証明

短編 List-1
短編 List-1

 これはいつかのどこかの話

「ねえ、知ってるかしら」
「何をですか?」
 エクセレン・ブロウニング。地球連邦軍北米支部ラングレー基地所属のATXチームパイロット。豊かな金髪を備え艶やかで愛嬌たっぷりの彼女には基地内外を問わずファンが多い。
 ここは某基地内にいくつかある休憩室の一つ。人けのない室内にいるのはたった今訪れた彼女と今の今まで読書に耽っていたシュウ。そして、当たり前のようにシュウの外套を毛布代わりにして眠りこけているマサキだけだった。
「あららぁ、マーサったら寝ちゃってるのねえ」
「あまり大きな声を出さないでください。目を覚まします」
「ま、それは大変。お姉さん怒られちゃう。じゃあ、ちゃちゃっと用事を終わらせちゃうわね」
 一息つくとエクセレンはすっと表情を消した。
「ひどい顔をしていたの」
「そうですか」
 まるで能面だ。陽気な楽天家としての側面がクローズアップされがちだが彼女の本質は知的でありいっそ冷酷なほど冷静だ。彼女は明らかな敵意をシュウにぶつけてきた。
「泣いていたのよ」
「知っています。あとで彼らから聞きました。——本人からも」
 彼女が何のために誰のために怒りをあらわにしたのか。問い返すのは愚問というものだ。「彼」がそうであるように彼女もまた守るべきもののために躊躇いなく引き金を引ける人間だった。
「そう。じゃあ、ちゃんと仲直りできたのかしら? お姉さん、怒らないから言ってみなさい」
 彼女の前では彼のシュウ・シラカワですら「困った子」になるらしい。彼女をパートナーに選んだ「彼」の心臓はそうとう頑強なようだ。
「そうですね。一応、和解はできたと思いますよ」
 毛布代わりに衣服を引き剥がされる程度には。
「あらやだ、マーサったらかぁわいいんだから!」
「だから、もう少し静かにしていただけませんか」
 まったく、いくら声を抑えているとはいえよくもこれだけにぎやかな気配に気がつかないものだ。あるいは反応する必要もないと無意識下で判断しているのか。おそらく後者だろう。たとえ天地がひっくり返ろうと彼女がマサキに危害を加えるなどあり得ない。そしてそれは何もマサキに限った話ではない。エクセレン・ブロウニングとはそういう女性だ。彼女は戦場において背を預けるに足る人物であり彼女は他者から寄せられる信頼を決して裏切らない。
「そう、ならいいのよ。でも、本当にひどい顔をしてたのよ、マーサ」
 性格的に無理だとは分かっていてもいっそ力尽きるまで泣き叫んでしまったほうが楽になれるのでは、と思った瞬間もある。キョウスケに止められなければ実際に声に出していたかもしれない。
 殺した者と殺された者。
 今一度生きてまみえることなど本来であれば決してあり得なかった二人。
「ねえ、シュウ」
「何でしょう?」
「お姉さん、実は結構怒ってたのよ」
「それはそれは」
「だからね、これきりにして欲しいの」
 ずいとぎりぎりまで顔を近づけてにっこり。
「マーサ、良い子でしょう?」
「よく知っています」
「なら、もう泣かせないでね。でないと今度こそお姉さん怒っちゃうから」
「肝に銘じておきましょう。あなたを相手にするのは分が悪い」
「あら、キョウスケだったら分が悪い賭けほど燃え上がるのに」
 彼女のパートナーはある種のギャンブラーだ。それも生還率一〇〇パーセントのダイハード。
「じゃあ約束ね。破ったらキョウスケと一緒にランページゴーストしちゃうから!」
 彼の周りにはどうしてこうも「怖いお姉さん」がそろっているのだろう。ある種の女難なのではなかろうか。
「エクセレン、ここにいたのか」
「わお! キョウスケ」
 二人目の訪問者はエクセレンのパートナーであるキョウスケ・ナンブであった。
「シュウ・シラカワもいるのか。エクセレンが何かしたのか?」
「そうですね。軽い脅迫を受けました」
 意地の悪い返答である。
「ちょっと、何てこと言うのよ。乙女のハートはガラスなのよ!」
「お前の場合はガラスじゃなくてチタンだろう。……それよりそこで寝ているのはマサキか?」
 キョウスケから見てシュウの左隣。白い外套からはみ出た新緑に少し意外そうな声でエクセレンに問う。
「そ。良い子におねむさんなの。だから静かにね?」
「お前が一番うるさいだろう」
 キョウスケはにべもない。
「ところで脅迫とは何だ?」
 思い出して問えば、
「あなたのパートナーに言われたのですよ。今度彼を泣かせたらあなたと二人で報復に来ると」
「そ、ランページでゴーストしちゃうぞ、って話。いいでしょ、キョウスケ?」
「見る限り杞憂だと思うが、まあ、そうなったら手伝ってはやる」
「わお! キョウスケ最高、愛してるわっ‼」
 茶番だ。すべて杞憂だと彼女は理解している。そのうえでおのれのパートナーまで巻き込んでシュウに念を押してきたのだ。
「その様子なら和解はできているのだろうが、お前を倒したあとのマサキの状態はおれから見てもひどかった。それは覚えておけ」
 エクセレンだけでなくキョウスケからも咎められ、シュウはあらためておのれの記憶を振り返る。
 ネオ・グランゾンが崩壊する寸前、モニター越しに見えた光景。生前の自分が見たのはその一瞬だけだ。
 ルオゾールの手で蘇り記憶を完全に取り戻して以降、魔装機神隊と水面下で共闘する機会が増えた辺りで一度問われたことがある。相手は誰だったろうか……。
「あの時のことを覚えているか?」
 そう問われたのだ。正直、何のことを指しているのか理解するまで数秒ほどかかってしまった。彼らを利用したこと以外で咎められるとは思っていなかったのだ。
「あなたにとって私の死はそれほどに重かったのですか?」
 同じ室内にエクセレンたちがいるにもかかわらずつい声に出してしまった。直後、エクセレンの額に青筋が立つ。
「は・か・せぇ・ちゃ・んぅ? もしかしてマーサに似たようなこと聞いちゃったりしてちゃったりしてないわよねえ? お姉さん怒らないから言ってみなさい。引っ叩くから‼」 
「矛盾しているぞ、エクセレン。だが、事実なら一発くらいはかまわんだろう」
 シュウにトドメを刺したのはマサキだ。ネオ・グランゾンが完全に崩壊するぎりぎりまでサイバスターはあの場所から離れなかった。帰還してからはその顔色を見た何人かがマサキを医務室に放り込もうとしてちょっとした騒動になるくらい、それはひどい有り様だったのだ。
「……失言でした」
「本当に聞いてないんでしょうね?」
「聞いていませんよ。聞けるはずがないでしょう」
 私を殺してあなたは苦しかったのですか、などと。
「……なぁ、何かあったのかよ。さっきからぎゃあぎゃあうるせ……、え?」
「わお! マーサ、起きちゃったの」
「これだけ騒げば起きるだろう。悪かったな、マサキ。エクセレンはすぐに連れて行く」
「ちょっとぉ、キョウスケ!」
「目的はもう果たしただろう。帰るぞ」
 甲高いエクセレンのクレームをものともせずキョウスケはにぎやかしなパートーナをがしっと捕まえたまますたすたと休憩室から去って行ったのだった。
「何だったんだあれ?」
「少し話し合いをしていたのですよ」
「——あれで?」
「はい」
 当然のように返せばまるで得体の知れないものを見るような目でシュウを見上げてくる。シュウは手にしていた小説を閉じると普段と変わらぬ口調で言った。
「私たちも帰りましょう。少し長居しすぎたようですから」
「……そっか。そうだな。じゃあ、帰るか」
 ラ・ギアス——自分たちがいるべき世界へ。 

 咎められるまで考えもしなかった。
 憎まれこそすれ悼まれる対象にはならないと確信すらしていた。
 けれど彼は泣いていた。
 私の死を悼んでくれた。
 ならば応えなければならない。
 私が彼にとって悼むに値する人間である証明を私は生きているかぎり果たしていくのだ。

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