It’s that simple.

短編 List-1
短編 List-1

 度重なる薬物投与と洗脳による狂気の果てに死徒と成り果てたかつての人間たち。
 今や彼らに四肢はなく黒く焼け焦げた首には断末魔の名残すらない。切り落とされた四肢の断面は実に見事なもので医学的資料としては最高の仕上がりではなかろうか。
「よくバッティングしますよね。もう一種の運命じゃありませんか?」
「そんなものはこちらから丁重にお断りしますよ」
 やたらとかしましいローシェンの目の前には主人の腕に抱かれて寝気を立てる一人の青年。つい先程「後片付け」に入ろうとした直前で偶然出くわしてしまったのだ。
「疲労の色が濃かったことですし、このまま外で休んでいてもらいましょう」
 主人の機嫌はあからさまに悪くなっている。
「まあ。正直、見られたくはないですよね、これは」
 ローシェンの主人は残虐ではなかったが冷酷ではあった。それが問題解決への最短距離であれば躊躇なく実行する。たとえそれが一方的な殺戮行為であったとしても。
 火と水の理では対象以外に被害が発生しやすい。大地にしてもそうだ。ゆえに一番使い勝手のいい風の魔術を主人は好んで行使した。特に対象を「斬る」という点において重宝したのだ。加えて術に必要な要素に事欠かないというのも大きかった。
「チカ、あなたは念のためにマサキについていなさい。当分、目を覚ますことはないでしょうが」
「了解しました。なるべく急いでくださいね、ご主人様」
 冷酷な主人ではあったがさすがに彼の前では後ろめたさが勝るようだ。
「まあ、そうでしょうねえ」
 主人の腕の中で眠っているのは風の精霊王サイフィスに選ばれた風の魔装機神サイバスター操者マサキ・アンドーである。その彼の目の届く場所で風の魔術による殺戮が行われたなどと知られた日には。
「とはいえ状況が状況ですから引っ叩かれることはないと思うんですけど。記憶に手を加えたわけでもありませんし」
 どちらかといえば魔術を使ったことよりも黙っていたことに腹を立てるだろう。彼とて今やひとかどの戦士である。軀の山に泣き叫ぶ幼子ではない。
「……とはいえ、さすがにちょっとこれはねえ?」

 血が踊る手足が踊る絶命に。
 血がけぶる苦鳴がつま弾く凄絶を。
 ああ、宙を舞うのは焦げて間もない頭蓋ばかり。

 あれほど酸鼻極まる光景はそうそうお目にかかれるものではない。目にせずにすむのなら見ないほうがいいだろう。だいたい戦士に必要なのは揺るがぬ覚悟であって屍山血河に目を慣らすことではないはずだ。
「そもそもご主人様の場合、後ろめたいというより」
 とても単純な話なのだ。

 部屋の外、なるべく扉から離れた場所にマサキを横たえてシュウはすぐさま踵を返す。司法機関に引き渡すべき連中は死なない程度に痛めつけて放り出してある。マサキが来ているということは軍あるいは司法機関関係者も到着しているはずだ。そうそうに引き取ってくれるだろう。だが、もはや手遅れとなった連中は別だ。あれはもう物理的な接触自体が自殺行為に等しい。
 度重なる薬物投与と十重二十重に施された洗脳。そして全身に刻み込まれた十数を超える呪詛。彼らは一種の爆弾であった。対象を道連れに爆発し吹き飛んだ血肉に触れた人間を蝕んでさらなる呪いをまき散らす。彼らは死をただひたすらに死を量産するために純化された害悪であった。そんなモノが社会に放たれれば混乱は必定。万が一これが大都市圏で強行されようものなら被害は甚大だ。都市機能の麻痺どころか最悪壊滅しかねない。
 「工場」は地下にあった。予想していたよりずいぶんと広い。「材料」の質は玉石混交であったが資金に関しては思いのほか潤沢であったようだ。
「まったく、労力を尽くすのであれば別の方向に尽くせばいいものを」
 もとより破壊神ヴォルクルスを信奉する連中だ。呆れるだけ時間と労力の無駄であろう。とはいえこうもしつこいといい加減ぼやきたくもなる。
 製造途中の「仕掛品」はおよそ五〇体。調整がすんだ「完成品」については三〇体程度だろうか。併せて三桁代に達していないのは幸いだった。入り口はすでに封じてある。この場で調整作業に従事している程度の魔術師では到底開封は不可能だ。退路は断った。ならばあとは全力で障害を排除するのみ。かける情けはない。それは「命」にかけるものであって人の形をしただけの害悪にかけるものではないからだ。
 風が疾風る。冷酷と死をもって。刹那、十数個の首が飛んだ。そして一斉に燃え上がる。あっという間に皮膚は焼け落ちくすぶる頭蓋の群れが床に跳ねて転がり回る。
 押し寄せきた「完成品」の首を一通り刎ねてから四肢を落として様子を窺う。気勢を削ぐには十分な数だ。いくら死を怖れぬとはいえ連中も無駄死は避けたいだろう。信奉する神に「意味のある死」を捧げることが彼らの目的なのだから。
「さて、施設の破壊は到着した責任者たちに任せておきたいところですが」
 うかつに踏み込まれて「感染」されても困る。
「やはり、こちらで片付けておきましょうか」
 幸い工場内の設備だけで十分な燃料になる。
「急ぎの用がありますので、私はここで失礼しますよ」
 振り上げた手で空をなぎ払う。工場内の設備の一部が真一文字切断されその周辺にいた「仕掛品」と技術者たちの首が飛ぶ。走る閃光、吠え猛る爆炎。殺意の焔は瞬く間に連鎖し閉じられた地下世界に慈悲なき炎獄を招き入れる。
 血と肉が焦げる匂いが鼻を突く。万全の「完成品」はすでにない。執念深く追いすがろうとした者はたった今首を刎ねあるいは四肢を切り落とした。
 加熱消毒は十分だろう。工場内の酸素が消費されつくす前にシュウは踵を返す。念のため扉の封は二重に。爆発が建物の上階に影響を及ぼすことはないだろう。入手した設計書にそれを考慮して計算された痕跡があったからだ。あとは工場以外の痕跡を消すだけだったがそれは叶わなかった。
「よお、ちょぉっと面貸せや?」
 それはそれはご立腹な「風の大魔神様」が立ちはだかったからである。

「お前とおれたちじゃあそもそもできることが違うし、実際、お前のほうがずっと何でもできるんだろうけどよ」
「……」
「でもな、せめて顔を合わせたときくらいだんまりはやめろ。やることなすこといちいち派手なんだよ、お前。余計な誤解が増えるだけじゃねえか」
「誤解と言ってもいまさらですけどね」
「開き直ってんじゃねえ!」
 少しは心配する側の苦労を理解しろ。
「心配ですか?」
 意外な言葉を聞いてしまった。思わずオウム返しになる。
「何でそんな意外そうな顔すんだよ。するだろ、普通。お前のとこだってモニカやサフィーネがスゲぇだろうが」
 振り返る。たしかに彼女たちはいろいろな面でかしましい。だが、まさか彼からそんな言葉を聞けるとは思わなかった。皮肉ならまだしも。
「……あとな、あれ見た」
 視線が指すのは開け放たれた扉の向こう。なぜ封をしていかなかったのか。後悔先に立たず。彼に見られてしまった。彼を慈しむ「風」による殺戮の執行を。
「正直、お前のやり方は理解できねえし許す気もねえ。ただ、おれたちとお前じゃ見えてるもんが違うってのはわかる。だから、あれがお前なりのやり方なんだろ……」
 それが悔しい。悔しくて仕方がない。もっと他にそう最優の選択肢を見いだすことができればきっと変えられるものは多くあったはずなのに。
「でも、そうじゃない方法があるなら今度はそっちを選べよな」
 口をへの字に曲げてつっけんどんに言い放つ。
「……軽蔑はしないのですか?」
「は?」
「いえ、あなたからすればとても不快なものを見せてしまった自覚はありますから」
 彼と彼の愛機を守護するものを血にまみれさせたのだ。到底、張り倒される程度ではすまないだろう。
「お前、おれに喧嘩売るつもりであんなことしたのかよ」
「そんなはずないでしょう」
「だったらいい。まあ、本音を言ったらムカつくしぶん殴ってぶっ飛ばしてえけどよ。お前はああするべきだと思ったんだろ。そもそもおれはお前じゃねえんだ。理解できねえからって全部が全部否定はしねえよ。……少なくともお前はお前なりの最善を実行しただけなんだろ」
「……ええ」
 よくよく注視すれば目許が少し赤い。腫れているのだ。泣いたのだろう。最優の選択肢を見いだせず凶行を止められなかったおのれの無知と無力を恥じて。
「心に留めておきます」
 悲しませるのは本意ではない。
 建物の外にマサキを送り、仲間たちと無事合流したのを見届けるとシュウもまた足早に己の愛機へと歩みを進める。
「よかったですねえ、ご主人様」
 どこからともなく顔を出したチカにシュウはややきつい視線を向ける。
「何がですか?」
「え、だって杞憂で済んでよかったじゃないですか」
 今までずっと気が気でなかったくせに。そう煽るチカの視線は実にいやらしい。
「好きな子に嫌われずにすんでよかったですね!」
 そう、とても単純な話だったのだ。

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