クレヨン

短編 List-2
短編 List-2

 時にスピーカーもかくやと言わんばかりの大音量でしゃべり倒すチカをシュウは不定期に叩き出した。半分はストレス発散である。だが、チカはめげなかった。主人に似て、けれどはた迷惑な方向に執念深いチカは叩き出されてもなおそのくちばしを閉じようとはしなかった。
「あたくし、負けませんよっ‼」
 そこは潔く、そして流星のごとく敗北しろ。そうたしなめる声をことごとく無視しチカは飛んだ。もちろん、次の犠牲者を求めてである。
「帰れ!」
「帰って‼」
「何というサラウンド。ひどい。あんまりですよっ⁉︎」
 ゼノサキス邸を訪れたチカを仲睦まじい兄妹はキッチンとリビングからほぼ同時に打ちのめした。なかなかの音量である。被害者たちの中でもっとも被害を被っている兄妹の対応は辛辣であった。
「いいじゃないですか。ちょっとおしゃべりするくらい!」
「お前のちょっとがちょっとですんだことが過去に一度でもあったか。脳みそひっくり返して振り返れ」
 不機嫌もあらわにマサキはチカをねめつける。
「掃除の邪魔だし料理の邪魔だしあたしの邪魔だしお兄ちゃんの邪魔だし存在自体が全般的に邪魔だから今すぐ帰って」
 プレシアにいたっては淡々とチカの存在を全否定してくる始末。春風の少女はメンタルも含めていろいろと容赦がなかった。むしろ無慈悲。
「ひどい、あんまりです。あたくし、ご主人様に辛く当たられて傷心中なんですよ」
「この件に関しては無条件でシュウに同情する」
「そうだね。いやだけどあたしも同情する」
「一瞬でもいいから同情してくださいよ。あたくし、ご主人様の使い魔なんですよ。それなのに叩き出されたんです。かわいそうだと思いませんかっ⁉︎」
「どこにかわいそうと思える余地があるんだよ。お前だぞ」
「チカだもんね」
 仲睦まじい兄妹はにべもない。息ぴったりである。
「ひどい、ひどいですよ。あんまりです‼」
 遠慮なくスピーカーの大ボリュームで泣き叫ぶチカに段々とマサキたちの顔色も変わってくる。さすがにかわいそうかもしれない。人の良い兄妹はちょっと心が揺らいできた。
「……プレシア」
「うん。ジュースくらいなら」
 目配せすれば兄の心情をくみ取ったプレシアがキッチンへと駆け出す。
「ジュースくらいなら出してやるから、いい加減泣きやめ」
 深く深くため息をついて今回もまたマサキはこのかしましいローシェンを受け入れることにしたのだった。
「いや、予想はしてたけどよ、どう考えてもお前が悪いだろ」
「これっぽっちも同情の余地がないね」
 マシンガンのごとく主人に対する不平不満を吐き出せば三白眼とジト目がそろってチカのくちばしに注目する。なぜ一羽しかいないのに三羽並のボリュームでしゃべり倒すのか。しかも、器用なことにサラウンド。
「ねえ、お兄ちゃん」
「何だ?」
「チカって……、シュウの使い魔だよね?」
 使い魔とは主人の無意識を一部切り取って作られるものだ。であれば、チカは確かにシュウの無意識の一部であるはずなのだが。
「……一応、そのはず、だ」
 この件に関しては以前からマサキも懐疑的であった。なぜならあのシュウ・シラカワである。その使い魔がこのかしましいローシェンだとはとても。
「ちょっと、何考えてるんですか。失礼な!」
 無礼な気配を察知したチカが食ってかかる。
「勘がいいところは似てるな」
「偶然じゃないかな」
「プレシアさん、あたくしに辛辣過ぎません?」
「だって、シュウの使い魔だし」
「何その風評被害⁉︎」
「うるせえな。これ以上騒ぐならシロとクロけしかけるぞ」
 リビングの隅にある専用クッションで惰眠をむさぼる二匹に向かって顎をしゃくる。チカは大げさに跳び上がってボリュームを下げた。あの二匹はチカに対して目の前の兄妹以上に容赦がないのだ。
 ふとリビングのテーブルに散らばる何かがチカの目に留まる。
「あれ、何ですか?」
 気になって近寄ればそれは数枚の画用紙と石ころ、小さく積まれた貝殻であった。画用紙一杯に描かれていたのはおそらくマサキたち魔装機神隊のメンバーであろう。髪と服の色でかろうじて判別できる程度の絵だった。描いたのはおそらく子どもだ。それもとても小さな。横に並んだ石ころも白くて見目のいいものを探したのだろう。必死に磨いたあとがある。
「任務先で貰ったんだよ」
 その表情はどこか誇らしげだった。
「その石、きれいでしょう」
 手に取った石ころがまるで高価な貴石であるかのように。
 魔装機神隊の活動を手放しで受け入れている国はそう多くない。それだけラングラン以外の国々に取って魔装機神は脅威なのだ。何せラ・ギアス人が篤く信奉している精霊王の加護を受けているのだから。ゆえに敵視され偏見の目で見られることは多い。だが、同時に感謝されることも多々あった。今回の任務がそうだったのだろう。
「これを描いたのは?」
「アド君って男の子だよ。今度五歳になるの」
「この石は?」
「それはミーシャだな。今年八歳だっけ? 家の裏が川なんだと。そのせいかきれいな石ころを集めるのが趣味らしいぜ」
「可愛い子だったの。大きくなったらジュエリーデザイナーになるって言ってたんだよね、お兄ちゃん」
「何だっけ。結婚式で自分が付けるティアラのデザインするって言ってたな」
 まるで本人たちが目の前にいるかのように実に楽しげだった。チカはちょっとだけため息をついて天を仰ぐ真似をする。脳裏に蘇るのは諦観が染みた主人の言葉だ。
「戦士として幼かった時代は終わり、多くの世界に人に触れ人の悪意にも都度、触れてきたでしょう」
 マサキは今やひとかどの戦士だ。けれどその心根が変わったわけではない。
「人が良すぎるのも問題なんですよねえ」
 しかも、兄妹そろって。
「その身を守るためにほんの少しでいい。せめて一欠片でも悪辣であれ。そう願ったこともありましたが」
「それ無理ゲーですよ、ご主人様」
 嘆息する主人に容赦なく現実を突きつけたのはチカだ。
「だって、ねえ。そうなってしまったらもうマサキさんたちじゃありませんよ。あたくしたちの知らないどこかの誰かですよ、それ」
「だから、困っているのでしょう」
 さすがの主人もこればかりはどうしようもないらしい。
「ご主人様でもどうにもならないことってあるんですね」
 その時は呆れてしまったが、実際、どうしようもないのだ。目の前では仲睦まじい兄妹が嬉しそうに『贈り物』について語り合っている。
「本人たちが幸せならそれはそれでOKなんですけど」
 正直、周囲の人間からすると心配のほうがずっと勝ってしまうのだ。
 小さく積まれた貝殻は旅行先の海辺で見つけた一等のお気に入りだったらしい。何て健気なことだろう。
「ほんと、嬉しそうですねえ」
「そりゃあ嬉しいんだから当たり前だろ」
「そうだよ」
 不思議そうに首を傾げるタイミングまで同じとは、一体どこまで仲が良いのだこの兄妹は。
「これはもう、処置なしですね」
 この兄妹に関してのみ匙とは投げるためだけにあるのだろう。主人の気苦労を察してチカは深々とため息をつく。気苦労の二割を自身が担っている事実はもちろん棚に上げて。
「そういえば、お前いつまでここにいるんだ?」
「そうですねえ。今日はいいお天気ですし、お昼寝してからおいとましますよ」
 そうして窓際に飛ぶ。日当たりもだがここは風がとても気持ちいいのだ。窓際に着地する寸前、色とりどりのクレヨンで描かれた数枚の「傑作」がまた目に入る。よくよく見れば独特の色使いだ。
「意外に大成するんじゃないですか?」
 それはとても優しい色をしていた。
 目の前で笑い合う兄妹の瞳のように。

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