当人たちに自覚がないだけで需要は大いにあったのだ。だからこそ起きた場所をわきまえぬ迷惑・違法行為の数々。微々たる苦労で莫大な利益が手に入るのだからこんなに旨い話はない。ネタが尽きれば最悪改竄データで稼ぐだけ稼いで国外にでも逃亡すればいい。
彼らは若く未熟であった。そして、不幸にも中途半端に実力があった。くじけるべきタイミングを見いだせぬまま成長してしまったのだ。彼らは知らなかった。利益目的で手を出した相手の背後に誰がいるのか。
無色のカーテンの向こうで彼らを待ち構えていたのはネット界に悪名高き才媛だけではなかった。ラ・ギアス全土を震撼させた背教者という最悪のアシストも控えていたのである。
「あ、これ死んだわ。馬鹿ね、せめて相手を選びなさいよ」
気分転換のハッキングでネットワークの海を満喫していたセニアはある程度予測していたデータに呆れて声も出なかった。
それはいわゆるゴシップ誌の写真集であった。ご丁寧に紙媒体への出力用に変換されたデータまで添付されている。その上どこで収拾したのか音声データまで。たっぷり数時間分はある。
「ほんと馬鹿じゃないの。努力する方向性を見直しなさいよ」
連中にとっては涙ぐましい努力の結晶なのかもしれない。だが、その対価は非情だ。この世には禁忌が存在するのである。
盗撮・盗聴・AIによるディープフェイク。内容が内容だけに需要は多いにあるだろう。年齢性別を問わずいつの世でもゴシップは蜜の味だ。
「テュッティに関してはあたしが対応するとしてマサキはあいつに丸投げね。さすがに加減はするでしょうけど。まあ、真っ当な余生は来世に期待することね」
ネット界隈で密かに出回っていたそれこそ魔装機神操者を対象としたゴシップたっぷりの写真集であったのだ。
ターゲットとなったのはテュッティとマサキの二人だった。テュッティはその容姿から多くの男性ファンを獲得していた。それだけでなく女性ながら戦場に立って味方を癒やし男性陣をも圧倒する槍さばきで敵をなぎ払うその姿は特に男尊女卑が色濃く残る階級社会の女性たちに大きな勇気を与えていたのだ。
対してマサキはそのたいそうな肩書きに似合わぬざっくばらんな性格と常に先陣を切って縦横無尽に戦場を駆ける勇姿が相まって特に市民階級からの支持が多かった。ファン層の男女比率もそれほど大差なくほぼ半々に近かったのだ。ちなみにちびっこたちからの支持率も四人の中ではぶっちぎりのトップであった。お兄ちゃんは強かったのだ。
「まあ、今のところ深刻な実害は出ていないからいいけれど、この手の連中は放置しておけばどんどん過激になっていくから早めに手を打っておいたほうがいいわ」
今後予想されるであろう非常に過激な捏造「証拠」の数々を突きつけられテュッティとマサキは震え上がった。二の句が告げないなどというレベルではない。もはや殺人級の捏造である。しかも動画と音声付きだ。仮にこの「証拠」が世に放たれた場合、果たしてこれを偽物だと証明する手立てはあるのだろうか。
「正直、不可能に近いわ。人間は自分が信じたいものしか信じない生き物よ。たとえ真実が別にあったとしても真実より真実らしい作り物があってそれが自分にとって好ましければ多くの人間はそれを信じるわ」
だから早急に根絶しなければならない。
「とにかくこれ以上連中に餌をばらまくわけにはいかないの。だから、任務中は仕方ないにしてもそれ以外の時間はこちらが指定する場所に一時的に避難してもらうことになるわ」
避難先はラングラン政府が用意したセーフハウス。同じ魔装機神操者でも今のところ目立った被害が出ていないヤンロンとミオはマサキとテュッティが不在のゼノサキス邸にしばらく留まることとなった。
「あーあ、もったいない。データ全部消してしまってよかったんですか、ご主人様」
「必要ありませんからね」
捏造されたデータはもちろん紛れもない事実を記したデータもシュウにとっては無用の長物だ。いまさら手に入れる価値もない。
「それより、あなたはもう少し静かにしていなさい。起きたらどうするつもりですか」
背に目をやればそこにはシーツにくるまった件の人物がすやすやと寝息を立てていた。枕にしているのシュウの外套だ。なだめすかしているうちに引っぺがされてしまったのだ。
連日のゴシップ騒動で心身を疲弊したマサキをセニアからの依頼で引き取ったのはつい先日のことだ。正直、シュウとしては事態が悪化する前に元凶を一掃しておきたかったがそれは事前にセニアから制止されていた。彼女はひねくれ者の従兄弟の気性をよく理解していたのである。何せ事が事だ。犯人を突き止め次第、ラ・ギアスに血の雨が降るのは目に見えていた。
ゆえにシュウは平和的解な解決策を取った。それは何か。情報提供である。
まずは犯人たちのライバル組織。そして彼らと提携している本職の「掃除屋」に事細かな「履歴書」を送付した。いわゆるダークウェブ界隈にも懸賞金をかけた。もちろんきちんと支払いは準備してある。有益な情報が提供され情報提供者が懸賞金の受取手続き完了すると同時に彼らの情報もまたシュウの手に落ちる手はずになっている。今後は良い友人関係を築けることだろう。
最後は一線を越えてしまったファンたちへ。彼らの熱意はもはや一種の信仰に等しく狂気の隣人であった。放っておいても彼らは自主的に「不心得者」の排除に動くだろうがそれならば早々に動いてもらったほうがいい。もちろん要注意人物の大まかなデータはすでにセニアに転送ずみである。
地上人でありながら偉大なる精霊王の加護を得てその絶大な力を振るうことを許された人間。精霊への信仰が篤いラ・ギアスにおいてそれがどれほどの奇跡であるか。マサキたちは夢にも思っていないだろう。ごく一部の人間たちにとって魔装機神操者はもはや神の使徒に近しき人間であったのだ。ましてや魔装機神隊の旗印であり風の精霊王が長らく求めたサイバスターの操者ともなれば。
「信仰心が篤いことはいいことですね」
「……ご主人様、顔。真顔。目がマジ。マジのガチ。嘘偽りなく超怖いデス。いっそ泣きたい」
さすがに現実世界の物理媒体まで削除することは不可能であったが電脳世界におけるデータの削除についてはある程度めどが付いた。
シュウの手元の端末に走るプログラム名は【黒魔術師】
地上におけるコンピューターワームにラ・ギアスの魔術を付与した呪術プログラムだ。普段はただの無害な断片データだが特定のキーワードに触れた瞬間本体が展開され当該データを破壊する。プログラム——魔術発動にさいして必要な魔力は「感染者」から強制的に奪い取り以後「感染者」は無自覚のまま積極的にワームを拡散していく。半永久的に拡散されつづける情報を半永久的に駆除しつづけるには単体で自己増殖が可能なコンピューターワームの形態が最適だったのだ。
写真集データの販売元サイトはすでに削除されていた。だが【黒魔術師】の拡散作業もある程度は終えている。後日連中がまた似たようなことを企てたとしても【黒魔術師】による妨害が少なからず入るだろう。
「愚かなことをしたものです」
潔く自分の手にかかっていればもう少しましな最期を見られただろうに。まったく、セニアも酷なことをする。否、彼女はむしろシュウの行動に期待していたのかもしれない。魔装機神操者あるいは魔装機神隊にとってまだ見ぬ有益な支持者を探り当てるのではないか、と。
「相変わらずしたたかな女性ですよ、あなたは」
くっくと喉を鳴らしてから端末をテーブルに置いて席を立つ。向かう先は数歩先のソファ——に眠るマサキだ。
新たに発売された写真集にはマサキがラ・ギアスに召喚された経緯についても詳しく触れていた。テロによって一瞬で両親を失い天涯孤独となった末に召喚され、のちにゼオルートの養子となるも今度はその養父を目の前で背教者に殺されてしまった。何たる悲劇だろうかと恥知らずにも声高に書き立てたのだ。いらぬ憶測まで添えて。そしてそれはテュッティも同じであった。一方的に惨殺された家族。そして恋仲を噂されていた先のザムジード操者までをも同じ犯人に殺害された理不尽。多くの読者がその一連の悲劇に食いついた。
一方的に肉親縁者を奪われた理不尽な記憶。それを無遠慮に踏み荒らされて誰が平静でいられよう。シュウが迎え入れた時点ですでにマサキは声を荒げることもできないくらいに憔悴していたのだ。
「遠慮なく受け取りなさい、私たちからの【最高のプレゼント】を」
そして存分に思い知るがいい。彼らの傷跡を土足で踏みにじった対価——その罪科の報いを。
起きる気配のないマサキを抱き上げゲストルームへ移る。ベッドに横たえサイドテーブルの時計を見ればそろそろ夕方だ。心的疲労は軽視できない。少し早いがこのまま眠らせておこう。
「おやすみなさい」
明日、目覚めたあなたにどうか笑顔があるように。
