それはまるで疾風のよう

短編 List-1
短編 List-1

「言うだけ無駄だとは思うのだけれど、人をたらし込むならもう少し頻度を落としてくれないかしら」
 朝っぱらから破壊力抜群の四文字に横っ面を引っ叩かれマサキの眠気は一瞬で吹き飛んだ。顔を合わせるなり人たらしとは何事だ。しかもこれから朝食の席に着こうかという時に。
 口を開けたまま呆気に取られるマサキをよそにテュッティは憂鬱な表情で大きくため息をつく。右手に握られているのは業務用と書かれた蜂蜜のボトルだ。
「な、な、何なんだよ朝っぱらから。つか、人たらしって何だよ人たらしって⁉︎」
「言葉通りの意味よ。ケダル通りにある青果店のサータ婦人覚えてる? めずらしい果物が入ったからお裾分けにってわざわざ届けてくださったのよ。あとグーブ大佐ね。近々ラングラン軍公式の剣術大会を開くから絶対エントリーするようにってメッセージがあったわ。今度こそ叩きのめしてやるですって。あとそれはバゴニアの特産品詰め合わせ」
「いや、前者はともかく何でバゴニア特産品……」
「ゼツを追っていたとき、あなたまた迷子になって合流に遅れたことがあったでしょう?」
「あー……」
「そのときに通りがかった村でゼツの部隊が実験体の人狩りをしていたから叩きつぶしたって言っていたじゃない。それはその村の人からのお礼よ。交通の便の悪い地域だったらしくて情勢が落ち着くのを待っていたらこんなに遅くなってしまったって、何度も謝られていたわ」
 地上人に対する偏見は国を問わずラ・ギアス全土に蔓延している。特に絶大な力を誇る魔装機神とその操者に対する反応は顕著だ。中でも【大量広域先制攻撃兵器MAPW】であるサイフラッシュを有するサイバスターの操者——マサキに対するそれはひどかった。
「不思議なものよね。ただのマサキ・アンドーとしてのあなたとサイバスター操者としてのマサキ・アンドーは同じ人間のはずなのに」
 戦場ではたとえ自軍の中にあってさえ畏怖の対象でしかない青年は機体を降りた途端、闊達で負けん気の強いただの青年あるいは「子ども」扱いになってしまうのだ。
 実際、長く協力関係にあるラングラン軍の人間でマサキに目をかけている人間は意外と多い。
「負けず嫌いの生意気なクソガキは鍛えがいがあるんだってよ。覚えてろよ、あのオッサンども!」
 毎度もみくちゃにされては憤慨しているマサキには申し訳ないが、正直、はた目には息子か孫を構う親戚縁者にしか見えないのが実情だ。
 当の本人に自覚は無いのだろうが、どうもこの青年はそこにわだかまる何かを一切合切かっさらって吹き飛ばす性質であるらしい。
 出会った人間のすべてに対してではなかったが、一定数の人間とってはたいそうな衝撃であっただろう。それは老若男女を問わず人種文化の壁すら超えた一陣の疾風であったのだから。
「はぁ? 何だよそれ。別に何も特別なことしてねえじゃねえか」
 たまたま通りがかった先で仕入れ作業に難儀していたから手伝った。まだジャオームの操者だった頃に散々しごかれた分を後日まとめてやり返した。人として魔装機神操者としてゼツの非道を見過ごす道理などなかったから叩きつぶした。それだけだ。当たり前のことではないか。
「そうよね。あなたの感覚ではそうなのよね」
 ラ・ギアスにおける魔装機神操者の発言は一国の元首のそれと同等の効力を持つ。加えて剣神ランドールの聖号。公式の場に招かれる機会があれば、マサキは魔装機神操者としてランドールの聖号を賜ったゼノサキス家当主として二重の意味で貴賓席を用意される立場にいるのだ。本来であれば一般人がおいそれと近寄れる相手ではない。
「プレシア、あなたからも言ってちょうだい」
「うん。お兄ちゃん、もうちょっと自重したほうがいいと思うよ」
「何を⁉︎」
「日本語では糠に釘って言うのよね。言い得て妙だわ」
 釈然としないマサキをひとり残したまま、平和な朝食は平和なまま終わりを告げたのだった。
「納得いかねえっ!」
 憤懣やるかたないマサキが駆け込んだ先はシュウ・シラカワ。意地と私怨で破壊神すら木っ端微塵にした経歴を持つ青年であった。
「いえ、あなたを知る人間であればおおむね賛同を得られる評価だと思いますが」
 目的のためには道理も法則も力尽くでねじ伏せる青年はふてくされるマサキの憤りをばっさりと切り捨てる。むしろなぜ同意を得られると思ったのか。
「だって、おかしいだろ。特別何かしたわけじゃねえのによ。何だよ人たらしって」
「ですから、そのままの意味ですよ」
「だぁからぁ、何でそんなこと言われなきゃならねえんだよ。おれは人をたらし込んだ覚えなんてねえぞ!」
「被害者を目の前にしてよく言いますね」
「へ?」
「まんまとあなたにたらし込まれた被害者ですが?」
「あれ?」
「とりあえず、お説教ですね。そこに座ってください。前々から言いたいことは山ほどあったのですよ」
 墓穴を掘るとはこういうことを言うのだと後にマサキは述懐する。
「それじゃあ、あたくしシロさんとクロさんに連絡入れてきますね。御達者で!」
 呼び止める間もなくチカが飛び立つ。助ける気は皆無らしい。マサキは天を仰いだ。現実逃避だった。

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