立場も方向性も違えど「彼女」たちは一途だ。それが「彼女」たちに対するシュウの率直な感想だった。
ヴォルクルスを打破し長年のわだかまりをひとまず解消して以降、シュウはウェンディとそれぞれの研究について意見を交わすことがままあった。
「会合」は郊外にあるいつものカフェ。店の奥にある窓から一番遠いボックス席。客はまばらだ。オーナーが趣味で開いている店らしく客の入りは大した問題ではないらしい。
「相変わらず辛気くさい顔だな、シュウ・シラカワ」
「まさかあなたが来るとは思いませんでしたよ。——テューディ・ラスム・イクナート」
艶めくルビー色の髪に尊大な態度と口調。その美貌は変わらずとも双子の妹よりもきついまなざしは相対するものを威圧するには十分だった。
「ウェンディは例の研究に根を詰めすぎて少し体調を崩した。今日は私が相手だ。不足とは言うまないな?」
「【復讐の女神】を作り上げたあなたを相手にそんな愚かなことは言いませんよ。ところであなたの用事とは?」
まさかウェンディの代理として「会合」に来たわけではあるまい。
「お前は理解が早くて助かる。マサキではこうはいかん」
「彼に私と同等の理解力を求めるのは酷というものですよ。それに彼はあのままでいい」
そこは同意しているのかテューディはふん、と鼻を鳴らしただけであった。
「お前の意見が聞きたい」
無造作に投げ出されたのは十数枚のレポート。
「まだ構想の段階だがなるべく早く事を進めたいのだ」
「これは……」
読み進めていくうちにシュウの表情に険が湧く。
最大の強みであった驚異的な再生能力や一部機能の排除あるいは縮小によってダウンサイジングこそされてはいるがこれは紛れもなく【復讐の女神】——その後継機だ。
「私の意見を述べる前にまずあなたの意見を伺いましょうか」
射貫く視線は殺意すらまとう。だが、テューディはシュウの反応など最初から織り込みずみだったようで臆することなく堂々と答える。
「私たちは私たちの可能性を広げると決めた」
テューディは再び戦場に立つ決意をしたのだ。
「……ウェンディがあなたに同意したと?」
「悩んではいる。だが、いずれ答えは出るだろう。そしてそれは私と同じものだ」
「断言できるのですか?」
「貴様がそれを言うか」
私たちの決意が「誰の」ためだと思っている。不機嫌もあらわにテューディはシュウをねめつける。彼女たちが慕う彼はすでにシュウの腕の中にいるのだ。
「それは失礼しました」
「ウェンディは何となく気づいているからな?」
ただ、その事実を受け入れることにいまだ不安と怯えを拭えないだけだ。
「私は一生認める気はないがマサキはお前を選んだのだろう。憎らしいことこのうえないが」
「ご心配なく。私もあなた方に認めてもらおうとは思っていませんので」
彼は自分を選んだ。その事実だけで十分なのだ。
「今すぐこの場で貴様を殺せないことが心の底から残念でならん」
「褒め言葉を受け取っておきましょう。それで、あなたが必要としているのはこれらの資材の安定した供給源ですか?」
「そうだ。何せものがものだ。公には取り扱えないものもある。何よりどれも希少性が高くてな」
「この構想をそのまま実現しようというならそうなるでしょうね。いいでしょう。あなたの言葉に嘘はない。協力しましょう」
シュウは即決した。
「あなたたちはそれが彼のためになると言った。であれば、私が協力するのは当然でしょう?」
「貴様を殺す術がないことが心の底から悔やまれる」
なぜマサキはこんな男を選んだのだ。テューディにはどうしてもそれが理解できなかった。
「なら、一度彼に聞いてみてはいかがです?」
「聞けるか、この性悪が!」
そんなことをすればウェンディは小さくない傷を負うだろう。マサキにしてもその立場を考えれば決して公にはできない関係のはずだ。内外に与えるダメージは計り知れない。最悪、マサキの命に関わる。そして、もしそんなことになればこの男は堂々とマサキをさらっていくだろう。もちろん、彼の魔装機神操者としての務めに支障がない方法で。
「そんなこと誰が許すものか」
本当に本当に憎たらしい。どうしてよりにもよってこの男をマサキは選んだのだ。
「……悪辣な男に娘を奪われる親とはこういう心境なのだろうか」
少し胃が痛くなってきた。
「ところでそろそろ迎えが来るのでは?」
「察しが良すぎる男は嫌われるぞ。覚えておけ。そしてついでに嫌われろ」
その涼しげな容貌を引っ叩かずにいるのだからこの程度の嫌味は甘んじて受けるべきだ。
視線を外に向ければ窓を挟んだ十数メートル先の路地で新緑の髪が鮮やかな青年が一人立ち尽くしていた。どうやらどちらに進むか決めかねているようだ。
「あらかじめ外出先は伝えておいた。手の空いた者が迎えに来るはずだったのだが」
「十中八九、この辺りで道に迷っていたのでしょうね」
「だろうな」
本当に危なっかしくて目が離せない。だというのに今ではその短所すらいとおしくて仕方がないのだから自分たちも大概だ。
テューディが先にカフェを出る。ルビーの髪はサファイアに染まり、キツく険しいばかりの表情は野に咲く小さな花のようにほころんでいく。
「マサキ、来てくれたの?」
「すまねえ、ウェンディ。迎えにくるのが遅くなっ——げ、シュウかよ」
あからさまに顔をしかめるマサキにウェンディはくすくすと笑う。
「ときどきお互いの研究について意見交換をしているの。自分とは異なる見解に耳を傾けることはとても有意義なのよ?」
「……おれは、ちょっと」
マサキらしい素直な反応が可愛らしく映ったのかウェンディは特に気分を害することなく微笑むばかりだ。
「では、私はこれで失礼しますよ」
「ええ。ありがとう、シュウ。今の研究が一段落したらまた意見を聞かせてちょうだい」
「そうですね。私もそろそろ例の研究に目処がつきそうですからまた近いうちに場を設けましょう」
去り際、二人の横を通り過ぎる瞬間にシュウはウェンディに向かって囁く。
「資材の供給元については次回までにある程度リスト化しておきますよ」
対するウェンディもまたその双眸を薄くルビー色に染めて笑う。
「裏切るなよ?」
「もちろん」
そもそも信用していない相手に頼む内容ではない。
交わす視線が正面を向く。何も知らずただ真っ直ぐに歩く青年の背中。彼女たちとシュウが結んだ「同盟」の根底に存在するもの。
「どこまでも世話が焼ける」
「それでも、彼はあのままでいいのですよ」
「同意するが貴様に言われるとどうしても腹立たしさが勝るな。やはり一度そのキザったらし顔を引っ叩かせろ」
「お断りします」
「臆病者め」
口を尖らせて彼女は笑った。妹によく似た幼げな笑顔だった。
さて、次の「会合」で席に着くの果たして彼女たちのどちらであろうか。レポートを思い返しながらシュウは知らず口許がほころぶ。
そう遠くない未来、霊峰に住まう精霊をその胎に収めた揺り籠で彼女たちの「夢」は産声を上げるだろう。それはこのラ・ギアスの大地に新たな血が流れることを意味する。けれどそれは彼を助く者の誕生をも意味するのだ。それは実に喜ばしいことだった。
そう、彼にとっても自分にとってもそれはとても喜ばしいことだった。
