それ、をあなたが望むなら

短編 List-2
短編 List-2

 同世代の人間に比べてマサキは物欲が薄かった。何か欲しいものをねだることもめったになく、それとなく尋ねてみてもせいぜいどこそこで何が食べたいとリクエストがあるくらいだ。なのでシュウはなるべくマサキの価値基準に沿ったものを贈るよう心がけていた。
「その結果が家出先用の土地屋敷一軒まるっと購入とか金銭感覚どうなってるんでしょうね?」
 しかし、手厳しいチカの指摘は黙殺された。
 ただ、最近はときどきものをねだられることが増えた——ように思う。非常に喜ばしいことだ。問題があるとすればその中身がシュウの予想から大きくかけ離れていたことだろう。
 何をリクエストされたかと言えばバケツ型ポータブル洗濯機「洗濯くん」一〇台に粉末シャンプー、使い捨ての下着一式をダンボール二〇箱分である。どう考えてもプレゼントのカテゴリではない。今回はそこにタブレット型歯磨き粉が追加されたのだ。言うまでもなくこちらもダンボール二〇箱分である。
「魔装機の整備とかで必要以上に予算食っちまってるから、それ以外のちまちました分は申請してもだいたい突っ返されんだよ。手続き自体も面倒くさいしよ」
 だから、自腹を切ったほうが遠慮もなくストレスもかからないらしい。
「だからと言って何もあなたが購入する必要はないでしょうに」
「そこはちゃんと持ち回りにしてる。今回はヤンロンの担当だったんだけど任務が予想より長引いちまってよ。仕方がねえからおれが代わることにしたんだ」
 知らぬ間に着々と増えていく資産。けれどあったところであまり使うことのない金だ。どうせ使うなら役に立つことに使いたい。それが任務に当たる上で有利に働くものなら大歓迎だ。
「その結果がこれですか」
「何だよ。ちゃんと欲しかったものを言ったんだぞ」
「それはわかっているのですが」
 もう少し、そう、もう少し利己的なリクエストはないだろうか。たとえば服飾品など。
「その辺はお前が渡してきたじゃねえかよ」
「そうでしたね……」
 魔術がからきしなマサキのためにシュウが用意した対魔術の加護を授けた腕輪ブレスレットとオリハルコニウムの指輪。そして対物防御壁シールドのペンダント。これ以上贈れば逆にマサキの機嫌を損ねるだけだ。
 ならばほぼ着た切り雀のマサキのために衣類やブーツでも、と当初は考えていたがそれは非情な現実の前にもろくも崩れ去った。
「いつ任務が入るかわからねえのにそんな小ぎれいなもん着てられっかよ」
 八方塞がりである。悩んだ末、シュウは「もの」ではなくなるべく「体験」を贈るよう方針転換を図った。今現在それはおおむね成功しているがそれでもやはり目に見えるものを時には贈りたいではないか。
「でも、今回はほんと助かったぜ。『洗濯くん』もだけどあれもよく売り切れてるからまとめ買いするのが大変なんだよ」
「あのタブレット型の歯磨き粉ですか?」
「結構、いろんなとこの試したんだけどよ、あれラムネ味なんだよ。本物のラムネかってくらい。だから、噛み砕くのもそんな抵抗なくてさ」
 他の商品のほとんどは噛み砕いたさいの味や匂いに少なからず抵抗があったらしい。なるほど。
「需要に対して供給が追いつかない状態なのですね」
「難しい言葉で言うな。簡潔に言え簡潔に」
「他の商品よりも人気があるので頻繁に売り切れるのですね」
「そういうこった」
 シュウにどういうツテがあったのかは知らないが、人気商品それも普段であれば発送までに一週間はかかるものをわずか二日で発送してくれるというのだから、ありがたいことこのうえない。いっそさい銭でも投げて拝むべきか。
「下着とかもそうだけど歯磨きをサボるわけにはいかねえだろ。虫歯になったらあとが怖ぇしよ」
「虫歯や歯周病は万病のもとですからね」
「それよく聞くけどよ、具体的にはどうなるんだ?」
「まず、歯や歯茎の見た目が悪くなります。健康な状態のときと比べて咀嚼が困難になるためぼけやすく、奥歯を食いしばってバランスを取ることも難しくなるので転倒しやすくなりますね。動脈硬化や心筋梗塞になる確率もぐっと上がります」
「いや、待て、虫歯だろ?」
「増殖した歯周病菌が血管の中に入り込み毒素を出すことでコレステロールを血管内に沈着させ、血管を狭めたり細胞を傷つけたりするのですよ」
 なので結果的に動脈硬化や心筋梗塞に至る確率を引き上げてしまうのだ。
「ですから、口腔ケアはとても重要です。あなたのように身体が資本の魔装機操者にとっては特にかかせないことでしょう」
「……歯磨きってそこま重要だったのか」
 マサキの顔色は若干青い。どうやら日常の延長感覚でそこまで重要視しているわけではなかったようだ。
「しかし、そうですね。需要と供給が噛み合っていない状態ならもう少し多めに注文しておきましょうか。あなた方の場合、体調不良は最悪死に直結しますから」
「え、でももう二〇箱頼んでんだぞ。さすがに在庫残ってないだろ?」
「目の前にはなくとも、あるところにはあるものですよ」
 一体どこに繋がっているのかシュウは手にした携帯端末を手早く操作し在庫を確認する。
「もう三〇箱分程度なら注文可能だそうですよ」
「三〇っ⁉︎」
 すでに注文したものを含めれば五〇箱だ。信じられない。
「え、でも、本当にいいのか? だって五〇箱だぞ?」
「せっかくのリクエストですし、大した金額でもありませんからね」
「そりゃあ、まあ、助かるけどよ……」
 だからといって買い占めるような真似をしてしまっていいのだろうか。
「ただ買い占めるわけでもなければ転売目的のためでもないのですから問題ありませんよ。言ったでしょう。あなた方の場合は最悪命にかかわるのだと」
 天秤にかけるものが違うのだ。
「では、注文しておきますね」
 そして確定される注文。
「さて、他に何か欲しいものはありますか?」
「他にって……」
 任務に必要なものは一通り補充できた。欲しかったものはそれだけだ。これ以上、何を欲しがればいいのだろう。
「あなたにはもう少し利己的な欲を持って欲しいものですね」
 以前、そう言われたことを思い出す。利己的な欲とはなんだろう。聞けば自分の利益だけを追求しようとする様を利己的というらしい。
「難しく考える必要はありません。誰かのために、ではなく純粋にあなたが欲しいものを言ってくれればいいのですよ」
 そう言われても何を欲しがればいいのだろう。衣食住はすでに間に合っている。必要経費だ何だと理由をつけて何かと散財したがる目の前の男は、マサキが家出用の「秘密基地」を探していることを察すると屋敷を一軒まるごと購入してしまった。不足がないのだ。本当にこれ以上何を望めばいいのだろう。
「欲しいもの」
 腕を組み、眉間にシワを寄せてマサキはうんうんうなった。不足がない状態で求められるものはなんだろう。自然、思い浮かぶのは仲間と妹の顔だ。結局、自分が欲しいものは彼らに関わるものなのだ。
「だったらよ」
「何ですか?」
「前にお前が言ってた紅茶あっただろ。スゲぇ高いやつ。お偉いさんたち御用達だから一般にはめったに売ってないっての」
「ああ、クスィーティーハウスですね。それがどうかしましたか?」
「あれプレシアがすごく気に入ったんだよ。あとあいつらにも自慢したいからあれがいい」
「クスィーティーでしたら、あなたが希望すればいつでも手に入るでしょうに」
 以前、悪漢に襲われていたクスィーティーハウスの会長夫妻を偶然助けた縁で、マサキはクスィーティーを自由に望める権利を得ていたのである。
「それは言われたらそうなんだけど、お前が言ったんだろ。欲しいものはないかって。だから、お前があれ買ってこいよ」
 あれこれ悩んで思いついた精一杯。口をへの字に曲げたマサキにシュウはただ笑うばかりだった。
「あなたはどうしようもなく不器用ですね」
「喧嘩売ってんなら買うぞ」
「褒めているのですよ。ええ、わかりました。買ってきましょう。あなたのリクエスト通りのものを」
「……難しかったら別にいいぞ」
「まさか。せっかくのチャンスをふいにするつもりはありませんよ」
「チャンスとか言うな」
 恥ずかしい。
「それで、何が希望です?」
「えっとな……」
 とりあえず、買ってくると言ったのだから買ってきてもらおうではないか。思い出せそうで思い出せない商品名を記憶の引き出しから探しつつ、マサキは聞かれるままにリストを埋めていくのであった。

タイトルとURLをコピーしました