chocolate for you

短編 List-1
短編 List-1

 プレシア・ゼノサキスは非常におかんむりであった。無理もない。ついさっきまで常春の国を謳歌していたプレシアを突然極寒のブリザードが見舞ったのだから。
「さ、い、あ、く、よっ‼」
「私はあなたに特別無礼を働いた覚えはないのですが」
 プレシアの正面で困惑しているのはシュウ・シラカワ。元大公子にして背教者。そして今やラ・ギアスで知らぬ者はいない国際指名手配犯であった。
「それよ、それ。何であんたがそれを持ってるのよ!」
 シュウの手にあるのは一枚の板チョコだ。メジャーではないが知る人ぞ知る一品でファンは多い。
「どうしてと言われても貰ったとしか。そもそも何を怒っているのですか?」
 送り主を正直に答えれば大噴火は免れない。シュウは必要最低限の部分だけを正直に答える。
「お兄ちゃん……」
「マサキが?」
「お兄ちゃんがあたしにプレゼントしてくれたの。バレンタインだから一緒に探しに行って、お互いにプレゼントしたのっ‼」
 ひょんなことから兄妹そろって紅茶を飲むようになって以降、紅茶と相性のいいスイーツや料理の話題で盛り上がることが一気に増えた。
 渋めの味を好むマサキは紅茶を飲むときだけ甘めのものをよく口にした。だからだろうか。マサキは紅茶と相性のいいチョコを贈ると約束してくれたのだ。あのがさつなマサキがである。プレシアはもう跳び上がって喜んだ。
「じゃあ、あたしもお兄ちゃんにチョコレートあげるね!」
 そうして二人でチョコレートを探し歩いたのがつい先日。今シュウが手にしているチョコレートはそのときマサキがプレシアにプレゼントしたチョコレートと同じものだったのだ。
「ああ、そういう……」
 同じチョコレートとはいっても厳密にはカカオの濃度が違うのだがそんなさまつなことはプレシアにとってどうでもいいのだろう。重要なのはシュウがプレシアと同じチョコレートを持っている。この一点に尽きるのだから。
「とはいえ、これは私がもらったものですから、たとえあなたの機嫌を損ねたとしても手放すことはできませんよ」
「それくらいわかってるわよ。もう、最悪!」
 ぷいと顔を背けそのまま駆け去っていく。残されたシュウはただ口許を緩めるばかりだ。
「本当に兄妹そろって可愛らしい」
 手にしたチョコレートに目をやりもう一度シュウは口許をほころばせた。

 声をかけられ何事かと背を向けば投げ渡されたのは一枚の板チョコ。
「ほい、これお前の分な」
「私の分ですか?」
「日頃世話になってる連中に配ってるんだよ。プレシアもはりきってるし、おれも礼はしとこうと思ってよ」
 右手には数枚の板チョコ。左手にはこれから内輪で分けるらしい大小様々なチョコがみっしり詰まったビニール袋。
 なるほど、義理チョコか。
「それで私には板チョコ一枚ですか」
 一口サイズの義理チョコに比べれば破格の扱いだと思う。しかし、いくら見返りを求めていなかったとはいえ日頃の苦労に対する返礼が板チョコ一枚とは何ともつれない対応ではないか。
「まあ、あなたらしいといえばあなたらしいのですが」
 デリカシーと万年別居生活を送っているマサキに感情の機微を求めるのは酷な話だろう。そのときはそう思っていたのだが。
「これをわざわざ、あなたが自ら探したと」
 よくよく見れば見覚えのあるブランドだ。品薄なことが多いのによくも見つけたものだ。それも二枚。妹と自分のためのマサキが用意したこの世でたった二枚の板チョコ。こんなことならプレシアにマサキの様子を詳しく尋ねておくべきだった。きっと微笑ましい光景だっただろう。
「となれば、こちらも誠意を尽くすのが筋でしょう」
 紅茶を飲む時に彼が好む味の傾向は把握している。善は急げ。
 たった一枚。けれど何よりいとおしい一枚。この一枚に勝るものは何だろう。実験以外で頭を悩ませることがこれほど楽しいのはいつぶりだろうか。
 はやる気持ちを抑えながらシュウはなじみの高級食料雑貨店へと踵を返すのだった。

タイトルとURLをコピーしました