CAT ISLAND

短編 List-1
短編 List-1

 本日三月一四日。
 日本某県某島。通称「猫島」埠頭にて日本出身ラ・ギアス在住の風の魔装機神サイバスター操者マサキ・アンドーは非常に気まずい雰囲気に見舞われていた。原因は八センチ頭上からマサキを見下ろしてくる視線である。
「猫島ですか」
「猫島なんだにゃ」
「猫島にゃのね」
 プラス八センチ頭上の世界からマサキを見下ろす男——シュウ・シラカワのつぶやきに合いの手を入れるのはマサキの使い魔であるシロとクロだ。
 現在、二人と二匹の足下には十人十色という字面を体現するかのような数十匹の猫たちが自由気ままに己の人生を謳歌していた。
「しかし、なぜ猫島に?」
「シュウが知らなくてマサキが知ってそうな場所だと思ったからなんだにゃ」
「ここならいくらマサキでも迷子にならないにゃ」
 島の住人は一〇〇人前後。リモートワークが当たり前になった当世では奇特な移住者や長期滞在者も意外と多く住人の二割は三十代から四十代だ。規模は小さいが商店もある。国内以外に海外からの観光客も一定数いるからかフリーWi-Fiも完備されていた。人工衛星を経由するブロードバンド接続なので電源と最低限の設置スペースさえ確保できればたとえ自然災害のさなかであっても安定した通信環境を維持できるそうだ。
「……ラ・ギアスだとお前あちこちから恨み買ってるじゃねえか。いくら【認識阻害の魔術】があるからって万能じゃねえし。でも、地上ならそんなもん気にする必要はねえだろ」
 どうあがこうと連中には地上まで追いかけてくる術などないのだから。
「でも、お前、有名なとこは全部行ってそうだし、お前が知らなくて俺が知ってそうなとこって……、あんまり思いつかなかったからよ」
 海外はそもそも言語の壁を超えられなかった。となれば残る選択肢は日本国内のみ。だが、日本国内といってもやはり名勝はすべて把握されているだろう。
「その結果が『猫島』ですか」
「真面目に悩んだ結果なんだにゃ」
「本当に大変だったにゃ。察してほしいにゃ」
 そう、ちゃんと下調べもしたのだ。迷子にならないように基本一本道であることも確認したし空き家を改装した休憩所と規模は小さいがきちんと商店があることも足を向けて確かめた。ついでにクロとシロのお土産用に猫の餌も買った。
 気づけばいつもエスコートされる側だった。子ども扱いされているわけではない。それは理解している。実際、シュウに任せておくのがほとんどの場合において最優の選択肢だった。だが、それでも悔しさは募る。
「そうですね。さすがに私も猫島までは思いつきませんでしたよ」
 素直に感想を口にすればつり目気味の大きな目が驚きと歓喜に見開かれる。まんまるという言葉がこれほどぴったりな様もないだろう。ああ、これは確かに猫だ。気まぐれで短気でプライドが高くけれどとても愛らしい孤高の猫。
「では、今日は一日あなたにガイドを任せしましょう」
 小さな島だ。足下を埋める野良猫たち以外に案内できるようなものなど何もないだろう。
「おう、任せろ!」
 けれど彼の目が見る【世界】はシュウにとって未知の領域だ。極東の小島にもきっと何か有意義なものを見いだせるだろう。

 彼は興味のあることに対しては非常に勤勉な人間であったようだ。
「もともとこの近くの海でめずらしい魚が獲れてたらしくてよ、それを目当てに人が集まってきたのが始まりなんだと。でも、途中で気候変動? 何かその辺が原因で環境が変わっちまって目当ての魚が獲れなくなってさ、それからどんどん人がいなくなっちまったらしい」
 シュウの数歩先を歩くマサキは真っ直ぐ伸びる道をずんずん進んでいく。その足下には親子と見られる成猫と子猫がまるで付き従うように歩いている。おそらく目当てはマサキが肩にかけているトラベルバッグの中身だろう。
 シュウはシュウで先程からずっと数匹の猫たちに外套コートの裾を玩具にされてる状態だ。万が一よじ登ってこられたらどう対処すべきか。おのれの使い魔はともかく小動物はとても脆弱だ。ましてや子猫ともなれば。振り払うにしても加減を間違えて傷つけてしまわないだろうか。
「正直、この島は運が良かったんだよ」
 マサキの声にわずかな影が差す。
 減るばかりの人口。漁業以外にまともな仕事もなくコンビニもネット環境もない。学校、診療所は言わずもがな。こんな場所に誰が好きこのんで移住など望むだろうか。だが、避妊手術をされていない猫たちは凄まじいスピードで繁殖しあっという間に島の人口を上回った。
 猫島自体は日本国内に数カ所あるが過去には高齢者ばかりの島民十数人に対して猫の数が二〇〇匹超と完全に環境が崩壊してしまった島もあったのだ。
「SNS経由でここを知った海外の観光客の中にさ、スゲえ金持ちがいたんだよ」
 富豪は世界の長者番付の常連であった。そして幸運なことに一家そろって大変な愛猫家であったのだ。彼らは島の環境整備のための資金援助と動物保護団体への寄附を惜しまなかった。
「ああ、それでこうも環境に恵まれているのですか」
 島と本土を繋ぐ船は小型船とはいえ島の財力では到底手が届かない最新型だった。援助は今も続いているのだろう。
「だから、ここには小さいけど商店ができて空き家を直した休憩所もいくつかある。泊まろうと思えば泊まれるらしいぜ。まあ、事前に手続きが必要らしいけどよ。でも食事は自前な。ここには食堂なんてねえんだから」
 観光客の中には定期的に餌を寄附してくれるグループもあるらしく島の清掃や餌やりを率先して手伝ってくれるらしい。
「ここに来る連中はもともと猫好きだし、どうしたってじいさん、ばあさんの数が多いから見るに見かねてってのもあるんだろうけどよ」
「まあ、あんたまた来てくれたんか!」
 前方から歩いてきた七〇過ぎと思われる老婆がマサキを見るなり嬉しげに手を振ってくる。
「店に新しい饅頭が入ったから食べてみんさい。おいしいよ。この間は手伝ってくれてありがとうねえ!」
 そう言って笑顔で通り過ぎていく。
「……」
「帰りに寄ってみましょうか。私も気になりますから」
「……ぉぅ」
 耳が赤くゆであがったように見えたのは単なる気のせいだろう。シュウは賢明であった。ふと身に覚えのある不快感が指先をかすめる。
「マサキ、先に休憩所で待っていてもらえますか。少し確認したいことができました」
「確認したいこと?」
「覚えのある植物を道中で見かけたのですよ。環境的にこの辺りでは自生していないものでしたから」
「お前ってほんと何でも知ってるな。いいけどなるべく早めに来いよ。でないとお前の分の弁当、俺たちで全部食っちまうからな」
「確認するだけですからすぐに追いつきますよ」
 そして踵を返す。歩みを進めることわずか数分。
「何をしているのですか?」
 冷え切ったその声音は身を裂く寸鉄そのものであった。

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