは一片残らずばっきばきだったそうな。

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