しくじった。もとから計画していたのだろう。任務の帰りいつも通り道に迷っていたところを狙い撃ちにされたのだ。聞いた覚えもないどこぞのテロリストだった。相手の技量からしてかんたんに回避できる程度の攻撃だったが不運にも状況がそれを許さなかった。背後に小さな村があったのだ。距離にして精々数百メートル。回避すれば衝撃と熱波は確実に村を吹き飛ばすだろう。相手の兵装からしてそれは確実だった。ならばすべて叩き落とすしかない。
多勢に無勢。背後に村があるとわかった以上もはや動くことはできない。間断なく打ち込まれるミサイルを叩き落としながら反撃の機会をうかがう。
幸い相手側もこちらの兵装については把握しているらしく接近戦を仕掛けてはこなかった。しかし、それだけに中距離からの攻撃は絶え間ない。とはいえ機動力は圧倒的にこちらが上だ。相手の陣に突っ込みサイフラッシュを発動すればおそらく一網打尽にできるだろう。だが、今は人命がかかっている。うかつな行動は許されない。背後を取られればそこで一巻の終わりだ。
防戦は十数分以上におよんだ。歯を食いしばる。加速度的に削られている体力。極限まで張り詰められた神経は今にも千切れ飛びそうだった。このままではじり貧だ。マサキは腹をくくる。
「シロ、クロ。フレームにひびが入ってもかまやしねえ、限界ぎりぎりまで出力を上げろ。突っ込むぞ!」
決して軽くない被弾状態からのフルスロットル。迎撃も回避の余裕も与えない。射程・魔力・プラーナそのすべてを最大値に設定。そして、目標地点に到達と同時にサイフラッシュ。それは圧倒的火力による一方的な殲滅だった。
「……やったか?」
レーダーから機影が消滅したことを認め、うかつにも気が緩んだ。
「貴様も道連れだ、魔装機神っ‼」
人間の執念は時に死すら覆す。背後に張りついた爆発寸前の機体は二機。間に合わない。衝撃が背中を抜けて内臓を直撃する。意識と同時に視界も飛んだ。そして、スクリーンが紺青に染まる。
コクピットごと引きずり出されたのだと理解したのは何分後のことだったろうか。頭上で飛び交う怒声と罵声と悲鳴。発生源はサブモニターの向こう側だ。妙に聞き覚えがある。あれは決して怒らせてはいけない人間たちの声だ。
「何だよ、うるせえなぁ……」
「なら、そのまま寝ていなさい。セニアが近くの州軍病院を手配してくれましたからこのまま向かいますよ」
ずいぶんと焦った声に聞こえる。常に泰然自若としていけすかない男が何をそんなに焦っているのだろう。何だか面白い。
ふと気になって頭上を仰ぐ。そういえば今自分は男の膝の上で抱えられていたのだ。白い外套はあちこちが血で汚れている。後日クリーニング代を請求されたらいくらくらいになるだろうか。
「何だお前、その顔」
そんな場合ではないとわかっていても笑いがこみ上げる。
「泣きそうな顔してやんの」
変な顔。けれど少しほっとした。この男にも人間らしい顔ができたのだ。
「あなたはもう黙っていなさい!」
怒られた。本当におかしくてたまらない。
「お前、ほんとわけわかんねえなぁ……」
視界がゆっくりと暗くなっていく。次に目が覚めたときこの男はまだ目の前にいるだろうか。それだけが少し気になった。
「人を勝手に殺すんじゃねえよ」
思いっきり顔をつねってやろうと思ったのだ。
「お前を置いてどこかに逝ってる余裕なんざ、あるわけねえだろうがっ!」
「人のことを言えた義理かよ、この朴念仁が」
そう笑ってマサキは気絶した。弛緩した体がゆっくりと腕の中からずり落ちる。全身から血の気が引いた。致命傷にはいたらなかったとはいえ負ったダメージは決して軽くない。これ以上の血を流させてなるものか。だが、マサキの容態を考えると今以上の加速は危険だ。ならばシステムの負担は増すが跳躍できる限界まで転移をくり返す。
「人の気も知らないで、あなたというひとは本当にどこまで」
いらえはない。たったそれだけのことがこれほど恐ろしいことだとは思わなかった。
それは彼が生まれ持った強運のなせる業だったのだろう。レーダーの端に映った機影とそれに合致した識別番号に迷うことなく進路を変えた。駆けつけるとほぼ同時に発動した最大出力の【大量広域先制攻撃兵器】——サイフラッシュ。勝敗は決した。シュウですらそう思った。それが誤りであったと思い知らされたのは次の瞬間だった。
「マサキっ⁉︎」
死にゆく敗残兵たちがおのれの存在と引き替えに放った最期の一矢。それは彼の機体に甚大な損壊をもたらした。躊躇している暇はない。力尽くでコクピットを引きずり出しそのまま後方に飛び退く。爆発はサイバスターの背面を半ば吹き飛ばした。あと一歩遅れていればどうなったことか。
コクピットをこじ開け内部へ。意識はかろうじてあった。だが、爆発の衝撃で内臓をやられたのだろう。息も絶え絶えだ。小さな泡とともに口端から流れ落ちる血は止まる気配がない。
「チカ、今すぐセニアに連絡を」
「了解しました!」
幸いここから直線距離で三〇キロ程度先にラングランの州軍病院がある。そこになら相応の治癒術を扱える術士がいるだろう。とにかく内臓の治療を急がなければ。
「あんたを呼び寄せるなんて、もう悪運か強運かわからないわね」
サブモニターが開きセニアが手配を終えた旨を伝えてくる。その視線の先はシュウの腕の中だ。
「大丈夫なの?」
「見たところ致命傷はありません。ただ、爆発の衝撃で少なからず内臓にダメージを負ったようですから、それに関しては検査結果を待つしかないでしょうね」
「そう。悪いけど今こっちも立て込んでるのよ。誰か人をやるにも時間がかかるからしばらくマサキについていてくれない? 【認識阻害の魔術】を使えばどうともなるでしょう」
「相変わらず人使いが荒い」
「あとでちゃんと相応の礼はするわよ」
有言実行。それは彼女のためにあるような言葉だった。シュウは了承した。もとよりこんな状態のマサキを一人にしておくことなどできるはずがない。
ふと思い出す。ほんの数分前のことだ。息も絶え絶えの状態で何がそんなにおかしかったのだろう。
「何だよ、お前でも泣きそうな顔するんだな。変な顔してらぁ……」
どこか安堵したような表情だった。一体今まで何を愁いていたのだろうか。人の心配をしている場合ではないだろうに。
「人を勝手に殺すんじゃねえよ」
だから、どうしてそんな顔をするのだ。まるで聞き分けのない幼子に言い聞かせるように。
「お前を置いてどこかに逝ってる余裕なんざ、あるわけねえだろうが!」
挙げ句の果てには朴念仁だ。さすがに腹を立てても許されるだろう。こちらとて言いたいことは山とあるのだ。
「泣きそうな顔? 何を馬鹿なことを。あなたの相手をしているのですよ」
誰も彼も時には「世界」すら巻き込んで振り回して、なのに当の本人は一ミリもその自覚がない。こちらは追いつくだけで精一杯だというのに何て理不尽な。
「そんな暇などあるはずがないでしょう。どれだけ人を振り回す気ですか。……まったく、目が覚めたら覚えていなさい」
目的地はもう目の前だった。
