その命、優先すべきは誰がためか

短編 List-1
短編 List-1

 理解などさせたくなかった。だが、彼はすでに殺戮者だ。大多数を救うために結果として多くの老若男女を死に追いやり都市を村を焼き払った。直接手を汚していないだけで彼も白銀の戦神もすでに全身血まみれだ。
 ゆえに彼は前に進むのだろう。おのれがなすべきことを彼はとうに理解している。でなければどうして魔装機神操者の誇りを自らに課せるのか。

「教育って恐ろしいですよね。国や組織が自爆行為を推奨することでそれを当然とする人間を計画的に大量生産できるんですから」
 チカの声には険がこもっている。
 ほぼ半壊した街の一角。生存者を探してサイバスターから降りたマサキに助けを求めて駆け寄ってきた少女。当然、戦場に幼子を見つけたマサキは手を伸ばした。マサキが少女を抱き上げる寸前、それを力ずくで引き剥がしたのは後ろから駆けつけたシュウだった。
「シュウ、てめぇっ⁉︎」
「伏せなさい‼」
 刹那、万が一のために備えていた対物防御壁シールドの咒符が発動する。少女は文字通り内側からはじけ飛んだ。マサキの目の前で。
 両親をテロで一気に失ったマサキにとって自爆テロ——それも幼い子どもを利用した非道がどれほど心身に負担をかけるかなど想像するまでもあるまい。
 状況を理解するまで数秒。それは間違いなく狂乱の絶叫であった。
「あ……、ああ、ああああぁぁぁ——ッ⁉︎」
「マサキ、戻ってきなさい。マサキ!」
 その身に浴びた血と皮膚と肉と臓腑。燃え上がる地面に降り注ぐのは崩壊する建造物の残骸だ。
 強烈なフラッシュバック。こちらの声など届くはずもない。ならば力ずくで無力化するのみ。狂乱状態のマサキを左手で抱き込み、額に人差し指と中指を置いて忘却の印を結ぶ。ぱん、と空気が爆ぜる音とともにその体がかしぐ。完全に意識が落ちたことを確認するとその体をそっと地面に横たえる。ジャケットに染みこんでしまった血は諦めるとして顔や腕にこびりついたそれ・・はあとで拭ってやらなければ。
「チカ!」
「はい、魔方陣は敷き終わりました。全員射程範囲内・・・・・・です!」
 駆けつけたシュウから一分遅れで飛び込んできたチカが叫ぶ。
 国のために自爆を推奨する機関を有する国だった。もとよりまともな交渉が通じる相手ではなかったのだ。
 魔装機神の圧倒的火力による戦争状態の無力化。それは確かに有効であった。だが、実際に無力化できたのはあくまでも通常兵器のみであって人の形をしたものまでは無力化できなかったのだ。
「その結果がこれですよ」
 索敵と捕捉を兼ねた魔方陣の直径はおよそ一〇〇メートル。そして今この方陣内に存在する敵性体は十数体。感知できる範囲で自爆装置を身につけているものは半数以上。この場で全員に自爆されればいくらサイバスターといえどダメージは免れないだろう。
「もう少しサポート態勢を見直すべきですね」
 世に平等な命などない。そして、戦場において魔装機神操者の命は常に優先されるべきものだ。特に最強の魔装機神であるサイバスター操者の命は。彼らの双肩にはラ・ギアスの平和と未来がかかっているのだから。
「チカ、あなたはマサキのそばにいなさい」
 軽く踵を鳴らす。瞬間、魔方陣が咆哮をあげる。浮かび上がる咒文とそれを繋ぎ束ねる魔術の回路。カウント開始。起動までわずか五秒。
 円の中心に立つシュウを始点として地を走る魔力の火箭かせん。人間の目には決して映らぬ殺意の一矢は終点に立つ敵性体を真下から脳天に向けて一気に射貫く。腸から胃、胃から肝臓、心臓を抜けて脳髄から空へ!
 結果、おのれの死を理解するもなく恐るべき死徒たちは一人残らず地に伏したのだった。
「ご主人様、残りはどうします?」
「後顧の憂いは立っておくべきでしょう」
 この魔方陣は「捕食」拡張型だ。「捕食」した敵性体の血肉を贄にその範囲を自動的に拡大する。限界はあるがそれでも最大二・五倍まで拡張可能だ。そして魔方陣拡大のための贄は十分だった。
 魔方陣を開発したのは言うまでもなくヴォルクルス教団だ。大司教であったシュウはその研究成果を受けて眉をひそめた記憶がある。提出された実験体の軀がどれも酸鼻をきわめていたからだ。不愉快だった。だが、それが最適解であるならばたとえ外法であっても行使に躊躇はない。
「命を狙うならせめて相手を選びなさい」
 応報は対象の絶命によって果たされる。さらに十数人の頭蓋を穿ち勝敗は一方的に決した。
「マサキ」
 応えはない。状態が状態だっただけにかけた魔術の強制力は強い。これではあと数時間は意識を戻すまい。
「ご主人様、こんなことを言いたくはありませんけどマサキさんだって魔装機神操者ですよ。子どもじゃないんです。いくら目隠しをしたっていずれ思い出しますよ」
 チカの言葉をシュウは敢えて無視した。そんなことは言われずとも理解している。記憶を取り戻せば間違いなくマサキはシュウに激昂するだろう。シュウの行為はマサキにとって侮辱にも等しいのだから。
「マサキ! シュウ、貴様マサキに何をした‼」
 突如頭上から降ってきた怒声。グランヴェール。サイバスターの異変を察知してようやく駆けつけたらしい。
「戦場でむやみに機体から降りないよう普段からきつく言い含めておくべきですね。私が居合わせたから間に合ったものの、護身用の魔術もろくに使えない人間が不用心にもほどがある」
 抱き上げた体はひどく小さく見える。触れる肌も冷たく顔色などとうに失せている有り様だ。
「……何があった」
「この国の教育方針について事前に資料を渡されていなかったのですか? 年齢性別問わずこの国では国のために命を捨てることこそが最上の美徳なのですよ」
 その言葉にヤンロンの全身が総毛立つ。半ば飛び降りる勢いでコクピットから飛び出して駆け寄れば、ヤンロンの視界に飛び込んで来たのは赤黒く染まったマサキのジャケットとその頬に張り付いた「何か」だった。
「あの年齢ではまだ一〇歳にもなっていなかったでしょうね」
 状況の把握はその一言ですんだ。外道もここまできわめたか。
「緊急事態でしたので直前の記憶はいったん封じてあります。彼の両親のことを考えれば任務が完了次第メンタルケアを受けさせたほうがいいでしょう。サイバスターはザムジードにでも牽引させなさい。今のマサキにサイバスターの操縦は無理ですよ」
「……礼を言う」
 意識が戻る気配のないマサキを受け取るとヤンロンは苦虫噛みつぶしならがら頭を下げた。
「では、早々にこの場から離脱してください。邪魔ですので」
「お前がここにいるということはヴォルクルス教団に関係があるのか?」
「あなたにいちいち答える義務はありません。巻き込まれたいのであればこのままここにいても構いませんよ」
「どこまでも癪に障る男だ」
 しかし、マサキのこともある。ヤンロンは振り向きもせずグランヴェールへと走った。
「正直、困るのですよ」
 死傷者の確認などされてしまっては。
 この場に居合わせたのはただの偶然だった。教団絡みの用事を片付けて立ち去ろうとしたところで軍の通信を傍受し、そこで魔装機神隊——それも魔装機神が介入するとの一報を認めて急ぎ踵を返したのだ。
 民間人保護のために機体から降りることはままあるだろう。だが、今から介入する市街地は危険だ。あの国の住人の多くは熱心な愛国主義者なのだから。
「あなたたちにはあなたたちの理念があるのでしょう」
 それを咎める気はない。だが、刃を向けるならば相応の覚悟をするべきだ。
「ええ、本当に困るのですよ。遺体の回収、死因の調査などされてしまっては」
 教団関係者の仕業に見せかけることも可能だろうがマサキたちに顔を見られている以上、誤魔化し通せるかどうかは五分五分だろう。何より。
「私は今とても機嫌が悪い」
 わずらわしいばかりの羽虫の始末など他人に任せておくのが一番だが、生憎と今回ばかりは譲るわけにはいかない。
 魔方陣はまだ展開している。すでに円は最大規模に達した。放っておいても羽虫たちは自ら飛び込んでくるだろう。背教者の名を背負う大罪人はラ・ギアスの多くの人間にとって忌むべきものだ。首を狙わぬ理由はない。
 断末魔を上げる権利すら奪われた軀があちらこちらで山を築く。何と無力で無様なことか。国に捧げるべき命を彼らはおのれの無知ゆえに呆気なく散らしていく。
 その中には幼い命もあれば病んだもの老いたものもあった。彼らは国が生んだ犠牲者だ。悼む心はある。だが、それは外法を躊躇する理由にはならない。天秤にかけるには彼らの命はシュウにとって残酷なほどに軽かったのだ。
 地に重ねた軀が一〇〇を超える頃ようやくシュウは踵を返す。頃合いだ。愛機に戻りシステムを起動させる。サイバスターの離脱は確認済みである。
「さあ、報いを受けなさい」
 自分に刃を向けたことそして彼の傷を最悪の方法で踏みにじったことへの応報。もはや分子の影すら残すまい。
「縮退砲——発射!」

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