短編 List-1
短編 List-1

 それは起こるべくして起こった惨事だった。
「途中までは何も問題なかったのよ。それが突然応答がなくなって」
 呼ばれた先はセニアの私設研究所だった。
 戦闘中に突然意識が混濁状態に陥ったのだという。何度も呼びかけてようやく応答したと思った瞬間に発動した最大出力のサイフラッシュ。本来なら敵の兵装を破壊する程度で十分だったにも関わらず敵対していた武装組織はその一瞬で壊滅状態に陥った。むしろ死者がでなかったのが不思議なくらいの惨状だったのだ。
 帰還後、サイバスターから降りたマサキを叱責しようと真っ先に駆け寄ったヤンロンはマサキの顔を見るなり戦慄した。
 普段の顔だった。肩を怒らせたヤンロンに不機嫌そうに口を尖らせているだけの、いつものマサキだった。

 みしり、みしり
 音がする
 ひびが走る音がする
 それ がきしむ音がする
 みしり、みしり
 音がする

「……テュッティ、マサキはしばらく休ませる。セニア様にもそう伝えてくれ」
「はあ、何だよそれ。おれは別に何ともねえぞ」
「いいから、お前は少しおとなしくしていろ」
 不審に思ったミオが遅れて駆け寄りマサキの正面に来るなりぎょっとした顔になる。
「マサキ、ちょっと休んだほうがいいよ……」

 音がする
 みしり、みしり
 音がする

 ぞっとした。
 ひびが入っていたのだ。
 第三者の目から見ても明らかに認識できるほどの、ひびが。
 その存在そのものに。
「起こるべくして起こったことではないのですか?」
 シュウは冷淡に切り捨てる。
 ラ・ギアス人と比べ地上人は精神面での成熟が遅い。加えてマサキは年齢的に多感な時期だ。
 環境の激変、肉親の喪失。そしてその先で再び得た義家族と二度目の喪失。戦火のただ中を駆け巡る日々。地上での孤軍奮闘。仲間と合流してからはより激戦の先陣へ。
 心を休める時間などあっただろうか。彼と彼の機体は戦闘の要、だだ一機で戦局を左右するだけの性能がある。長期の離脱が部隊にかける負担は決して軽くはない。そもそもマサキの性格上、休めと言ったところで素直に休みはしないだろう。
 その結果がこの様だ。
「そうね。返す言葉もないわ」
 案内された研究室のソファーにマサキはいた。安定剤を飲ませたうえで軽い魔術をかけてある、と。
「今日いっぱいは目を覚まさないと思うわ」
「それで、私にどうしろと?」
「しばらく預かってほしいのよ。マサキを言いくるめられるのはあんたくらいだろうし、あんたの言うことならマサキも聞くでしょう」
 それだけの信頼は勝ち得てるだろう、と言外にちくり。
「わかりました。しかし、現実問題、長期間は無理でしょう。マサキの不在は魔装機神隊にとって負担が大きすぎる」
「そこはあたしたちで何とかするわよ。そもそもマサキに頼り切りの今までがおかしかったんだから」
 いくら本人の同意を得ていたからといって未成年者を戦場のそれも最前線に立たせ、戦局を半ば一方的に背負わせてきたのだ。むしろ自覚するのが遅すぎたといってもいい。
 彼は地上人でありまだ「子ども」だった。もとよりラ・ギアスの「常識」を前提に考えるほうがどうかしていたのだ。
「個人的な意見になりますが、この状況が改善されないかぎり完治は不可能だと思いますよ」
 寛解は見込めるかもしれない。だが、完治は無理だ。一度走ったひびは治らない。この傷が癒えるとしたらそれはマサキがサイバスターから降りる日だ。そしてそれは彼が生きている限りありえない。
 魂を削りながら命の炎を燃やしただ一心に奔りつづける。その加速にどうして人の身が耐えられるだろう。
 そう遠くない未来、彼は私たちの誰も彼もを置いて逝く。どれほど懇願しても、誰が引き留めても。
「……困った人ですね、本当に」

「何なんだよ、お前もセニアたちも。おれは別に何ともねえぞ」
 翌日、当たり前のように目を覚ましたマサキの機嫌は悪かった。説明なしの一方的な長期休暇である。不信が募るのも当然だろう。
 こんなにひびが入ってしまったのにどうしてこうも平気な顔をしていられるのか。魔装機神隊の面々はさぞ困惑し震え上がっただろう。ひび割れる寸前の人間がどういうものなのか、彼らはようやく理解したに違いない。
「あなたに自覚がないだけですよ。血液検査の結果を見せたでしょう。あなたにはしっかりとした休養が必要です。サイバスターの操者としての自覚があるならおとなしく休んでいなさい」
 あなたにはラ・ギアスの平和と未来がかかっている。そう諭せば不承不承ながらもマサキは納得した。彼は素直だ。いっそ微笑ましいくらいに。けれど同時にそれがとても危ういと痛感する。向けられる感情に対して無防備なのだ、その心根が。
「でもなあ、ここ最近任務に出っぱなしでよ。正直、休むにしても何をすればいいのかわかんねえんだよ」
「ずいぶんと立て込んでいたようですね」
「規模はそこまでじゃねえんだが紛争がいくつか重なっちまってよ。とりあえず両軍が衝突する前に止めなきゃならねえからサイフラッシュで黙らせるってことが何回かあったんだよ。あれはキツかったな」
「また無茶をする。サイフラッシュの射程範囲を一体どこまで広げたのですか。通常のサイフラッシュでも連続使用すればプラーナが枯渇する危険性があるというのに」
 眉をひそめるシュウとは対照的にマサキはどこか上の空だ。
「んー。そうなんだけどよ、やってみたら何とかなんだよ。だから、大丈夫じゃねえか」
 何とかなる。大丈夫。ひびだらけの人間が何て恐ろしい言葉を使うのか。
「大丈夫なわけがないでしょう。今日はもう寝ていなさい。自覚がないだけで疲労はたまりつづけているはずですよ。すっきりしたら気分転換に地上にでも行きましょう」
「真っ昼間から眠れるわけねえだろ」
 眠るくらいなら以前地上で買ったゲームをするなどと言い出す始末。普段なら呆れつつもゲーム機を渡しただろう。だが、今回ばかりはその要求を聞き入れるわけにはいかない。
「だめです。いいから寝ていなさい。目を閉じていれば自然と眠くなりますよ」
「何でだよ、お前もあいつらも急に変だぞ」
 おかしいのはマサキのほうだ。無事なのは見てくれだけで中身はどこもかしこもひびだらけ。もう手の施しようがないのに。
「おれ、何かしたか?」
 いとけない子どものようにこてん、と首をかしげ不思議そうにシュウを見上げてくる。
「いえ、あなたは何もしていませんよ」
 ただ、私たちの誰もが何もできなかった。それだけだ。
「だから、ほんの少しでいい。ほんの少しでいいから、眠ってください。お願いですから」
 そのまま腕に抱き込めばただならぬ雰囲気を察したのだろう。素直にマサキは目を閉じる。数分とたたず聞こえてくる寝息。そういえばまだ処方された安定剤が残っていたはずだ。それを加えて再度魔術をかければ明日以降も眠りつづけてくれるかもしれない。
「なら、そのほうがいい」
 眠れるだけの余力が、まだ残っているのなら。

 みしり、みしり
 音がする
 ひびが走る音がする
 彼 がきしむ音がする

 腕に抱いた彼が彼のままでられる時間はあとどれだけ残ってるだろうか。
 見えざるものの手から隠すように、かばうようにシュウは腕の中の唯一をかき抱いた。

 みしり、みしり
 みしり、みしり

ぴしっ

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