SS集-No.16-20

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No.20 <<<

【Black bird】

 散歩に出たまま一向に戻る気配のないシュウを無謀にも一人で探しに出たマサキが目的を果たしたのは実に三〇分後のことであった。
「おい、シュウ。お前今までどこに行ってたんだよ。チカが心配してたぞ! ……何だそれ、鴉か?」
 思わず足が止まる。シュウがその片腕に抱えていたのは見覚えのない黒い鳥の軀であったのだ。
「いいえ。この地域にのみ生息する野鳥のようです。少し検索してみましたが特に名前もありませんでした」
 そう笑った男の口許は確かな嘲笑を象っていた。
「そいつ、墜ちてきたのか?」
「ええ。おそらく大型の猛禽類にでも襲われたのでしょう」
 見ればその片羽は鋭い爪のようなもので切り裂かれていた。
「弔うのか?」
「そうですね。このまま打ち捨てるのは哀れですし、これも何かの縁ですから」
「……なあ、何か変だぞ。お前」
 背筋を這う強烈な違和感。知らず、一歩後ずさる。
「何がです?」
「何がって……、目が」
 そう、目だ。紫水晶アメジストの瞳——その奥底で息を潜めていた諦観の黄昏がまるで何かに呼び起こされたかのように世界へにじみ出ようとしている。これはいつか見た目だ。
「私はあなたがうらやましい。私では叶わなかったことを当然のように叶えたあなたが」
 そうだ。うらやましいと言ったのだ、目の前の男は。自分では叶わなかったことを叶えたマサキが心の底からうらやましい、と。これはあのときと同じ目だ。
「お前、どこ見てんだよ」
「どこ、とは?」
 不思議そうな顔をする。今自分がどんな顔をしているか自覚できていないのか。否、自覚はしているはずだ。ただ、無自覚を装うことで徹底的にそれを否定している。こんなことは目の前の男が立つ「世界」では決してありえないことだから。
「わかった。お前がそうしたいならそうしてろ。それより、早くそいつを埋めてやろうぜ」
 物言わぬ軀を当然のようにシュウの腕から引き取る。
「汚れますよ」
「仏さんに何言ってんだ。罰当たるぞ」
「仏さん、ですか。ただの野鳥ですよ?」
「死んだらみんな仏さんなんだよ。ぐだぐだ言ってねえでさっさと歩け!」
 そういってシュウの後ろにつく。一人で進んでも迷子になるだけだと自覚はあるのだ。
「それにしても」
「それにしても?」
 歩きながらふと思い出したようにマサキが言う。
「鴉もそうだけど真っ昼間に近くで見るときれいなんだな、こいつらの羽」
「濡羽色という言葉があるくらいですからね」
「濡羽色?」
「黒く艷やかな女性の髪の毛を形容する言葉として鴉の羽の色に例えているのですよ。聞いたことはありませんか?」
「何か聞いたことがあるようなないような……。とりあえず、きれいな黒だってことはわかった」
 地上から空を見上げるしかない人間には確認する術もないが、この艶やかな濡羽色は日の光の下でざそ美しく輝いているのだろう。
「……」
「何だよ。急に黙りやがって。不気味だろうが」
「少し考え事をしていただけですよ。あなたこそ、いい加減その下品な口の利き方を見直したらどうですか」
「うるせえよ!」
 あっと言う間に機嫌を悪くしたマサキを適当になだめながらシュウは足早に進む。
「きれいな黒、ですか」
 自然と口の端が歪む。
 彼は何も知らない。
 黒くぬりつぶされた世界の内側には夜がある闇がある死がある恐怖が怨嗟が、理不尽が情け容赦なく塗り込められているのだ。その様の何が美しいというのだろう。
 閉じられた王宮という世界。地上人の血を引いて生まれた。本人にはどうしようもない理由から向けられた不可視の悪意と敵意。そして、母の裏切り。
 同じ「黒」でありながら艶やかで美しい濡羽色とは似ても似つかぬその極黒。嫌悪と嘲りの対象にこそなれどうして称賛の対象になろうか。
「ほんとうにあなたの瞳に映る世界はどれほど美しいのでしょうね」
「何か言ったか?」
「いいえ。気のせいですよ」
 腕に抱いた名もなき鳥の軀はもはや何も語らず、その濡羽色はただ日の光に輝くばかりであった。

【蜜、お好きですか?】

「ねえ。お兄ちゃん、見て。このオオカミ可愛いの!」
 事の発端は満面の笑みを浮かべたプレシアの歓声だった。
「よお、邪魔するぜ」
 数日後。一冊の図鑑とレポート用紙を手に現れたマサキをシュウはいつも通りリビングに通して紅茶を用意する。マサキが片手に抱えていたのは過去ベストセラーにもなった動物図鑑だった。さて、今度は何を見つけてきたのやら。
「ラ・ギアスのオオカミって花の蜜吸うんだな」
「ああ、マラカオオカミですか。それがどうかしたのですか?」
「大したことじゃねえんだが、オオカミが花の蜜吸うなんて思わなかったからよ。だって、あいつら肉食だろう?」
 獲物は十分にあるはずなのにわざわざ花の蜜を吸う理由がわからない。実に素直な感想だった。
「その点については今も研究中ですね。肉類だけでは足りない栄養素を補うためだという説もありますが、そもそも大型肉食動物であるマラカオオカミが花の蜜を吸うのだと発見されたのはここ数十年の間ですから。それに、地上にも花の蜜を吸うオオカミは存在しますよ」
「マジかっ!」
「エチオピアオオカミです。イギリスのオックスフォード大学の調査で発見されたそうですよ。ただ、こちらは発見されてからまだ数年とのことですから本格的な調査が始まるのはこれからでしょう」
 そう言ってシュウはマサキが持ち込んだ動物図鑑とレポート用紙を見やる。
「添削が必要なら手を貸しますよ?」
 にっこり笑って見せればマサキはばつが悪そうに目を泳がせてから不承不承にうなずく。すべては可愛い妹のためだ。
「そういえば何だっけ。あれ、バオバブのときも言ってたやつ。相利なんとか」
「相利関係ですね。異なった種類の生物が互いに何らかの利益を交換しあう共生の一種です」
 以前、プレシアのためにバオバブの木を調べていたさいマサキはシュウにレポートの添削を頼んでいたのだ。相利関係はそのとき初めて聞いた言葉だった。
「あいつらも相利関係なのか?」
「そうですね。エチオピアオオカミは間違いなく花粉媒介者としての役割を果たしていますから対象の花と相利関係にあるのはほぼ間違いないでしょう」
「めずらしいオオカミもいるんだな」
 花に顔を突っ込み鼻の頭を花粉だらけにして蜜を吸うオオカミ。ビジュアルにすると何ともマヌケな格好ではないか。プレシアが「可愛い」と言っていた理由が何となく理解できてしまった。
「必要な資料はそれで足りていますか?」
「……わからねえ」
 マサキが持ち込んだ動物図鑑は一冊のみ。一応、自分なりに本屋を探してもみたがよくわからなかったのだ。
「でしたら、足りない分はこちらで用意しましょう」
 マサキが返事をする前にシュウは必要なデータをさっとそろえてしまった。手際がいいにもほどがある。毎度のこととはいえマサキはもう絶句するしかない。
「……何かむかつく」
 人間、得手不得手があるのは致し方ないとしてもここまで圧倒的な差を見せつけられては不満の一つもこぼしたくなる。
「安心なさい。レポートを作るのはあなた一人ですから。添削はしても手伝いはしませんよ」
「鬼かお前は!」
 ここまで用意しておいてアドバイスは一切しないなどとんだ薄情者である。けれど何だかんだ言って結局は口を出してくるに違いない。目の前の男はマサキにたいそう甘いのだ。
「しかし、資料は両方を作るのですか?」
「プレシアが知りたがってたのはマラカオオカミってやつだけど地上にもいるってわかればそっちも知りたがるだろうしな」
「相変わらず焼けますね」
「妹だぞ」
「ええ。ただの嫌味です」
 何せここ最近は長期任務や何やらで連絡の一つもなかったのだ。ようやく逢瀬が叶ったかと思えば目的は妹のための添削依頼である。こちらのほうこそ嫌味の一つや二つは許されていいはずだ。
「……悪かったよ」
 さすがにおのれの心なさに気づいたらしい。しゅんとして肩を落とす。まるで叱られた子猫だ。
「ですから、次はお土産を期待していますよ。それで帳消しです」
「またクッキーとかスコーンでいいのか? お前、ほんと欲があるのかないのかわかんねえ奴だな」
 シュウの台詞を額面通りに受け取ったマサキは以前と同様、少し呆れていた。それでいい。
「いいえ。私は十分、強欲ですよ」
 そっとつぶやく。
 この程度のことであなたの時間を独占できるなら、いくらでも。

【ポシドニア・オーストラリス】

 たまたま任務で地上に出た帰り、何とはなしに立ち寄った書店で特集コーナーを組まれていたらしい。
「世界最大? 植物?」
 ポシドニア・オーストラリス。オーストラリア西海岸中央シャーク湾で繁殖する全長一八〇キロを超える世界最大の海洋植物。
「二〇〇平方キロメートルの群生とか何かの冗談だよな?」
「事実ですよ。そうそう、ポシドニア・オーストラリスが生まれたのは今から推定約四五〇〇年前ですね。それとポシドニア・オーストラリスはクローン繁殖ですよ」
「よんせんごひゃ……。いや、待て。クローンっ⁉︎」
「ええ、ポシドニア・オーストラリスはクローン繁殖です」
 しかし、言葉とは裏腹にシュウの顔に驚きはない。興味がないのだろう。対してマサキといえば口をO型に開いたまま呆然としている。さすがに全長一八〇キロを越える植物それも単一植物が自然界に存在するとは夢にも思わなかったようだ。
「ポシドニア・オーストラリスと同じクローン繁殖で言えばアメリカ、ユタ州のパンドも興味深いですよ?」
 マサキの反応が面白かったのかシュウはさらなる爆弾情報をマサキに向かって放り投げる。
「ぱんど? 何だそれ?」
 素直に首を傾げれば、
「世界最古と言われるヤナギ科の陸上樹木です。四万本の木々で構成されその年齢はポシドニア・オーストラリスの推定四五〇〇年以上を遙かに超える一万六〇〇〇年から八万年と言われています。パンドは根で四万本すべてが繋がっているのですよ」
「はっ⁉︎」
 ついに跳び上がった。予想通りのリアクションにシュウはくっくと喉を鳴らす。ここまで人の期待に応えてくれる「人財」は探したところでそうそう見つかるまい。
「冗談じゃねえのかよ。あり得ねえだろ、そんなでたらめっ⁉︎」
「でたらめではないからこそ、こうして記録に残っているのですが?」
 軽いパニックを起こしてしまったマサキをなだめようとシュウは用意しておいたクッキーをマサキに手渡す。
「少し落ち着きなさい」
「うるせえ。もとをただせばお前がわけわかんねえ情報ぶん投げてきたせいだろうが!」
「わけわかんねえ情報ではなくきちんと公的に記録された事実ですよ。……それほど驚くことでしたか?」
「驚くわっ!」
 全長一八〇キロを超える海洋植物が実在する。その事実だけでも受け入れ難いのに今度は齢八万年のクローン樹木である。しかも四万本。呆気に取られないほうがどうかしているのだ。
「あなたは本当に素直ですね」
「お前がとことん、死ぬほど、めちゃくちゃ性格悪いだけだろうが。少しはおれを見習えっ‼」
 もう半ば自棄になっているらしい。今にも地団駄を踏み出しかねない勢いだ。
「日常生活に特別支障をきたしているわけでもありませんので、謹んでお断りします」
 とうとうへそを曲げてしまったマサキにしかしシュウはにべもない。
「お前ほんとむかつく!」
 しかし、さすがにへそを曲げられたままでは困ると思ったのだろう。
「機嫌を直してください。おわびにフォスディオンへ連れて行ってあげますから」
 もう完全に子ども扱いである。しかし、耳慣れぬ言葉だったからかそこでぴたりと癇癪が止まる。
「どこだ、そこ?」
「ナブロ州にある泉です。地上にも同名の泉がありますが構造もよく似ているのですよ」
「……そうかよ」
 感情の天秤が不満から好奇心に偏りつつあるのが目に見える。あと一押しだ。
「フォスディオンのある街は工芸品がとても有名なのですよ。特にオリハルコニウムを使った装飾品は高い評価を受けています。きっと喜ぶでしょうね」
 誰が、など問うまでもなかろう。
「——嘘だったらぶっ飛ばすからな」
「私があなたに嘘をつくはずがないでしょう」
 勝敗が決した瞬間であった。
「さて、そうとなればそれらしい用事を作っておかなくてはいけませんね」
 シュウはともかくマサキには魔装機神隊としての任務がある。気軽に観光になど出かけられる身ではない。ならば任務のついでに観光あるいは観光ついでの任務にしてしまえばいいのだ。
「少し調整しておきましょう」
 念のために見逃しておいた片手間で「掃除」可能な「障害」は、さて、どれを使おうか。
「このさいですからリクエストも一つ聞いておきましょうか」
 従兄弟づかいの荒い才媛殿も大事に至らなければ適当な「戦果」を存分に活用してみせるだろう。
「何だよ。急に嬉しそうになったな、お前」
「少し面白いことを思いついただけですよ」
 ほんの少し口許を緩めて見せればそこに不穏な気配を感じたのだろう。マサキがわずかに後ずさる。野生の勘か。実に素晴らしい危機察知能力である。
「楽しみですね」
「……不吉な予感しかしねえ」

【あなたの『空』】

 インドア派のシュウにとって夏空は窓越しに時折見上げるものであってわざわざ屋外に出て見上げるものではなかった。そんな暇があるなら研究と読書に費やしたほうがよほど建設的であったからだ。しかし、そんな不健康児に否を突きつける人間がいた。
「お前はもうちょっと空を恋しがれ!」
 「夏空」を背負い【方向音痴の神様】がやってきたのだ。マサキが持ち込んだ二メートル近い丈のそれは一枚のカーテンであった。そこには焼きつくほどに鮮やかな紺碧の夏空が広がり真っ白な入道雲が自らの威風をシュウに誇示してきた。
「これは……?」
「見りゃあわかるだろ。カーテンだよ、カーテン!」
「いえ、そうではなく。どうしてこのようなものを——」
 否、答えはすでに出ている。お前はもうちょっと空を恋しがれ。マサキはそう言った。つまり、下を向いてばかりの日々を送るシュウの不健康を心配しての心づかいだった。
「……素直に心配していると言えばいいものを」
 もっともマサキがそんなことを口に出そうものなら今度は逆にシュウが何かしらの異変を疑って気を揉む羽目になるだろう。目の前の「野良猫」様は意固地で喧嘩っ早く気まぐれなくらいがちょうどいいのだ。
「しかし、見事な夏空ですね」
「だろ。結構人気なんだぜ、この柄。一番近かったしよ」
「近い?」
「サイバスターから見える空、こんな感じなんだよ。吸い込まれそうなくらい青くてよ。いやなことがあっても全部どうでもよくなっちまう!」
 まるで自慢の「宝物」を語るかのように上機嫌だ。実際、マサキにとってこの夏空は一つの「宝物」なのだろう。風の申し子は空の申し子でもあったのだ。
「なるほど。これがあなたの『空』ですか」
 シュウにとって空はただの空でしかなくそこに価値などない。だが、マサキがシュウのために持ち込んだ「夏空」は確かに美しかった。美しいという価値がそこにあったのだ。
「きれいだろ?」
「ええ、美しいですね」
「じゃあ、少しは外に出ろ。いつまでも閉じこもってんじゃねえぞ」
 ふん、と鼻を鳴らす。
「そうですね。善処しましょう」
 危うく吹き出しそうになるのを寸前でこらえる。せっかくの上機嫌をここで損ねるわけにはいかない。
「お礼に食事でも奢りますよ。今日は特に用事もありませんから、あとで出かけましょう」
「……あんまり高いとこにすんな?」
「安心なさい。ちゃんとあなたの所作にふさわしいところを選んであげますから」
「だから、お前はもうちょっと言葉を選べっ‼」
 全身の毛を逆立てて怒鳴るマサキにしかしシュウはどこ吹く風だ。毎度のことであったしむしろ必死に威嚇してくる野良猫の愛らしささえ感じるほどだ。
「まあ、外に出る気になったならいいけどよ」
「あなたの『空』がそこにあるのですから、出ないわけにはいかないでしょう」
「何言ってんだ、お前?」
「ただの独り言ですよ」
 あらためてカーテンを見やる。自己主張の激しい入道雲と焼きつくほどに鮮烈な紺碧。ただの夏空だ。けれど今そこには陽の光にきらめく生命が宿っている。彼の瞳を通しただけで。
「本当にあなたは希有な人ですよ」
 世界はどこまでも美しかった。

【たぶん、あなたに首ったけ?】

 道に迷った先でたまたま山賊に襲われている町を見つけた。だから、助けた。理由はそれだけだ。どうやら鉱山が近くにあるらしく町は鉱山に勤める坑夫とその家族たちが興した町であった。町の名はゴモックといった。
「いや、でもこれかなり高いよな? 受け取れねえよ‼」
 うやうやしく手渡された小箱に詰められていたのは数粒の貴石。海の青より深く濃い神秘の結晶——ロイヤルブルーサファイア。
「いいえ。あのまま山賊どもに鉱山を奪われていたら私たちの町は終わっていたでしょう。むしろこの程度では礼にすら……‼」
「わかった、わかったよ。だから落ち着けって!」
 押し問答の末、引き下がったのはマサキだった。それだけ人々の気迫と熱意が圧倒的だったのだ。
「っても、使い道なんて思いつかねえしよ」
「それであたしのところに来たってわけね」
 頭を抱えたマサキが助けを求めた先はセニアであった。
 マサキが持ち込んだロイヤルブルーサファイアはいずれも小粒であったが王族であるセニアから見てもその品質は非常に高かった。
「小粒でもこれだけ質がよければ結構な金額になるわね。こっちで手配してもいいわよ?」
「そんなに高いのか?」
「ええ。だってこれゴモック鉱山のロイヤルブルーサファイアでしょ?」
 単にマサキが知らなかっただけでゴモック鉱山のロイヤルブルーサファイアはサファイアの中でも最高品質を誇ることで有名だったのである。
「……」
「どうかした?」
「あのよ、一つは残して置いてくれねえか?」
「別にいいけど、どうかしたの?」
「ちょっと思いついた」
 その後、セニアのツテを頼りに自らの思いつきを無事実現したマサキはロイヤルブルーサファイアがはめ込まれたタイ・クリップを手に目的地へと駆け込んだのだった。
「礼に来てやったぜ!」

「まあ、そうよね。一方的に押しつけられたとはいえ一つくらいはお返しが必要よね」
 シュウが魔術的・物理的加護を授けた装飾品アクセサリーをマサキに贈っていたことはセニアも知っていた。そこにかけた手間と金額も。
「……あいつほんと馬鹿じゃないの?」
 実物を目にしたときはもう絶句するしかなかった。金に糸目をつけないとはよく言うが、だとしても限度というものがあるだろう。
 そこでふと思い出す。マサキは今までの礼にタイ・クリップを贈ると言っていた。その選択自体に特別問題はない。あるとすれば「タイ・クリップを贈るという行為」そのものだ。サフィーネやモニカはともかくマサキが知れば大噴火は確実であろう。
「ごめん、マサキ。思い出すのが遅かったわ」
 セニアは心の底から謝罪の言葉を口にする。一般的にはあまり知られていないがタイ・クリップを贈る行為にはいくつか意味が含まれている。それすなわち「あなたに首ったけ」「あなたを支えたい」である。どう考えても大事故だ。
「ごめん、マサキ。ほんっとごめん……‼」
 その後の展開はお察しの通りであった。

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