ロンティルフェルト ショコラ

短編 List-1
短編 List-1

 ロンティルフェルト。今年で創業一七〇〇年を迎えるラングランでも老舗の高級食料品店であるが同時に紅茶の高級ブランドとしても有名で、マサキは近所の食料品店でまれに目にすることがあった。あれは地上でいうところの「紅茶の日」と同様のイベントだっただろうか。値段が値段なだけに仕入れた数は十数個程度だとなじみの店主は言っていた。
「そういや最近飲んでなかったっけ」
 どこぞの誰かさんがきっかけでコーヒー派から紅茶派に転向することはや数カ月。もともとミルクティーを好んで飲んでいたプレシアからは仲間が増えたとたいそう喜ばれたが、最近は立てつづけの任務でろくに時間も取れていなかったことを思い出す。
「前に飲んだあれ、うまかったよな」
 種類としては地上のダージリンとほぼ同じ茶葉だと聞いた。味が濃くやや渋みが目立った一杯。焼き菓子を連想させるアーモンドやキャラメル、バニラのフレーバーを好むプレシアからは不評だったがマサキは気に入っていた。
「チョコ食うならあれくらい渋みがあったほうがいいよな」
 今は二月。商魂たくましい企業がしのぎを削るバレンタインデーは目前だ。
「地上人への偏見はいまだしつこいってのに何でイベントごとの浸透は早いんだよ」
 今ではホワイトデーを含めてラ・ギアスの一大イベントとなってしまった。
「今年もあれくるのかね……」
 考えるだけでぞっとする。
 そう、魔装機神操者となって一年。バレンタインデーの知識がある程度広まった一年目にそれは来た。
 一〇トンダンプ換算で優に三桁を超えるチョコの山。ラングラン全土から送られたそれはもはやチョコの火砕流といっても過言ではなかった。しかもうち三割は知名度の関係でマサキ宛だったのだ。もともと甘いものがそう得意ではなかったマサキは押し寄せたチョコの山に卒倒した。物事には限度というものがあるのだ。
 とはいえどう考えてもさばききれる量ではなかったので、すったもんだの末にチョコはすべて孤児院や福祉施設へ寄附するということで何とか決着させたのだ。
「せめて数個くらいなら食えるけどよ」
 正直な話、マサキからすれば板チョコ二枚程度で十分なのだ。高級チョコに金を投じる余裕があるなら寄附先の孤児院や福祉施設に同額の現金を寄附してくれたほうが何十倍もありがたい。
「お兄ちゃん、そこは空気を読んであげようよ……」
 しっかりものの妹からはどうしようもないんだから、とすっかり呆れられてしまったがそれがマサキの本心なのだから仕方がない。
 そこでふとフレーバードティーの中にショコラ系の香り付けをされたものがあったことを思い出す。ブランドは忘れてしまったがショコラ系やバニラといった甘い香りはだいたいどこのメーカーでも人気のフレーバーだ。
「たぶん、行けばあるだろ。何なら聞けばいいしよ」
 マサキはロンティルフェルトの扉をくぐった。

「ようこそおいでくださいました、ゼノサキス様」
 店内に一歩踏み入れるとほぼ同時に店主と思われる女性に一礼される。さすがに王都に近い州都だけあってマサキの顔は知れ渡っていたらしい。
「えっと……、ちょっと聞きたいんだけどよ、チョコのフレーバーの紅茶ってあるか?」
 途端、女性の目が光る。
「贈り物でしょうか?」
「ああ。あと自分用と妹のも入れて三つ」
「お任せください。すぐにご用意いたします」
 再び一礼したかと思えばさっと背を振り返りスタッフに目配せ。そして自らもまたバックヤードへと消えていく。どこの軍属かと錯覚するほど素早く切れのある動きだった。
 きっかり九〇秒後、店の奥にあるカウンターに並べられた商品の数にマサキはおのれの無知を呪った。取り扱いのあるショコラ系フレーバードティーが全部で十数個あったからだ。
「あー……。悪いんだけどよ、おすすめのもんがあったら教えてくれねえか?」
 餅は餅屋。マサキは素直にスタッフへ助言を求めた。
「定番人気はこちらのシーヨークですが、他と比べて香りが強めですので敏感な方は少しキツく感じるかも知れません」
 スタッフの説明にへえ、とうなずくこと数回。マサキはようやく一つの紅茶に決めた。
「マグノリアホープでございますね。かしこまりました。ラッピングのデザインはいかが致しましょう?」
 見本を渡されしばらく迷った末にインディゴのリボンを選ぶ。
「これで頼む」
 あの顔でピンクはないよな。
「あなたが言えたことですか」
 憎たらしい幻聴が聞こえた気がした。

「そういえばもう二月なのですね」
 学会の都合で地上に出て数週間。気づけば二月の上旬がもうすぐ終わろうとしていた。 
「二月といえば今年もあれなんですかね?」
 わざとらしくチカが身を震わせる。
 毎年のように魔装機神操者たちを襲うチョコの火砕流。あれを初めて目にしたときはさすがのシュウも心の底から彼らに同情したものだ。
「特にマサキは悲惨でしたね」
 送られたチョコの割合を聞いたとき、まず間違いなくへきえきしているだろうマサキにせめてもの慰めとクオリティシーズンのダージリンをいくつか見繕って送ったのはシュウだ。
「チカ、あなたは先に行っていなさい。グランゾンが起動次第ラ・ギアスへ戻ります。私は少し用事ができました」
 体よくおのれの使い魔を追い払い、シュウはとある店へと足早に歩みを進める。時期的にそろそろ発売されているだろう。甘いものが苦手な彼にはちょうどいい。
「ようこそおいでくださいました、シラカワ様」
 フォートン。創業数百年を誇る高級食料雑貨店であった。

 二月中旬、とあるセーフハウスにて。
「お、いたいた。これやるよ。じゃあな」
 いつも通り突然の来訪だった。そして、いつにも増して突風のような去り方だった。
「ちょっと待ちなさい。あなたに渡すものがあるのですよ」
「あ?」
「最近まで地上に出ていましたからね。お土産ですよ。プレシアと一緒に食べなさい」
「へえ、ありがとよ。じゃあな!」
 半ば駆けるようにマサキは玄関から飛び出して行く。一体何をそんなに急いているのやら。
 投げるように手渡されたものにあらためて視線を向ける。真っ先に目に入ったのはインディゴのリボン。ラッピングをほどけば現れたのはロンティルフェルトの茶缶だ。ラベルとデザインを見るに限定品だろう。封を切れば鼻孔を微かにくすぐるカカオニブとココアパウダーの香り。
「……考えることは同じですか」
 ロンティルフェルト ショコラ——マグノリアホープ。
 さて、あのマサキが一体どんな顔でこれを購入したのか。詳細は次回じっくりと聞かせてもらうことにしよう。
「楽しみが増えましたね」

「何だこれ……、チョコ?」
「ねえ、お兄ちゃん。このチョコ抹茶みたいな味がするよ。こっちのチョコは紅茶みたい。これお兄ちゃんが好きな紅茶じゃないかな? お兄ちゃん?」
「……マジか」
 マサキは天を仰いだ。
 何だって考えることが同じなのだ。しかもこちらの好みを熟知したチョイス。
「ダメだ、寝よう」
 マサキは考えることをやめた。
 作戦会議は目が覚めてからだ!

 決戦は一カ月後?

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