「外科用ロボット?」
「ええ。トウモロコシ一粒の皮を極小の針付縫合糸で縫合することに成功したそうです」
外科用ロボット。名前はシャーサリー。
「この手術でもっとも重要な点はこれがシャーサリーを専門としない医師によって成されたということです」
「つまり、誰でも使えるってことか?」
「多少の訓練は必要でしょうが、そういうことです」
なるほど。それは大したニュースだ。だが、そこで一つの疑問がマサキの口を衝いて出る。
「でもよ、ラ・ギアスには治癒術があるだろ。外科用ロボットとかそんなに重要なのか?」
「ラ・ギアス人のすべてが魔力を持って生まれてくるわけではありませんし、そもそも医療にそれも重篤な患者に治療を施せるだけの魔力と技量を備えた人間はそうそういませんからね。何より一個人では治療するにも限界があります」
「それもそうか」
なるほど。納得だ。しかし、いくら人間が操作しているとはいえトウモロコシの粒に対してその薄皮をカットしたり極小の針付縫合糸で正確に縫合をしたりと、この目でデモンストレーション動画を見なければとても信じられない話だ。
「ラ・ギアス人からすれば、地上生まれでありながら精霊憑依を果たしたあなたのほうがよほど信憑性に欠ける存在ですよ」
ファンタジー世界におけるファンタジーですね。くっくと喉を鳴らしてシュウは笑う。
「お前、一度その頭かち割って縫い直してもらえ!」
いつもいつも一言多いのだ、この性悪め。
「別段、日常生活には不自由していないのでお断りしますよ」
「おれの胃が不自由しとるわっ‼」
「でしたら、治るまで看病して差し上げましょうか?」
「悪化するに決まってんだろっ!」
ああ言えばこう言う。本当に一度でいいからこの男を完膚なきまでに叩きのめす方法はないものか。
「でも、まあ。そこまでできるようになってるなら、デカいへまやらかしても大丈夫そうだな」
うっかり口に出してしまった。
「それは聞き捨てなりませんね」
「あ」
剣呑という言葉ある。それは危ない様、不安な様をさす言葉だが、少なくとも今回に関して言えば前者のみの意味であったに違いない。背筋も凍る険相とはこのことか。見目がいい分、余計凶悪に見える。
「怪我を負う前提の発言は感心できませんね」
「いや、例え話で別に怪我する前提ってわけじゃ……」
「本当にそうですか?」
「え……、と、ちょっとくらいなら無茶しても大丈夫かな、ってくらい……あ、あはは」
正直に答えれば大仰にため息をつかれた。眉間のしわは深い。どうしよう。失言をした自覚がある分、返す言葉が見つからない。
「魔装機操者であるあなたの場合、多少の傷が致命傷に繋がる可能性はとても高いのですよ。わかっているでしょう。それでなくとも魔装機の操縦にはすべてにおいてプラーナを消費するというのに」
ましてやマサキたちが搭乗する魔装機神は【大量広域先制攻撃兵器】を備えているのだ。
「聞いていますか、マサキ」
反論の余地もない『お説教』にマサキはただ黙して耳を傾けるしかない。実際、多勢に無勢を強いられたときや短期決戦が必須となる任務おいてマサキは何の躊躇もなく【大量広域先制攻撃兵器】——サイフラッシュを使用していた。もちろん、その後の余力については計算ずみだ。だが、過信がないかと言われれば嘘になる。
プラーナは生命力そのものだ。使い過ぎれば命に関わる。当然、その影響は傷病の回復力にも及ぶ。
「デカいへまやらかしても」
そうマサキは口に出したが、エースパイロットであるマサキがそんな状況に陥るとしたら事態はすでに死線ぎりぎりであり、万が一負傷者が出たとしても医療機関への搬送はまず望めまい。
「つい口に出てしまったのでしょうが、それを聞かされる身にもなってみなさい」
このラ・ギアスにおいてあなたの存在はあなたが思うよりずっとずっと重く大きくなってしまったのですよ。そう淡々と諭されマサキはもう縮こまってしまった。
「……ごめん」
「わかってくれればいいのです」
常日頃の言動を考えれば言いたいことは山とあったが今回はここまでだ。そもそも彼を落ち込ませたいわけではないのだから。
改めて視線を正面にやり、シュウは軽くため息をつく。まるでやんちゃな猫がしょげて丸まった様を見ているようだ。こうもしゅんとされてしまっては逆にこちらのほうが罪悪感を感じてしまう。
「本当に質が悪い」
「何だ、どうかしたか?」
「いえ、少し言い過ぎたと思っただけです」
なぜ反省を促す側が逆に反省する事態に陥っているのか。正直、納得がいかない。とはいえ、眼下八センチの世界から自分を見上げる双眸に真実を告げるわけにもいかず。
「お前、何か変だぞ」
「いろいろと思うところがあるのですよ」
嘘ではない。本当にいろいろと思うところはあるのだ。
「とにかく、これ以上無茶はしないよう心がけなさい」
「……わかったよ」
反省したとはいえ素直に返事をするのはやはり悔しいのだろう。むくれた顔を隠しもせず不承不承にうなずく。本当に何て小憎らしい人。気づけば抱き込んでいた。
「おい、何だよっ⁉︎」
「何でしょうね」
普段はジャケットに隠れているが抱きしめればわかる。意外に細い身体。これでよくも幾多の戦地を縦横無尽に駆け回るものだ。だが、いくら年若いとはいえ体力にも限界はある。そして、限界を超えたマサキの行動力を支えているのはマサキ自身の気概であり魔装機神操者としての誇りだ。
彼は常に死線のすぐ手前に立っている。だが、恐ろしいことに本人にその自覚はない。否、むしろそれが当たり前だと思っているふしすらある。だからこそ、周りの人間は気が気でないのだ。
「なあ、お前本当に変だぞ」
「世話が焼けて仕方がないという話ですよ」
「おれのことかよ!」
「他に誰がいるのです」
ぴしゃりと一言。
「次に何事かあれば、セニアに許可を取って保養地に軟禁しますからね」
「それただの入院だろ!」
軟禁とは何だ、物騒な。
「安心なさい。結界の範囲内であれば自由は保障しますよ」
「——お前が張った結界っつう時点でもう潔く寝とくわ」
まったく可愛げのない。けれどしょげてうつむいているよりずっといい。
「ところで『シャーサリー』ですが」
「何だよ」
「実物、見てみますか?」
「え」
「開発に当たって関係者経由でいくつかデータを提供したのですよ。その対価と思えば見学の許可くらい安いものでしょう。行きますか?」
「行く。見ようと思って見られるもんじゃねえだろ!」
「なら、手配しておきましょう。とはいえ、あなたの場合は予定を空けるのは難しいでしょうから、細かい調整はこちらでしておきますよ」
「お前ほんと手際いいよなあ」
「性分ですからね。ところで今日はこのまま泊まって行くのですか?」
「泊まる。一晩たてばヤンロンだって頭冷やすだろ」
実はヤンロンと大喧嘩をした末にマサキはシュウのセーフハウスに家出してきたのである。まったく、頑固者同士の喧嘩はこれだから。
「帰ったらきちんと謝りなさい。話を聞く限り今回の件はお互い様ですよ」
「……」
返事はない。自覚はあるのだろう。
「困ったものですね」
小さく口許をほころばせる。争いの一線から退けば彼は本当にただ青年なのだ。どこにでもいる市井の人。
「今回だけだからな」
口をへの字に曲げたまま、精一杯の譲歩。
「ええ、きっと今回だけですよ」
いくら口うるさくとも彼とてマサキが憎くて言っているわけではない。喧嘩っ早く飛び出しがちな彼をおもんばかってのことだ。
「苦労しますね、お互い」
「何だよ」
「大したことではありませんよ。見学の予約について確認してきますから、少し待っていてください」
「そんなに急がなくてもいいぞ?」
「善は急げ、ですよ」
足早に自室の端末へ向かう。
さて、ただ見学するだけではつまらない。どうせなら保養の時間も取るべきだろう。こと任務ついてはワーカホリック気味の彼のことだ、この機会に目一杯休ませてしまおう。
「ご主人様、それある意味罰ゲーム……」
だが、健気なローシェンの忠言は主人の耳には届かない。
「楽しい休日になりそうです」
素朴な疑問
短編 List-2