SS集-No.16-20

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No.18 <<<

【テリウス・グラン・ビルセイアの代弁】

 紛う方なき天才である従兄弟はたいそう意地が悪かった。
「まあ、露骨に見せつけられるくらいは覚悟してたけどさ」
 不在であったシュウに代わってセニアからの依頼を受けたのが二時間前。それからもろもろの準備を終え、今現在シュウが研究室としているセーフハウスにたどり着いたのが数分前。結界を通じた何重ものセキュリティチェックを通過してようやくリビングに足を踏み入れてみれば待っていたのはこの有り様だ。
「本当に見せつけてくるのは性格悪いと思うよ」
 リビングのソファに背を預け実験結果のレポートに目を通している。それ自体に異議はない。異議があるとすればその膝の上で健やかな寝息を立てている存在だ。
「しかもそれシュウの外套じゃないか。毛布のほうがよくない?」
 シュウの膝の上ですっかり寝入ってしまっているマサキが身にまとっていたのは常日頃シュウが身にまとっているそれと同じ外套だったのだ。
「ええ。ただ、午睡のたびにこれを掛けていたものですから毛布にすると逆に違和感を感じると言われたのですよ」
 だから、本人の好きにさせている。当然のように語るその表情は優越感を隠しもしない。
「勝ち誇った顔してるなあ……」
 もしもこの場にいたのが姉であるセニアであったなら、容赦なく私用のタブレットをシュウの顔面に投げつけていただろう。
「い・い・加・減・に・し・な・さ・い・よ!」
 セニアにしてみればマサキは気が置けない貴重な友人であったが少々嫉妬深い目の前の男はそれすら面白くないらしく、こんな風に見せつけてくることがままあったのだ。
「これどう考えても大事故だよ」
 テリウスとしてはさっさと用事を済ませて回れ右をしたいところであったが踏み入ってしまった現場が現場である。これは逃げられない。シュウの気が済むまで付き合わされることは明白だ。であれば、せめて関係者一同を代表して一つもの申しておこうではないか。
「とりあえずさ、爆発しろバカップルって言っていい?」

【お年玉】

 年の瀬。実験が想定以上に滞っていたからだろう。あからさまに機嫌を損ねていた——第三者目線では完璧な能面——シュウにマサキはしばし思案した。この男の不機嫌は良くも悪くも周囲に与える影響が大きすぎる。早急に何か手を打たなければ。
「それマサキが言えた義理じゃないんだにゃ」
「マサキも十分迷惑にゃ。自覚するにゃ」
 使い魔二匹は容赦ない。しかし、受け入れ難い事実には目をつぶりマサキは必死に頭をひねる。物も金も才もある男だ。おまけに顔もいい。存在自体に不足がないのだ。そんな男の機嫌を直すのに何を用意すればいいのだろう。
 ふと目に入ったのは時計と日付。一二月三一日。二三時二九分。
「正月……」
 そこで思い出した。お年玉とそれが入ったポチ袋。
「……いい子にしてたらお年玉をやるよ」
 気づけば口を衝いて出ていた。自覚した途端、頬に朱が差す。
「お年玉、ですか?」
 誤魔化す前に訊かれてしまった。
「お……、おう。だから、ちょっとは機嫌直せよ。お前が機嫌悪くなるといろいろうるさいんだからよ」
 しかし、実際にはお年玉の中身などまったく思いつかない。目の前の欲深そうな男は特定の事柄を除けば意外と淡泊だったのだ。
「あなたが用意してくれるのですか?」
「他に誰がいるんだよ」
「何を用意してくれるのですか?」
 さっきまでの不機嫌さが一転して上機嫌に変わってしまった。この男、マサキがお年玉の中身について何も思いつかないことをとっくに見抜いているのだ。
「…………お年玉ってのはポチ袋を開けるまでわかんねえんだよ」
 負けず嫌いのマサキとしては何とか逃げ切りたい。しかし、それすらも見越しているのだろう。シュウは言った。
「あなたが私に用意してくれるというならお年玉の中身を私がお願いするものにしていただくことは?」
「えぇ……。お前がお願いするって絶対ろくなもんじゃねえだろ」
「失礼な。とてもささやかなものですよ」
「ささやかだあ?」
 普段の言動もあってマサキは片方の眉を跳ね上げうさんくさげにシュウを見やる。とはいえ嘘はつかない男だ。ささやかの規模がどの程度のものかは不明だが少なくともこの男にとってはささやかな願いであるらしい。
「無茶苦茶なやつじゃなけりゃあ……、まあ。何とか、して、やる」
 これも世のため人のため。何よりマサキ自身の精神衛生上のためだ。何せ最底辺に到達した不機嫌のとばっちりはだいたい七割くらいの確率でマサキに飛んでくるのだから。
 そして長針が進み、鳴り響く時報。
 Happy New Year!
 耳元で囁かれた声に思わず跳び上がればそのまま抱き上げられる。
「では、いただきましょうか。あなたの一年を」
「へ」
「言ったでしょう。お年玉の中身は私が願うささやかなものにしてくれると」
 あなたと過ごす一年です。それがこの男の乞うたささやかな願い。
「……………………お前、お前ほんっと、ほんっと……、お前って奴はっ‼」
「お年玉とは実にいい文化ですね」
 顔どころか耳まで真っ赤にしてじたばた暴れるマサキをいなしつつシュウはこれ以上ないほどに上機嫌だった。

 皆様、あけましておめでとうございます。

【スギライト】

 その露店は天然石いわゆるパワーストーンを扱っていた。どこで耳にしたかはもう忘れてしまったがごくまれに地上から流れてきたものも店頭に並ぶらしい。地上の鉱石がラ・ギアスに流れてくるとはまためずらしいこともあるものだとその時は思っていた。それを今さら思い出したのは道に迷って出た先が偶然にもその露店の裏手だったからだ。
 真っ先に目に留まったのは紫色の鉱石。スギライト。最初に鉱石を発見した日本の鉱物学者に敬意を表して命名されたのだと自慢げに語っていたのはミオだった。地上にいた頃、クラスメイトがパワーストーンを趣味で集めていたらしい。
「効果を考えたらもうあたしたち全員に必須って感じの石だよ!」
 ストレスや不安を軽減し心の傷を癒す。また、悪夢や危険から身を守るお守りにもなるという。
「至れり尽くせりだな」
 けれど関心はそこまでだった。少なくとも自分には不要だ。それは今でも変わらない。
「なあ、ちょっと見ていいか?」
 店番は中年の夫婦だった。息子が宝石商らしく商品にならなかったものを特別安く卸してくれているのだとか。
「悪夢、ねえ」
 自分には必要ない。けれどあの男はどうだろう。
「見るなって言っても見ちまうもんだしなあ」
 手ひどく抱かれたのだ。
 さすがに驚いた。普段であればまるで胸の内にしまい込むように抱き込んで離さない男が一体何を考えてあんな暴挙に出たのか。もちろん、抵抗はした。けれどあの男には魔術があった。抵抗はあっさりと封じられあとはもう嵐の大海原に身ひとつで投げ出されたも同然だった。
「何つう顔してんだよ」
 きっと目が覚めれば正気に返るだろう。夜が明けてから一発張り倒せばいい。だが、そんな気も顔を見た瞬間に消し飛んだ。
 置き去りにされた子どもだ。世界中の何もかもがなくなって、世界中の何もかもから置き去りにされてしまった。声を上げて泣く術すら失って最後に残った唯一のよすがに必死ですがりつく子ども。だから、たとえ力尽くで押さえつけ叩きのめしてでも離したくなかったのだ。きっととても怖い夢を見たのだろう。
「こりゃあ、覚えてねえな」
 予想は的中した。男は何ひとつ覚えていなかった。ただ、思い当たる節はあったようだ。ストイックな性格が自身の醜態を許さなかったのだろう。あれから数日、いまだ顔を合わせていない。合わせる顔がないとでも思っているのか。
「だからって、こっちがそれにつき合う義理はねえんだよ」
 単純に顔が見たくなった。だから会いに行く。けれど自らの暴挙を理由にあの男はそれを拒むかもしれない。否、確実に拒むだろう。理解はする。だが、それで自分が納得するかどうかはまた別の話だ。
「おっさん。これ、いくらだ?」
 手に取ったのは小ぶりのスギライトを連ねた腕輪。これくらいのサイズなら作業の邪魔にもならないだろう。
「おや、お兄さん。お目が高いね。三四〇〇クレジットだよ」
 日本円に換算して約三万四〇〇〇円。露店に並ぶ商品としてはずいぶんと高値ではなかろうか。
「高くねえか?」
「掘り出し物なんですよ」
「そうかい」
 代金を支払い愛機の元へ。たどり着くまでに二時間ほどかかったのはご愛敬である。
 
 勘に任せて適当なセーフハウスに乗り込めば果たしてそこにシュウはいた。手ひどい仕打ちからまだ一週間もたっていなかったからだろう。平然とやって来たマサキに唖然としていた。
「これは?」
 投げ渡された紫の腕輪。
「スギライトっていうらしいぜ。悪夢を見ないお守りなんだと。それやるからもう怖い夢見んなよ。また痛い目に遭うのはごめんだからな!」
 言いたいことだけ言ってさっと背を向ける。顔は見た。渡したいものも渡した。これで用は仕舞いだ。
 引き留める間もなかった。
「何というか……、相変わらず強引で傲慢ですね。だいたい見るなって言われて見ずにすむなら誰も苦労しませんよ。ほんとデリカシーないんですからっ‼」
 けれど甲高い大音声でさえずるチカをたしなめる声はない。やや骨張った手が腕輪に触れる。
「……見ませんよ」
「え」
「怖い夢はもう、見ません」
 我が事ながら単純で欲深いと思う。
 世界中の何もかもが失われて、世界中の何もかもから置き去りにされるさなかに失ってしまった白くたおやかな手。祈るようにすがったそれはとても冷たく、無情だった。
 怖かった。そう、とてもとても怖い夢だったのだ。
 小ぶりの石をただ繋ぎ合わせただけの腕輪。スギライト。悪夢や邪悪、危険から身を守るお守りと言われるこの石を彼はどんな顔で手に取ったのだろう。何を願い、祈ってくれたのだろう。
 自然と口角が上がる。
 失ってしまった白い手にはもう二度と届かない。けれどこの手には、今。
 ほんの気まぐれかもしれない。それでも確かに宿る小さな願い、その祈り。
「その必要がありませんからね」
 
 あなたの祈りがここにあるなら
 怖い夢はもう、二度と

【テリウス・グラン・ビルセイアの繰言】

「マサキが不慮のぎっくり腰になりました」
 早朝に呼び出され何事かと出向いてみれば開口一番これである。
「何て?」
「マサキが不慮のぎっくり腰になりました」
 大事なことなので二回言ってきた。
「そうなんだ。それで、当人は?」
「籠城中です」
「いや、何て?」
「私の寝室で籠城中です」
 オチが見えた。テリウスは回れ右の態勢に入る。
「どこへ行く気ですか」
 しかし、悲しいかながっしと肩を掴まれ即座に阻止さてしまう。
「おれ、医者じゃないから何の助けにもならないんだけど?」
「留守番を頼みたいのですよ。彼女たちには任せられませんからね」
「だろうね」
 どうあがいても地獄絵図の明日しか見えない。
「三日ほど身柄を預かる約束だったのですが」
「最終日の今朝になって不慮のぎっくり腰に見舞われたと?」
「そういうことです」
 ちなみに今回の騒動についての「反省会」は初日の真っ昼間から始まったらしくクッションと単行本とスタンドと洗濯かごと使い魔が放物線を描く大乱闘だったそうだ。目の前の従兄弟いわく右ではなく左ストレートだったので一応仏心はあったらしい。
「うん、馬鹿じゃないかな」
 セニアに習ってテリウスもまた容赦なく切り捨てる。真っ向唐竹割りである。
 【竜蛇様】の件は目の前の従兄弟からはもちろん姉であるセニアからも聞き及んでいた。精霊信仰の篤いこのラ・ギアスに実在した一柱の神。
 聞けば魅入られたというほど大事ではなかったものの、本人のあずかり知らぬところで使い走りのような役目を負わされていたというではないか。その結果として莫大な「褒美」を授けられたとも。
「ああ、そういう……」
 神の恩寵は時に残酷だ。
 ただ宝を授けるだけならいい。だが、もしもそれが異能であったり不老不死であったなら。神が授けるものだ。どうして人間ごときが抗えよう。最悪のパターンは眷属として神のかたわらに召し上げられる結末だ。それは惨劇であり悲劇でしかない。人間はどこまでいっても人間でしかないというのに神は神ゆえにその不幸を想像すらしてくれないのだ。
 であれば確かに気が気でなかっただろう。優秀な従兄弟である。それが人の手に負えるものかどうかなど瞬時に判断できたに違いない。そして、従兄弟は畏れから身動き一つできなかったと言っていた。【竜蛇様】は目の前の天才をして正しく神と畏怖されるに能う存在であったのだ。
「だから、一時でもそばから離すのが怖くなったんだ?」
 昔から何事に対しても関心が薄くそれだけに一度手にしたものへの執着は凄まじいものだった。しかも性格に難ありととても面倒くさい。そんな割れ鍋である従兄弟にとっての綴じ蓋。あの【方向音痴の神様】を目の前で最悪かっさらわれたかもしれないのだ。なるほど。ならばたとえ力尽くになろうとしまい込みたくなるのが人情というもの。
「だからって、ぎっくり腰はないよ」
 さすがに惨い。
「不慮のぎっくり腰ですから仕方ありません」
 被疑者はいけしゃあしゃあとのたまう。
「未必の故意じゃなくて?」
「不慮の事故ですから当てはまりませんよ」
 こんにゃろう。被害者に代わってテリウスは軽く舌打ちする。被疑者がこの様子では無血開城まであと数日はかかるだろう。無事に、籠城が続けられればの話であるが。
「何か言いましたか?」
「さあ、気のせいじゃない。それよりさ」
「何ですか」
「いつかの年末にも言ったと思うけど、シュウ。君、あともう二、三回は爆ぜたほうがいいと思うよ?」
 悪意からではなく一〇〇パーセントの善意による「爆発しろ」発言であった。これでも親族。一応、慈悲はあるのだ。
 そうしてマサキが無事「返却」されてから数日後。
 テリウスの証言を受けたセニアの指示によりその日から約三ヶ月間。シュウは魔装機神隊関係各所への出入り禁止を言い渡されたのだった。
「いい、お兄ちゃんに近づいたら思いっきりぶっ飛ばすんだからねっ‼」
 ちなみにラスボスはおたまとフライパンを装備した妹様であった。

【スーパーシラカワカップ】

「……スーパーシラカワカップ」
 小腹がすいた。それだけの理由で立ち寄ったスーパーでつい口を衝いて出てしまった謎の一一文字。商品名スーパーバニラカップ。安くておいしい庶民の味方である。
「いや、なぜにシラカワ?」
 自ら口にしておきながらマサキは何度も首を傾げる。そもそもどうしてあの性悪と目の前のアイスが結びつかなくてはならないのだ。わけがわからない。
「わからないほうがどうかしてるんだにゃ」
「本当に無自覚って質が悪いにゃ」
 これから訪れるであろう未来がすでに見えているのだろう。足下で力なく首を振る使い魔たちはもういろいろな意味で諦め切っていた。
「で、さんざん考えた末にたどり着いた結論が『アイスの蓋が紫色でなおかつ紅茶味だったから』だと?」
 スーパーでの一件から約二時間後。イートインコーナーでの一休とお約束の迷子を経てようやくセーフハウスに帰還したマサキにチカは呆れ返っていた。
「たぶん、そうじゃねえか? 他にそれっぽいものなかったしよ」
「……マサキさん。フラグって立てたら実行しないといけないんですよ?」
 無自覚の自白。否、これはもはや告白だ。
 日常の何気ないことであっても目に留まっただけで自然と思い浮かべてしまうレベル。無意識の領域にまで根を張ってしまったそれ。
「何言ってんだ、お前?」
「ウン、ソウデスネ。何言ッテンデショウネー、コノオ馬鹿サンハー!」
 ああ、何て甘ったるいことだろう。見ているだけで胸焼けしてしまいそうだ。
「まあ、手遅れなのはいつものことですし、頑張って抵抗してください。どうせ逃げられないでしょうけど」
 だってもうスタンバイされちゃってますしね。と手を振る代わりに羽を広げたチカにかつてない悪寒を感じたマサキは反射的に振り返る。
「ずいぶんと面白そうな話をしていますね」
 破壊神も裸足で逃げ出す【総合科学技術者】がそこにいた。しかも満面の笑顔である。とても怖い。
「ヒェッ⁉︎」
 そして逃げる間もなくがっしと両肩を掴まれる。何という圧力。もはや万力である。
「続きを伺っても?」
 この笑顔を前にして否と言える人間がこの世にいるなら今すぐ連れてきてほしい。マサキはうなずいた。それはもう必死でうなずいた。ついでに見たくもないオチも見えてしまったがもはやうなずく以外、何もできなかったのだ。
 フラグは無事実行された。
「たまにはアイスもいいものですね」
 翌朝。件のカップアイスを手にした【総合科学技術者メタ・ネクシャリスト】はそれはそれは上機嫌であったが、どうあがいても消せない吸引性皮下出血の分布図に泣きを見た【方向音痴の神様】はその日いっぱい不機嫌を貫いたのだった。

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