ライラ・エルミラージュ・リア

短編 List-1
短編 List-1

ライラ・エルミラージュ・リア -過日-

 意地っ張りで負けん気が強く一度へそを曲げるといくらなだめすかしても口ひとつ利いてくれない。思えば【彼女】はたいそう難儀な性格だった。けれども同時にとても希有な人間でもあったのだ。何せ顔くらいしか取り柄のなかった偏屈者のごくつぶしをわざわざ見つけ出して引っ叩き、現実に引き戻してくれたのだから。
 まったく見覚えのないけれどとても懐かしい二人組を見たのは亡き妻が眠る故郷への一人旅を終えた帰路でのことだった。
 最初に目に飛び込んできたのは鮮やかな新緑。青年と呼ぶにはいささか見目幼くはあったがずいぶんと興奮している様子だった。否、あれはまだ機嫌を損ねている最中だ。本当の爆発にはまだ遠い。やや上向いた視線の先には怜悧な印象が濃い端麗な顔立ちがある。冷然として威圧感さえ感じさせるその表情には一分の変化もみられない。神職を連想させる白い外套コートにはロイヤルパープルの髪がよく映えた。
「これはまた、ずいぶんと分の悪い勝負のようだ」
 はた目からすれば新緑の髪の若者が一方的に噛みついているだけなのだろうがとんでもない。追い込まれているのは白い外套をまとった青年のほうだ。ああ、まるで在りし日の自分たちを見ているようではないか。
 結局、売り言葉に買い言葉の応酬は新緑の髪の若者が白い外套の青年にあしらわれる格好で一応の決着を見たが、これには思わず笑い出しそうになってしまった。あんなにへそを曲げて噛みついてくる人間がこの世に二人もいるだなんて誰が思うだろう。ただそこにいるだけでまばゆい。陽の光さえかすむほどにきらめく命が。
 『彼』は彼方を見ていた。かつてのおのれがそうであったように。手が届かないからこそ焦がれ焦がれるからこそ願わずにはいられない。今確かに並び立ちながらけれどもその境界は世界の果てにある。『彼』は諦めるだろうか。
 脳裏を一輪の白百合がよぎる。
 諦観と執着。噛み合わぬ希求の最果で待つのはただ一人。
 ならば求めるべきだ。諦観の彼方にあってなお残る執着ならばそれこそが真実ではないか。
 足早に帰路を進む。
 ライラ・エルミラージュ・リア。
 約定の白百合を捧げるべき【彼女】はもういない。けれど次にこれを託す『彼』はいた。
 再び出会える可能性など皆無に等しい。だが、願う価値は十二分にある。
 あれは不断の苦難を超えてなお届かぬものに焦がれ、諦観を踏破した者が捧げてこそ意味があるのだから。

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