SS集-No.26-30

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【石ころさん。】

 小さな植木鉢にみっしりと詰まったカラフルで奇妙な柄の石ころ。そう、どう見てもただの石ころだ。だが、目の前の男はこれがめずらしい『お土産』であると言う。
 こんな石ころの一体何がめずらしいのか。絵に描いたような性悪男の言である。もしやからかわれているのかと身構えたが同時に嘘はつかない男であることを思い出し『お土産』を突っ返す寸前で思いとどまる。
「リトープスです」
「リトープス? 石ころに名前があるのか?」
「いいえ。石ころに見えるかもしれませんがこれは立派な植物ですよ」
「へ?」
 植物。植物と言ったか今。差し出された事実を即座に理解できなかったマサキは思わず手にした植木鉢を二度見する。確かに石ころにしては奇妙な柄をしているとは思ったがまさか植物であったとは。
「石じゃねえのか?」
「リトープスはツルナ科リトープス属の多肉植物です。花期はもう少し先ですが頭頂部に割れ目のようなものがあるでしょう? ここからマツバギクに似た花が咲くのですよ」
「へえ。でも何でいきなりこんなもん土産にしたんだ?」
「先日、所用があって南アフリカ近くまで足を伸ばす機会があったのですが、たまたま露天に並んでいたのが目に付いたのですよ」
 リトープスについてシュウが記憶していたのはマツバギクに似た花が咲くという程度の知識であったが、そこからマツバギグが明治時代に日本へ導入されたことを連鎖的に思い出したらしい。
「相変わらず無駄に高くて広ぇ記憶力してんな」
「おかげでいろいろと助かっていますよ」
 嫌味のつもりがあっさりかわされてしまう。
「そうかよ。で、結局、こいつを買ってきた理由って何なんだ。どうせ他にもあるんだろ?」
「あなたを思い出したからです」
「は?」
「マツバギグの起源は南アフリカ原産の多年草ですが今や日本に普及して久しい。立派な日本の花でしょう?」
 だから、日本人であるマサキを思い出したのだと。
「それにリトープスは【脱皮】をするとても個性的な植物です。あなたの興味も引くでしょうから」
 本当にそれだけの理由らしい。
「……」
「どうしました?」
「お前さ」
 やはり、ここは一度言っておくべきだろう。でなければいずれこちらの身が持たなくなる。
「おれのことほんと好きだよな」
 少しは自重しろ。そして、一度でいいから財布の紐を締めろ。
「お断りします」
 一瞬の間すらないそれは見事な即答であった。
 『お土産』は無事お持ち帰りとなった。

リトープスとは|育て方がわかる植物図鑑|
みんなの趣味の園芸(NHK出版)

【復活、サカバンバスピス!】

 「猫」がしょげいている。否、青年が一人しょげて床に座り込んでいる。正面でくたりと伸びているのはサカバンバスピス。約四億五〇〇〇万年前のオルドビス紀に生息していたといわれる無顎類魚——を忠実に模した全長一メートル二〇センチを超えるグレーの抱き枕であった。
 サカバンバスピスを購入しマサキに贈ったのはシュウだ。過酷な任務が続くあまり緊張を解けなくなっていたマサキを脱力させるためだけに買い求められたサカバンバスピスであったが、購入当初はそれはぞんざいな扱われ方をしたものだ。何せ目につくたびに思い切りぶん投げられていたのだから。
 八つ当たりを繰り返してようやく正気に返ったのだろう。メンタルの嵐が過ぎ去ったマサキは思いのほか触り心地の良かったサカバンバスピスをそれなりに気に入ったようであった。
「何かこの顔見てたらどうでもよくなるんだよ」
 不機嫌になるたびに持ち出してはヘッドロックをかけるという非道であったが、それも一種の愛情表現であったらしい。しかも、サカバンバスピスでストレスを解消していたのはマサキだけではなくその使い魔であるシロとクロもであったのだ。あっと言う間にサカバンバスピスは痛んでしまった。とうとう尾の部分が破れて綿がはみ出てしまったのである。
「新しいものがまだあるでしょう?」
「そういう問題じゃねえだろ」
「でしたらもう少し丁寧に扱えば良かったでしょうに」
「うるせえっ!」
 眉を釣り上げてがなるマサキの形相はなかなかにおっかない。しかし、見慣れた人間からすれば全身の毛を逆立てて威嚇する野良猫程度の迫力だ。シュウからすれば可愛らしいものだった。何せ本気で怒らせた日には一カ月の面会拒否という冷酷無情な仕打ちが待っているのだ。
「いずれにせよ、ここまで痛んでしまったのなら一度クリーニングに出したほうがいいでしょう」
「……」
「ぬいぐるみ専門のクリーニング店もありますから、必要ならそこも当たってみましょう」
 抱き枕とはいえ見る人間が見れば大きなぬいぐるのようなものだ。
 専門店であればクリーニングだけでなく糸のほつれ、部品の交換、生地補強や中綿の入れ替えに色あせや生地の移植まで対応してくれる。一部が破れてしまっただけの尾を修繕するなど造作もないに違いない。
「……高いのか?」
「この程度の修繕であれば大した金額にはならないでしょう」
「じゃあ、頼む」
 サカバンバスピスへの寵愛はそうとうなものであるらしい。マサキがサカバンバスピスをかまうたびに放置されていたシュウとしては実に腹立たしい。
「次からはもう少し丁寧に扱うのですよ」
「……わかったよ」
 うなだれる姿は憐憫すら誘うが原因は抱き枕である。しかも自業自得。シュウは多少の脱力感を感じながらため息をつくしかなかった。
「よし、元に戻ったな!」
「完治にゃ」
「完全復活なんだにゃ」
 クリーニングに出してしばらく。ようやく「退院」を迎えたサカバンバスピスに一人と二匹の喜びようは大仰なほどであった。
「今回ばかりは仕方がありませんね」
 これほどの喜んでくれるなら大人げない嫉妬には目をつむろう。しかし、それもつかの間。
「物事には限度というものがある」
 サカバンバスピス復活からすでに一〇日と半日。「退院」から今日に至るまで放置されっぱなしのシュウはたいそう機嫌が悪かった。
「あんなもので機嫌を取ろうとするからですよ」
 シュウが放置されっぱなしであるならチカはここ数日呆れっぱなしだった。
「物は丁寧に扱えとおっしゃったのはご主人様でしょうに」
 二度目の温情はないと言い切るシュウにチカの視線は冷ややかだ。マサキが関わるとこの主人は時にたいそう大人げない反応をする。
「まあ、破れ鍋に綴じ蓋ですからねえ」
 大人げない主人には大人げない「猫」が相応であろう。
 とはいえ、これ以上機嫌を損ねられてもとばっちりを食らうのはチカである。対策は講じねばなるまい。
「お前は使い魔に一体どんな躾をしてやがるっ‼」
 数日後。顔どころか全身を真っ赤に染めて怒鳴り込んできたマサキに、チカから渡されたという「上申書」の内容を聞かされたシュウは一瞬で表情を吹き飛ばす羽目になったのだった。
「あたくし、嘘は言ってませんよ。嘘はね?」

【打てば響く、はお休みです】

「それは……、水晶ですか?」
「ああ。面白い形してるだろ!」
 上機嫌のマサキが「手土産」として持ってきたのは両端が尖った両剣水晶であった。だが、シュウの目を引いたのはその形状ではなく、それに内包された黄金の水。
「石油らしいぜ」
「石油? ……では、これがペトロリアム・クォーツですか?」
「何だよ。これも知ってんのか?」
 途端にマサキの頭上を不機嫌の線状降水帯が覆い隠す。
「名前だけならね。実物を見るのは初めてですよ。こんな貴重なものをよく手に入れられましたね」
 ペトロリアム・クォーツ——別名【黄金の水入り水晶ゴールデンエンハイドロ
 ペトロリアム・クォーツは内部に太古の石油を閉じ込めた非常に珍しい天然水晶で主にパキスタンやマダガスカルなどの石油産出地域で採掘されることが多いのだが、まさかラ・ギアスにも存在していたとは。
「この間、ミオの奴が任務で地下に潜ったんだよ。そこで見つけたんだと」
 よほど興味深かったのだろう。文字通り両手に抱えきれないほどの数を持ち帰ってきたのだ。これにはマサキだけでなくその場に居合わせた全員が絶句してしまった。
「なるほど。しかし、どうしてまた急にこんなものを?」
「……お前が何でもかんでも答えるからだろ」
 口をへの字に曲げてしまったマサキにシュウはこの状況の発端がおのれの「失言」にあったことを思い出す。
 あれは何日前の話だっただろうか。他愛ない雑談の中でマサキが口にする「興味」に快く答えていたら急にマサキが機嫌を悪くしてしまったのだ。
「だから言ったじゃありませんか。打てば響くもほどほどにって!」
 どこからともなく舞い降りてきたチカが甲高くさえずる。
 そう、打てば響く。何を尋ねても正しい答えが常に返ってくるのだ。それもほとんど即答で。しかも一度や二度ではなく口にした疑問すべてに対してである。ここまでくるとおのれの無知を思い知らされている気がしてマサキはだんだんと腹が立ってきてしまったのだ。
「なるほど。これはそのリベンジですか」
 石油入りの水晶など日常生活とはまったく無縁の代物だ。おそらく任務の合間を縫って必死に調べたのだろう。まったく負けず嫌いはこれだから。
「だとしたら今回は私の負けですね」
 良識ある大人は潔く認めよう。だが、「勝者」であるマサキは納得しなかった。望む答えではなかったからだ。
「何でだよ。お前だって知ってたじゃねえか」
「知っていただけですよ。実物を見たことはありませんでしたし、そもそも手に入れようと思って手に入れられるものでもありませんからね」
 正直、勝ち負けの問題ではないのだがマサキが勝ちにこだわっているのであればそれにつき合うのも一興だ。
「……そうかよ」
 知らず口許にうっすらと笑みが浮かぶ。よほど嬉しいらしい。
「じゃあ、やる。もともと土産のつもりで持ってきたからな!」
「ええ。頂きましょう。せっかくの希少石ですからね」
 今泣いた烏がもう笑う。本当に表情がころころと変わる青年だ。ここまでくるといっそ感心してしまう。しかし、今回は単に運が良かっただけだ。「場外」のチカは冷静だった。そして、その予感は数日とたたずして的中する。
「面白いもん見つけたぞ!」
「おや、曹灰長石——ラブラドライトですか。任務で地上に出る機会があったのですね。その品質であればスペクトロライトでしょうか」
 マサキが自信満々に差し出してきたのは手のひらに収まるほどに磨き上げられた鉱石——ラブラドライトの球体。そして、スペクトロライトはラブラドライトの中でもフィンランド産の特に高品質なものを指す。シュウはそれを一瞥するだけで正確に言い当てたのだった。
「——ご主人様」
 時すでに遅し。線状降水帯は爆発した。大爆発であった。
「悪気はないのですが」
「だから余計に質が悪いんじゃないですか。もうしばらく『打てば響く』はお休みですね」
 沈黙は金、雄弁は銀。その正しさを思い知る日常の一幕であった。

【海の雫】

 所用でとあるバラ園に出向いたがそこにローズマリーがなかった。そう口にしたマサキに対し、
「ローズマリーはバラではありませんよ?」
 一拍の沈黙を経て口を開いたのはシュウだった。
 ローズマリーは地中海沿岸原産のシソ科の常緑低木だ。また、ローズマリーの学名は「Rosmarinusロスマリヌス」でこれはラテン語に由来する。
 ラテン語の「ros」は「露」や「雫」を「marinus」は「海」を意味し「Rosmarinus」は「海の雫」を意味する。英語の「rosemary」はこのラテン語から転じたものだ。
 英語の「rosemary」から文字通り「ローズ」マリーをバラだと思い込んでいたマサキは呆然とし、次の瞬間には爆発した。羞恥の大噴火である。
「まあ、字面だけを見たら間違いではないんですけどね」
 さすがにちょっと憐れに思ったらしいチカがマサキの肩に舞い降りる。どうどう。
「それにしても、突然どうしたのですか?」
 マサキの性格からしてバラに興味があるとは到底思えない。また、プレシア絡みかと問うてみれば、
「……バラ、貰ったんだよ」
 しかも白いバラを数本。そのときにローズマリーのことをふと思い出したらしい。「私はあなたにふさわしい」——白バラの花言葉を知るシュウからすれば由々しき事態である。だが、困惑気味のマサキを見れば相手が誰であるかは容易に察しがついた。
「女の子だよ。今年で六歳だって言ってた」
 相手は造園業者の娘だった。救国の英雄に向かってバラを差し出し「お嫁さんになってあげる!」と高らかに宣言されたそうだ。それも衆人環視の中で。
「それはそれは」
 たいそうな見物であったに違いない。
「笑ってんじゃねえぞ!」
「微笑ましいではありませんか」
 少なくとも少女は本気でマサキの「お嫁さん」になるつもりなのだから。
「……そのわりに目が笑ってないんですけど」
 チカはマサキの肩に乗ったまま震え上がる。チカの主人はそれはそれは執念深く嫉妬深いのだ。そう、たとえ相手が年端もいかぬ少女であったとしても。
「お前、何で急に機嫌悪くなってんだよ」
「おや、そう見えますか?」
「見えるも何もそのまんまの顔してるじゃねえか。何言ってんだ、お前」
「あたくしからすればマサキさんこそ何を言ってるんでしょうね?」
 心底呆れるマサキにチカもまた心底呆れた。
 万年ポーカーフェイスの主人を相手にその機微を当たり前のように指摘しておきながら、どうして自身に対する執心には微塵も気づかないのか。もはやある種の奇跡である。
「あなたが相手では隠し事はできませんね」
 シュウは苦笑するしかない。他の人間が相手ならまだしもマサキが相手ではどうにもこの手の感情は隠し通せないようだ。
「隠し事だらけの奴が何言ってやがる」
 マサキの評価は辛辣だ。だが、これも日頃の言動が招いた自業自得である。
「つまらないことですから、あなたが気にするほどではありませんよ」
 実際、年端もいかぬ少女相手に嫉妬したなど大人げない大人のつまらない話だ。
「とりあえず、変なことはすんなよ?」
「信用がありませんね」
「お前がそんな顔してるからだろ」
 マサキなりに心配しているらしい。ただし、それは主に不機嫌の「原因」となった相手の身であるのだが。
「何だこれ。黒いバラなんてめずらしいな」
 後日、「お土産」にと渡された黒バラに目を丸くするマサキとは対照的に、
「……ご主人様、自重」
 「あなたはあくまで私のもの」——黒バラの花言葉を知るチカは半目のまま速やかにセニアへ「通報」したのだった。

【テリウス・グラン・ビルセイアの諦観】

「自分から大事故には遭いたくないんだけど」
「まあ。気持ちはわかりますけど、それ言ったらセニアさんに怒られません? 期限付きなんですよね」
「そうだよ。だから余計に面倒くさいんじゃないか」
 とあるセーフハウスの玄関先でチカとテリウスはそろって明後日の「世界」を眺めていた。現実逃避である。
 チカが期限付きと指摘したのはテリウスが手にする一枚のデータディスクだ。中身はとある民間軍事会社の裏帳簿である。今回、テリウスはセニアの代理としてこの帳簿の解析をシュウに依頼しにきたのだった。
「……マサキいるんだよね?」
「いつも通り、くるまって熟睡中です」
 「何に」とは聞かなかった。
「あれ、つけ上がるだけだからやめさせたほうがいいと思うんだけど?」
「無理じゃないですかね。もう習慣になっちゃってますし」
 テリウスは天を仰いだ。
「やっぱり大事故確定じゃないか」
「ご愁傷様です。さ、覚悟を決めて入った入った‼」
 かしましいローシェンに追い立てられるままテリウスは玄関を抜けてリビングへ。そして、目的の人物を視界に収めると同時に絶望した。現実は非情である。
「わかってやってるよね、これ?」
「おや、テリウスですか。申し訳ありませんが今取り込み中です。少し待っていてもらえますか」
「少しじゃなくて素直に今日は無理だって言いなよ。性格悪いよ、ほんとに」
 ソファで悠然とレポートをめくるシュウのかたわらには見慣れた外套にくるまった塊が一つ。そこから微かに聞こえてくるのは紛れもなく寝息だ。そして、シュウの足下では誰かさんの使い魔二匹が寄り添って午睡をむさぼっている。
「眠ったのっていつ?」
「一時間ほど前ですね。今回は夜間での戦闘が多かったそうですから」
「じゃあ、今日はもう起きそうにないね」
 この様子では片時もそばから離す気はないのだろう。
「理解が早くて助かります」
「正直、理解なんてしたくないけどね」
 だが、理解できなければ待っているのは悲惨な未来である。テリウスは素直に諦めた。この男が従兄弟の時点で人生とは諦観すべきものであったのだ。
「それにしても、素直に部屋に引っ込んでればよかったのにどうしてわざわざ待ってたんだか」
 ひとまずゲストルームへと追い払われたテリウスに、
「あ、言ってませんでしたね。今日一一月二二日なんですよ」
「知ってる。それが何だよ」
「地上だと『いい夫婦の日』らしいですよ、今日。——見せびらかしたかったんですね」
「ちょっと姉さんに通報してくるよ」
 匙を投げている場合ではない。
 テリウスは容赦なく姉への専用回線ホットラインをオープンにしたのだった。

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