SS集-No.11-15

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No.14 <<<

【あなたは私に – ヒマワリ後日談

 今ではだいぶマシになったが以前はずいぶんと鼻持ちならない男だった。おまけに弁も立つので一体何度やり込められたことか。本当に思い出すだけで腹が立つ。
「だったんだけどな」
 手にした花束を思う。
 あの日、邪神が降臨した神殿を経ていけすかない男はそこそこマシな人間になった。回りくどくて嫌みったらしいのは健在だが以前に比べればそれも許容範囲内だ。
 善人ではないが悪人でもない。よくよく考えてみればそれは普通の人間だった。そう、人間は善悪の混ぜ物だ。だから、もともとあの男は普通の人間だったのだ。
 手にした花束を思う。
 大輪の黄色いヒマワリと白バラ。
 この間の礼だと言われた。
 大したことではない。数日前、あの男のセーフハウスにヒマワリを飾ったのだ。家主に似て本当に冷たくて寂しい部屋であったから。
「何でヒマワリとバラ?」
 妙な組合せだと思った。けれど悪意は感じなかった。何よりきれいなものには違いない。だから素直に受け取ったのだ。
「マサキ、機嫌がいいんだにゃ」
「めずらしいにゃ」
 どこか呆れたように尻尾を振る使い魔二匹。
「そう見えるか?」
 こんな他愛ないことであるのに。
 そこでふと思い出す。花には花言葉が存在するのだ。
「こいつの花言葉って何だ?」
 花はプロに選んでもらったとあの男は言っていた。プロなら当然、花言葉くらいは知っているだろう。
「お前ら知ってるか?」
 主人よりよほど博学な使い魔たちに問えばそれそれは渋い顔。これは確実に知っている。
「黙秘権行使なんだにゃ」
「大惨事必至にゃ」
「いや待て、何だそれっ⁉︎」
 一瞬で不安が興味をはじき飛ばす。これはただ事ではない。そうだ、なぜ気づかなかった。プロに任せたとはいえこれはあの男が贈ってきた花束なのだ。何もないわけがない。
「お前ら言え、言えってっ‼」
「いやにゃ。拒否権発動なんだにゃ!」
「抵抗権の行使にゃ!」
 みっともなく家中を走り回るひとりと二匹。
 逃走劇は実に一時間にも及び最終的にマサキがプレシアに使い魔たちの強情を訴えることで事態は収束を見たのだった。
「……お兄ちゃん、それ」
 そして事の次第を知ったプレシアは使い魔たち同様それはそれは渋い顔で兄に「正解」を告げたのだった。

 遠い遠いラングラン王都で大嵐が吹き荒れている頃、とある高原の一軒家では。
「ええ。ですから、私がそうであるように彼もまた私にふさわしいのですよ」
 今まさに「彼」のもとを訪れているだろう「未来」に満足げに微笑む元王族がいたとかいなかったとか。 

【今日のあなたのアンラッキー】

 予言が実用化されて久しいラングランであるが、雑誌の占いコーナーやニュース番組の一コマに組み込まれている占いについての認識はいまだ「お遊び」の範疇を出ていなかった。
「あれは限界以上に希釈されて原型を失った『預言』の亜種でしょう。信じるには値しませんよ」
 主人の言葉は正しいとチカも思う。何せ対象が広すぎるのだ。加えて占いの目的も大ざっぱであれでは「精度」など望めるはずもない。
 それでもチカがそのTVに目を留めてしまったのは「今日のあなたのアンラッキー」に具体的な文字の羅列を見たからだ。
「いや、何でそれ? どこから出てきたその八文字?」
 そう、画面に表示されていたアンラッキーアイテムが「未完成のレポート」だったのである。どう考えても特定の個人を指しているとしか思えない。実際、主人は「未完成のレポート」を完成させるべく昨日から研究室にこもっている。
「でも、まあ、しょせんはお遊びですし?」
 そう、しょせんはお遊びだ。少なくともチカはそう思っていた。しかし、占いコーナーが終わってからわずか二時間後。【方向音痴の神様】の訪問によって事態は一気に悪化する。
「何だ。あいついねえのか?」
「あらら、めずらしいですね。どうかしたんですか? お使い?」
「いや、何か暇だったからよ」
 不本意ながら何かと世話になっている身だ。だからたまには飯でも奢ろうかと思ったらしい。実に殊勝なことである。
「けど……。間が悪かったみてえだな」
 足下にやった視線を追えばそこには一枚のレポート用紙が落ちていた。
「何書いてんのかさっぱりわからねえ」
 拾い上げ、一瞥してそのままため息をつく。
「まあ、マサキさんにわかる程度の内容でご主人様が悩むことなんてありませんからね」
「煮詰まってんのか、あいつ?」
「いえ、ほとんど完成しているそうなんですがどうしても一部の数式に違和感があるらしくて」
「違和感ねえ。まあ、その様子じゃ当分出てこねえだろうし、邪魔したな」
 当たり前のように踵を返す。
「え。ちょっと、帰っちゃうんですかっ⁉︎」
「いつ出てくるかもわからねえんだから、待ってても仕方ねえだろ」
「いや、確かにそうなんですけど!」
 魔装機神隊の任務で世界各地を飛び回るマサキが主人を誘いに来ることなどめったにない。それこそ数カ月に一度あるかないかだ。その貴重な機会を未完のレポートごときのためにふいにするなどあんまりな仕打ちではないか。
「まあ、暇になったらまた来るからよ。ちゃんと飯食って寝ろって言っとけよ!」
 風の魔装機神操者が征く道を誰が阻めよう。あっという間に出て行ってしまったマサキにチカは絶望にうなだれるしかなかった。
「……意外に馬鹿にできませんね、占いコーナー」
 さて、翌朝には完成したレポートを手に機嫌良く研究室から出てくるであろう主人になんと説明したものか。
「ああ、そういえばあたくしにも当てはまるんでしたっけ」
 いまさら気づく。主人のペルソナ——使い魔であるチカにとってもあれはアンラッキーアイテムであったのだ。

 皆様、どうか今日のアンラッキーにはお気をつけて。

【告白】

 あるうららかな午後。
 特に何かをすることもなくカーペットに転がしたクッションに頭を載せたまま、思い出したようにマサキが問うた。
「そういやよ」
「何ですか?」
 少し離れたソファで読書にふけっていたシュウは顔も上げずに答える。
「お前、告白したっけ?」
「私がですか?」
 そこでようやく顔を上げる。この質問はさすがに予想していなかったようだ。
「してないよな?」
「していませんね。そういうあなたこそ告白した記憶はあるのですか?」
「あるわけねえだろ。気色悪い!」
「そうでしょうね」
 何せデリカシーと万年別所のマサキ・アンドーである。そんな事態が起ころうものならいろいろな意味で大惨事は必至だ。
「いきなりどうしたのですか?」
 問えばマサキは口をへの字に曲げて言ったものだ。
「TV見てたらよ、つき合うなら告白の一つくらいはしとけって」
 思い出してみれば目の前の男とのつき合いは長い。
 世界に仇なす背教者であり養父の仇であった男。地底世界から地上へ、そして地上から宇宙へと駆け上がって食らいつき刃を交え、ついにこの手で息の根を止めた。殺された者と殺した者。
 それが今やどうだ。目の前の男は気づけば当たり前のようにこの身を抱いて笑っている。まるでどこにでもいる普通の人間のように。マサキ自身もまたそれが当たり前になって久しい。あの日、確かにこの胸に渦巻いていたはずの怒り、憎悪、殺意、嫌悪は今や記憶の氷山の底だ。
「あなたにしてはめずらしい。感化でもされましたか?」
「別にそんなんじゃねえよ。ただ、何となく言えるうちに言っといたほうがいいんじゃねえかって」
 死んだら「死んじまう」んだから。
 壁を越えたその視線の先には無色の鮮血にまみれた彼の愛機が毅然と大地を踏みしめている。
「ああ、今回はどちらかといえば白兵戦が多かったのでしたね」
 今回の任務は国家をまたいだテロリストの拠点制圧。期間としては一〇日程度。だが、魔装機での戦闘はうち四日ほどで以降はすべて地上での白兵戦だったという。なるほど。ならばこの反応もやむを得まい。こと武技に関して彼は天賦の才に恵まれている。問うまでもなく戦果をもっとも上げたのはマサキであろう。
「そうですね。でしたら、いまさらではありますが聞いてもらっても?」
「ヤメロ、絶対鳥肌が立つ!」
「つれないことを言う」
 聞いてきたのはあなたでしょうに。
 本を閉じ、当たり前のように歩み寄って抱き込めばまるで聞き分けのない子どものようにじたばたと暴れてくる。
「言わなくていい! 言わなくていいから」
「いいから?」
「死ぬな」
 望んだもの、望まれたものはただそれだけ。
「あなたも、ですよ」
「当たり前だ。そんなかんたんにくたばってたまるかよ」
 望んだもの、望まれたものはただそれだけ。
 だから、告げるものもこれだけでいいのだ。
 ただ、それだけで十分に。

【バケツプリン】

 リビングのテーブルに並べられていたのは二キロの業務用アイスが二つ。その隣には一キロのチョコチップ、カラフルチョコスプレーが同じく並んでいる。計四キロのアイスはバニラとマーブルチョコだ。
「これぞ七つの大罪、暴食よ!」
「まあ、バケツプリン同様、ガキの頃に一度はやってみたかったやつだよな」
 時は深夜。場所は発覚した場合の危険性を考慮してミオの自宅だ。リューネに見られた日には刃傷沙汰必至である。
「でも、ラムレーズンが売り切れだったのは悔しいな」
「チョコチップがあるんだからいいじゃねえか」
「何よ、どうせならコンプしたいのが人情ってものじゃない!」
 握りこぶしで主張するミオは真顔だ。対してマサキの表情は無情に近い。
「どこに突っ込むつもりだよ、その人情」
 しかし、呆れながらもスプーンが止まる気配はない。猛スピードで消費されていくチョコチップとチョコスプレー。この調子では四キロのアイスが絶滅するのも時間の問題だろう。
 しかし、大罪とは断罪されるもの。残り一キロを切ったところでそれは来た。
「マサキ、こんな時間に何してるのよっ‼」
 これも野生の勘か。時間帯をわきまえぬ大変迷惑な訪問者——リューネの怒号についにスプーンが止まる。
「え、ちょっと何それ」
 テーブルに並べられた業務用アイスと大量のトッピングにさすがのリューネも絶句する。
「……見たわね、リューネ?」
「見たな?」
「え、あの、ちょ……」
 スプーンを手ににじりよる暴食の信徒たち。
「問答無用!」
「お前も食えっ‼」
「きゃああぁ——っ⁉︎」
 こうして大罪は新たな犠牲者を生んだのだった。

「ってことがあってよ」
 このさいだからバケツプリンも作ってみることにした。そう言って新品のバケツを手に現れたマサキにシュウは手にしていた文庫を危うく取り落としそうになる。
「正気ですか?」
「当たり前だろ。ガキなら誰だって一度は食ってみたいと思うんだぞ、バケツプリン」
「私は一度もありませんでしたが」
 ここで引いては巻き込まれる。そして、巻き込まれたが最後、絶対に逃げられない。シュウは徹底抗戦を決意する。
「何だよ、お前プリン嫌いだったか?」
「それ以前の問題です。だいたい食べきれないとわかっているものを戯れで作るのは食品を粗末にするだけでしょう」
「食べきればいいじゃねえか」
 十代の食欲と消化力は常識の彼方にあったようだ。シュウは天を仰いだ。マサキは正気だ。悪意もない。純粋にシュウとバケツプリンを食べたいだけだ。
「……甘い物はそれほど得意ではなかったでしょう?」
 最後の望みをかける。
「まあ、そうなんだけどよ。一度やってみたかったんだよ、バケツプリン」
 食欲を好奇心が後押ししたらしい。しかも念願のバケツプリンである。気力十分。何ならプラーナも満タンだ。もう一度シュウは天を仰いだ。
「……自分で作っておいて食べきれない、は許しませんよ?」
「当たり前だろ!」
 大変良い笑顔である。だが、さすがにバケツサイズは勘弁して欲しい。
「あなたの意見ばかり通すのは不平等でしょう」
 完全に諦めるのは最後の悪あがきが終わってからだ。
 そして、長い長い討論の末、バケツではなくサラダボウルサイズで妥協したそうな。

【Tornado Tourism】

「竜巻観光?」
「ええ。近年はストーム追跡を生業とする企業やストームチェイサーが追跡ツアーを組んでいるそうですよ」
 正直、耳を疑った。竜巻である。スケール次第では家どころか町すら木っ端微塵に破壊し尽くして天高く巻き上げる、あの竜巻である。
「いや、どこの命知らずだよ」
 どうやらアメリカの話らしいが何て無茶なツアーを組むのだろう。
「ストームチェイサーにはきちんと気象学の学位を持った人間もいますから、そういう意味では安心できますね」
「馬鹿言うな。安心したくねえよ。行くなよ、潔く逃げろよ。興味本位で追いかけていい対象じゃねえだろ」
「ちなみにツアーの予約は二年先までいっぱいで今はキャンセル待ちだそうですよ」
 マサキは頭を抱えた。他人事ながらとても聞いていられない。
「まあ、アメリカ国立気象局もストーム追跡ツアーについては公式サイトで『公共の安全確保と研究目的以外のいかなる理由でも、危険なストームを追跡する行為を推奨しません』と記していますからね」
「普通そうだろ。つか推奨されていいわけねえだろ、そんな自殺行為」
「ツアー開始前にリスクを明記した免責同意書への署名が必須となっていますから、ツアー客側もそれなりの覚悟はあるのでしょう」
「ついていけねえ……」
「そうですか? 多勢に無勢を単機でしのぐよりは遙かに安全だと思いますよ」
 ちくりと刺された。先週のことだ。
 それは任務先でのことだった。テロリストに占領されていた市街地を奪還するため【大量広域先制攻撃兵器】——サイフラッシュでテロリストたちの魔装機を一掃しようとしたところ、事態を察知したテロリストたちによって一時的に本隊から切り離され集中砲火を浴びたのである。幸い隙を見て上空に脱出、即座にサイフラッシュを発動させたことで場の制圧には間に合ったものの当初の位置からだいぶずれていたことで展開範囲が広がってしまい、多勢に無勢も相まって必要以上にプラーナを消費する羽目に陥ってしまったのだ。
 ひっくり返る寸前だったマサキを本隊へ連れ戻したのは近くでヴォルクルス神殿の破壊を終えたばかりのシュウであった。
「あなたの場合、半分は直感だからなのでしょうね。動作が不安定なのですよ。大ざっぱに剣を振るうかと思えば俊敏かつ正確無比な太刀さばきで多勢に無勢をいともたやすくひっくり返す。振れ幅が大きすぎるのです。もう少しバランスを取りなさい」
 任務終了後、淡々と諭すシュウにマサキは大いにむくれた。大変大人げない態度であったが素直に納得するにはひねた意地が邪魔をしたのだ。
「……あれは反省しただろ」
「そうですね。そこはセニア経由で聞きました」
 そして現在、マサキは剣の基礎をあらためて習うためにシュウのもとを訪れていた。
「今日はもうこのくらいにしておきましょう」
「何だよ、まだやれるぞ」
「疲労させることが目的ではありませんからね。あなたの場合、休むこともしっかり覚えるべきです」
 そうしてふてくされたマサキをシュウは問答無用でゲストルームへ放り込んだのだった。
「……どう考えても生身で竜巻追っかけるほうが危ないじゃねえかよ」
「まだ言いますか。比べる以前の問題ですよ」
 異星人からの襲撃に破壊神との死闘。人生を一〇〇回繰り返してもそんな悪運に二度、三度と当たり前のように見舞われる人間がこの世にどれほどいたものか。
「危機感についてももう少し教えておいたほうがよさそうですね」
 さて、彼が自身の希有な境遇を正しく理解するのはいつの日か。

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