Meow meow

短編 List-1
短編 List-1

 何とはなしに出かけた先でいつものごとく迷子になって途方に暮れる。仕方がないので一休みにと名も知れぬ街へ降りてみればやはりここでも迷子になった。お約束の流れではあるけれどそろそろちょっとくじけるかもしれない。
 運良くたどり着いた喫茶店でクリームソーダに現実逃避していると窓ガラス越しに自分の名を呼ぶ使い魔たちの声が聞こえてくる。
「え、何してんだお前らっ⁉︎」
 声がひっくり返るのもむべなるかな。
 赤いリボンがトレードマークの黒猫——クロの隣には手のひらに収まるほどに小さな子猫を口にくわえた白猫——シロがいたのだから。
「迷子にゃのよ。母親とはぐれたみたいにゃの。マサキも手伝って欲しいにゃ!」
「いや、手伝ってっておれにどうしろってんだよ」
「とりあえず、早くこの子を受け取ってにゃ!」
 目を離すとすぐに逃げ出そうとするから。叱咤され慌てて店を飛び出すとマサキは受け取った子猫をひとまずジャケットの中に放り込む。これならそうかんたんには脱走できないだろう。
「一匹だけで街の中をふらふらしながら歩いてたんだにゃ。近くに親猫はいにゃかったからきっとはぐれたんだにゃ。早く探すんだにゃ!」
 ここまで子猫をくわえて運んできたシロは鼻息荒く主張する。どうやら子猫に「お兄ちゃん」と言われたらしく一時的に舞い上がっているらしい。
「マサキにそっくりにゃ」
 クロ曰いわく妹のために奔走する姿がそっくりらしい。
「でもよ、探すにしたってどこを捜しゃいいんだよ」
「その辺を歩き回っていればいいんだにゃ」
「そうにゃ。マサキは歩き回ってたらだいたい何とか解決するにゃ」
「お前らおれを何だと思ってんだよ……」
 しかし、現状、使い魔たちの言葉通り子猫を抱えて歩き回るしかない。幸いこの街は猫に寛容であるらしくあちらこちに猫の姿がある。協力を仰げば手を貸してくれるだろう。
「それにしても猫好きな奴が多いんだなこの街」
 まさか鮮魚店のど真ん中で昼寝をする猫の親子がいるとは。しかも誰一人としてそれを咎める様子がない。それどころか買ったばかりの魚の切り身を分け与える客までいるくらいだ。
 比喩でもなんでもなく本当にどこを見ても猫だらけだった。書店をのぞけば本棚の中に居を構えカフェをのぞけばそこここのテーブルやイスを我が物顔で占拠している。通りを歩けばあちらこちらに住人手製の「猫の家」と昼寝注意の立て看板。ひなたぼっこ中の猫の前では人間同士の喧嘩は御法度らしい。猫の昼寝は銀貨よりも尊いのだ。
 ジャケット中で子猫がみぃみぃと鳴き始める。狭苦しい場所から出たいのだろうか。
「たぶん、お腹が減ってるんだにゃ」
「ああ、そういうことか。でも、キャットフードってどこで売ってるんだ?」
「だいたい食料雑貨店で売ってるんじゃにゃいか?」
「もともと猫が多い街にゃ。街の人に聞いてみるにゃ」
 それもそうだと目に入った書店で尋ねてみれば当たり前のよう差し出された皿いっぱいのキャットフード。差し出した店主も満面の笑顔だ。
「……マジか」
 何という猫ファースト。
「はぐれたのかい? なら公園に行くといい。街の猫の多くは公園生まれだから」
「ありがとよ!」
 満腹になって眠気が来た子猫を再びジャケットに放り込み公園へと足を向ける。店主からオマケだと魚の切り身までもらってしまった。
「公園はこっちなんだにゃ」
「早く行くにゃ」
 先導を使い魔二匹に任せジャケットの中の子猫を起こさないようにゆっくりと歩く。胸の辺りがじんわり温かい。こちらまで眠くなりそうだ。
「…………この中から探せと?」
 たどり着いたのはほぼ街の中央にある公園。どこを見ても猫猫猫とまさに猫の王国状態。
 公園内にはキャットフードを盛られた皿がいくつも置かれ管理人とおぼしき人間たちが猫の糞尿の処理に精を出している。
 学校の課外活動なのだろう。小さな子どもたちを連れた教師が餌のやり方と公園内の清掃について説明している声も聞こえてくる。
「げっ‼」
 魚の匂いをかぎつけたのだろう。気づけばマサキの足下には十数匹の猫が群がっていた。しかもうち数匹はマサキの背中に張りつき、さらにその中の一匹はマサキの頭にしがみついてにゃあにゃあ鳴き出す始末。猫の食欲恐るべし。
「ってぇっ⁉︎」
 餌をよこせと噛みついてくる猫たちに容赦はない。特にマサキの頭に張りついた茶トラは全力で爪を立ててくる。
「ああ、もう。わかった。わかった。好きなだけ食え、ちくしょう!」
 もらった切り身を力いっぱい放り投げる。瞬間、猫の形をした食欲の権化が一斉に地面を蹴る。さながら弾丸だ。野良猫の食欲とはここまで強烈なものか。あまりの迫力にマサキは呆然としてしまう。
 直後、ジャケットの中で一眠りしていたはずの子猫がひときわ大きな鳴き声を上げる。何事かと周囲を見渡せばこちらをじっと見つめる白猫と目が合った。
「あ……」
 親猫だ。すぐさまジャケットから子猫を出して手を離す。一直線に白猫へと駆け寄る子猫。
「再会できたんだにゃ」
「良かったにゃ」
 これで一安心だ。と踵を返せば足下にちょこんと座るサバ柄の子猫と視線がぶつかる。
「何だお前?」
 座り込み目線を合わせる。切なげにこちらを見上げてくる子猫の肩越しに見えるのは二皿のキャトフードを独り占めする大柄な三毛猫の背中。
「なるほど。ったく。年食ってんならガキに餌分けるくらいの度量を持ちやがれ」
 片手で子猫を拾い上げると件の三毛猫のもとへ。
「独り占めしてんじゃねえぞ」
 首の後ろを正しく猫づかみ。子猫が頬張るように食べ始めるのを確認してから地面へ放す。懲りずに皿へ近寄ろうとすれば独り占めは許さないとマサキが仁王立ちで行く手を阻む。
 気づけば子猫の食事が終わるまで見張り番をする格好になっていた。
 それから数匹の子猫にじゃれつかれながら公園の木陰へ。正直、あちらこちらを歩き回って疲れてしまったのだ。もともと急ぎの用事があるわけでもない。なら一休みくらいはいいだろう。木陰に座り込み肩の力を抜けば自然とまぶたが下りてくる。思いのほか疲れていたらしい。体のあちこちが温かい。毛玉の襲撃だった。うっかり寝転がったらどうするつもりなのだこの毛玉どもは。
「危なくなったら逃げろよなぁ……」
 気づけば腹に登って丸くなる剛の者まで。本当にこの街の猫は人なつっこい連中ばかりだ。

「さて、そろそろ彼を返してもらいましょうか」
 大小の猫たちを抱える格好で地面に寝転がる青年。声をかけても起きる気配はない。だが、青年の周りで午睡を堪能していた猫たちは耳をぴくぴくさせて声の主を見上げる。
「みゃう!」
 抗議の鳴き声であった。それに同調するかのように一斉に猫たちが鳴き始める。何匹かは眠る青年の胸に背中にくっついて抗議の大合唱だ。彼は人だけでなく猫までたらしこむらしい。
「気持ちはわかりますが、お断りします」
 彼はあなた方のものではありませんよ。そう笑ってそっと抱き上げる。やはり起きる気配はない。
「もちろん、私のものでもありませんが」
 目が覚めたときそこは公園の木陰ではなくとある高級ホテルの一室であった。誰が連れてきたかなど問うだけ時間の無駄であろう。サイバスターはと聞けばグランゾンで牽引してきたという。
「腹が減った。何か食うもんねえか?」
「ありますよ。もともとあなたにプレゼントしようと思っていましたから」
 すっと差し出された大きめの皿を飾っていたのは。
「……これは何だ?」
「見ての通りのものですが?」
 猫耳のついた食パンに猫の形にくりぬかれたバームクーヘンと肉球の形をしたピンクの饅頭。イチゴ味らしい。さらにはチョコとビスケットとチョコクリームでコーティングされた手のひらサイズの猫ケーキ。それも白猫と黒猫の二種類。
「何で猫?」
「猫の日ですから」
 猫といえばあなたでしょう。それはそれは楽しそうにのたまう元大公子に途轍もない脱力感を覚えながらマサキは差し出されたバームクーヘンに勢いよく噛みついたのだった。
「にゃあ」

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