賢明

短編 List-1
短編 List-1

 その小国は千年近くにわたってラングランの属国も同然だった。ラングランに吸収されずにすんだのは豊富な地下資源——それも【希少金属レアメタル】に恵まれさらに超高度な加工技術を有していたからだ。
 王都が壊滅に追い込まれ調和の結界が消失した今、戦争の主力は魔装機へと移った。そして、その魔装機の量産には【希少金属】が必要不可欠であったのだ。ラングラン政府から小国との会談で護衛に就いてほしいとの依頼が舞い込んだのはそんな事情からだった。
「護衛はぜひランドール殿にお願いしたい」
 聖号ランドール・ザン・ゼノサキス。マサキ自身はすでに棄てた名であったがラングランの戸籍上における彼の本名は今でもランドールであったのだ。
 国民からの支持も厚い救国の英雄。最強の魔装機神サイバスターの操者。その存在はもはや一つの権威であった。
「……マジか」
「まあ、規模はどうあれ国家間レベルの会談ともなればそうなるでしょうね。あなたはそこにいるだけでテロリストたちへ牽制になるもの」
「ガッデスのような長距離かつ高火力の兵装があるならまだしも、平均的な魔装機の兵装でサイフラッシュの射程圏外からサイバスターを狙うことは不可能だからな。テロリストの攻撃手段も自ずと絞られる」
「射程に入った瞬間、全方位でドカン! とかえげつないよ、マサキ」
「うるせえよ。喧嘩ふっかけてくる奴が悪いんだろうが!」
 毛を逆立てる野良猫のようにがなるマサキとは対照的にテュッティとヤンロンは冷静だ。
「とはいえマサキ一人に護衛を任せるのは不安だわ。だってこの子、魔術からきしでしょう。何かあったらと思うと」
「誰がこの子だ!」
 しかし、怒りの訴えは華麗に回避されてしまう。
「だが、すでに僕たちには別の任務が入っている。いまさらメンバーを変えるわけにはいかないだろう」
「聞けよ、おれの話‼」
 二度目の訴えも無惨に無視されてしまった。
「……ドンマイ、マサキ」
 圏外から事の成り行きを見守っていたミオが思わず憐れみの目を向ける。
「てめぇ、ミオ。生暖かい顔で人のこと見てんじゃねえぞっ!」
 そうマサキが噛みついた瞬間、テュッティとヤンロンは天啓を得たのだった。

 某月某日、某国の首相官邸で風と大地の魔装機神操者たちは慣れない要人警護に早くもストレスを感じていた。
 【認識阻害の魔術】によって今現在二人の見た目はラングラン政府高官の護衛役である上級兵となっており、逆に複数いる上級兵のうち二人がマサキとミオの姿で偽の会談場所に待機している状態だった。
「ねえ、引っかかると思う?」
「微妙だな。ちょっと話を聞いたんだけどよ、産業スパイが多いせいで自然とその辺の警備システムのレベルが上がっちまって、今じゃ中途半端な警護は逆に邪魔なんだと」
「うわぁ、嬉しくない日進月歩。でも、それならあたしたちが来なくてもよかったんじゃない。自慢するくらい警備システムすごいんでしょ?」
「それな。何か国の面子がどうとか言ってた」
「ああ、そういえばそういうタイプだったね、あの人たち」
 護衛を依頼してきた一人は文官を務めて数十年という初老の男であった。見た目は人好きのする好々爺であったが顔を合わせた瞬間、マサキとミオはほぼ同時に背筋を走る悪寒に吐き気を感じた。
「ランドール殿、ランドール殿ってしつこかったんだよなあ、あの爺さん」
「すっごいなれなれしかったよね。あれ絶対周りにアピールしてたよ。私はランドール殿と仲が良いですよ? 的な」
「それはおれも思った。結構多いんだよな、ああいうの。まあ、あの爺さんほど露骨な奴はめったにいねえけどよ」
「軍部の人はどっちかっていうとマサキとかマサキ殿とかが多いよね」
「つき合い長えからなあ。操者候補だった頃に散々しごかれたしよ」
「それテュッティから聞いたけどあとで仕返ししたんでしょ?」
「ああ。サイバスターが認めてくれた頃にはさすがに慣れてきたからよ、何でもありの喧嘩でならってまとめてやり返した」
「マサキ、空手とボクシングで全国区だったよね。そういえばサイバスターに乗るようになってから剣も使い始めたって言ってなかった?」
「ああ。だいたいは蹴って殴ってときどき斬ってまた蹴ってたな。あんなおっさん連中相手に組み手なんかできるかよ」
「うわぁ、マサキ足技えぐいのに。かわいそう。ちなみに踵落とし決めた?」
「決めた。それで三人落としたぜ」
「このブーツで踵落としとか鬼だ。鬼がいるっ‼」
 死屍累々の訓練場を思い浮かべミオは静かに合掌した。
 それからほどなくして「何事もなく平和に任務を終えたい」というささやかな願いは呆気なく踏みにじられたのだった。
 突如官邸全体を襲った激震。つんざく絶叫の多重奏。来た。
「走れ!」
 関係者を避難用シェルターに誘導し終えると同時に一気に偽の会談場所へ走る。小規模ではあったがあそこにも結界は張ってあったはずだ。それが作動しなかったということは相手側に高位の魔術師が最低一人はいるということだ。
 駆けつけた偽の会談場所はまさに地獄だった。吹き飛んだ部屋、積み上がり燃えつづける瓦礫。かろうじて残った壁にはかつて人間であったものの名残が張り付いている。瓦礫の隙間からのぞくものもそうだ。五体そろった死体を探すのが困難なほど室内は無惨な軀で満ちていた。
 悔しさと無力感に足を引きずられながら室内を駆け回る。結果、おそらく爆心地からもっとも遠い場所にいたのだろう数名の生存を確認することができた。だが、ほとんどが虫の息だ。
「しっかりしろ、すぐに救援がくる!」
 このままむざむざと死なせてなるものか。
「ミオ、テロリストは!」
「ぱっと見た感じそれらしい連中はいない。あたしたちと同じで【認識阻害の魔術】を使ってるのかも」
 結界を潜り抜けてこれだけ大規模な爆発を引き起こす連中だ。こちらの正体などとうに看破されているだろう。
「来たな、魔装機神操者ども‼」
 憎悪にたぎる咆哮が室内を震撼させる。
 黒ずんだ顔、赤黒く染まったローブ。年の頃は五十代半ば。左右に立っているのはローブをまとわず両目を布で隠した男二人。
 どうみても産業スパイとは縁遠い格好だ。そもそも雰囲気が尋常ではない。惨劇のさなかにあって彼らは恍惚とさえしているではないか。
「ヴォルクルス様に尊き死を!」
 その瞬間マサキたちはテロリストの正体を看破した。
 左右の男たちが両手の甲をマサキたちに向ける。浮かぶ魔方陣。そして炎を吐きながら膨れ上がる男たち。
「飛べ、ミオっ!」
 おそらく衝撃波の盾になるであろう頑丈な瓦礫の奥へミオが飛ぶ。負傷者を抱えていたマサキは間に合わない。
「マサキッ⁉︎」
 閃光、続く爆風と衝撃。爆心地との距離はわずか数メートル。とてもではないが生存は絶望的だ。けれど一縷の望みをかけてミオは瓦礫の山から飛び出す。
「マサキ!」
 少しでも衝撃から守ろうとしたのだろう。負傷者を抱き込んだままマサキは瓦礫に背中から叩きつけられていた。ひどい有り様であったが五体はそろっていた。頭の出血がひどいがよく見れば額を切っているだけだ。かなりの衝撃だったのだろう。虫の息だった負傷者は完全に事切れていた。
「マサキ、ねえ、返事してよ。大丈夫だよね。生きてるよね、マサキ!」
 ミオは錯乱寸前だった。だが、ヴォルクルス教団が関わっているのであれば意地でも正気を保たなくてはならない。歯を食いしばる。唇を噛み切るぐらい何だ。絶対に踏ん張ってやる。
「慌てなくても無事ですよ。ただ、吹き飛ばされたさいに右足を強打していましたから骨折とまではいかずともひびは入っているでしょうね」
 一瞬で全身が総毛立つ。
「……シュウっ⁉︎」
 シュウ・シラカワ。背教の大罪人。ヴォルクルス教団からの殺意と憎悪を一身に背負い、仮初めとはいえ『破壊神』を滅ぼした男。
「あんた……、何でここに!」
「護衛としてあなた方が来ると聞いて向こうから接触してくるだろうと思ったのですよ。ちょうど私も聞きたいことがありましたから」
 ご協力ありがとうございます。いけしゃあしゃと一礼すらしてみせる。この非常時に何て腹立たしい。
「ちょっと待ってよ、あたしたちが来るからって……」
「ええ、本来ここに来るはずはずだったテロリストたちは教団が始末しました。あなた方を排除する絶好の機会ですからね。たとえ仕留め損ねたとしても魔装機神に乗れないほどのダメージを与えられさえすればいい」
「何よそれっ⁉︎」
 ふざけるな。ならばこれは、この惨劇は自分たちをおびき寄せ殺すためだけに引き起こされたのか。
「その通りですよ」
 冷血。その一言がこれほどふさわしい男はそういまい。
「あなた方の命にはそれだけの価値がある。いまさらでしょう。マサキも含めてなぜそれが理解できていないのです」
 魔装機神隊のリーダーであり魔装機神サイバスターの操者マサキ・アンドー。彼は愛機であるサイバスターを駆り単機で戦局をひっくり返してみせる。それだけではない、ラングランにおいて彼は聖号ランドール・ザン・ゼノサキスを賜与された救国の英雄でもあるのだ。
「彼の死はラングランだけでなくラ・ギアス全土に小さくない動乱を招くでしょう。ましてやそれがヴォルクス教団の手によるものとなれば」
 その絶望はいかばかりか。そしてその絶望と悲嘆を糧に邪神の完全なる復活は果たされるだろう。
「この場にいる教団の人間はあれで最後です。会談場所に近づいていた者はこちらで始末しておきましたが、念のためもう一度確認しておいたほうがいいでしょう」
「でも、マサキが……」
「私が送りますよ。こちらとしてもマサキに死なれては困る」
 その双肩にはラ・ギアスの平和と未来がかかっているのだ。
「嘘じゃないよね?」
「私は嘘は言いません。時間の無駄ですからね」
「わかった。じゃあ、マサキをお願い。すぐ迎えに来るから!」
 再びミオは全速力で駆け出す。もうその背に恐れはなかった。
 気を失ったままのマサキに歩み寄るとシュウはその場で膝を突き、マサキの両手の甲に描かれた不可視の魔方陣を解除する。【認識阻害の魔術】でこの会談に紛れ込んでいたのはマサキたちだけではなかったのだ。自己紹介、雑談、資料の受け渡し。その手に触れる機会はいくらでもあった。
 爆発の熱量をそのまま相殺エネルギーに転化する高機能型対物防御壁ハイ・シールド。致命傷は十分に避けられただろう。問題は頭部へのダメージだがこればかりは検査結果を待つしかない。
「さて、帰りましょうか」
 当たり前のようにマサキを抱え上げミオが駆け去った方向とは正反対の入り口に向かう。その先で待っていたのは廊下に敷きつめられた軀の絨毯だ。
 ヴォルクス教団の教徒はラ・ギアス全土に約五〇〇万人ほど存在するといわれている。この日のために一体何人の教徒がここに集まったのやら。
 床を埋める死体には股間から頭頂を一直線に貫通する拳大の穴が空いていた。腸、胃、肝臓、心臓、脳髄。その断面は焼け焦げ圧倒的な威力の火箭かせんが犠牲者を真下から射貫いたのだとわかる。
「曲がりなりにも自分たちが開発した術で絶命したのです。素直に喜びなさい。とても醜悪ですが素晴らしい威力ですよ」
 対象を殺害後その死体を贄に自動的に索敵範囲を広げ範囲内の人間を次々と【捕食】していく。人間の目には決して映らぬ魔力の火箭に物理的な障害は意味をなさず、屋内での戦闘にこれほど適した暗殺術はないだろう。
「チカ」
「はい、ご主人様。ひとまずセニアさん宛に連絡を入れました。念のため待機させておいたガルガードをこちらに回してくれるそうです」
「ザシュフォード・ザン・ヴァルハレビア。少し心許ない人選ですが腕は確かなようですし、今回は妥協しましょう」
 とはいえ、正直、シュウは自分の以外の誰かにマサキを預けることに抵抗があった。力量からしてマサキと肩を並べられる人間はシュウだけだ。彼に比べて遙かに技量の劣る人間に果たして手負いのマサキを預けていいものか。
「シュウ、あたしが運ぶよ!」
 シュウにはめずらしい数分の逡巡はようやく追いついたミオによって無事解決されたのだった。

 まさかシュウに保護されて戻ってくるとは思わなかった。それが関係者一同の嘘偽りない感想であった。
「お兄ちゃん⁉︎」
「ヤンロン、マサキをお願い。すぐに医者を手配するわ!」
「わかった。シュウ、マサキは僕が預かろう。……礼を言う」
「これに懲りたら今度から安易な【貸出し】はやめることですね。彼の命はあなた方より遙かに重い」
 ラ・ギアスの平和のために存在する魔装機神とその操者が動乱の引き金になるなど本末転倒もいいところだ。
 辛辣に言い捨てシュウは足早に去る。【認識阻害の魔術】をかけているとはいえ万能ではないのだ。
「シュウ!」
 呼び止めたのはミオだった。
「言ってくれてありがとう。じゃなきゃ考えることも忘れてた。あたしたちの命は重いんだって。ずっとずっと責任を持たなきゃ駄目なんだって。あたしたちは魔装機神操者なんだから」
 背負うのはラ・ギアスの平和と未来。そこにはラ・ギアスに生きるすべての命が含まれている。だからこそ自分たちは生き延びなければならないのだ。託された未来を次に託す者が現れるまで。
「あなたは賢明な女性のようだ」
 それは偽りのない賛辞だった。
 ミオは誇らしげにうなずく。
「当然!」
 ミオは破顔した。

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