目指せ、マンボウ探索!

短編 List-2
短編 List-2

 気づけば常に誰かがそばにいた。それは妹であったり仲間であったりと大抵はマサキに近しい人間たちだった。別段束縛されているわけではなかったが時折それが息苦しいと感じることが少なからずあったのだ。
 だからマサキは『秘密基地』が欲しかった。誰の気配も感じることのない、独りになれる場所が。しかし、まさかそれをあの男に気づかれているとは思わなかった。
「ちょっとした買い物のついでですから気にすることではありませんよ」
 郊外に屋敷を一軒、気安げに購入してみせた男は当然のように言って笑った。
「ちょっとした買い物で屋敷をまるごと買うなっ⁉︎」
 金銭感覚が一般庶民のマサキは頭を抱えるばかりだった。そして、そんなマサキの様子をあの男——シュウは実に楽しげに見下ろしてきたものだ。身長差八センチ。覆せない現実がいまだ腹立たしい。
 とはいえせっかく降って湧いた幸運である。享受しない理由はない。屋敷の地下室をリフォームして作られた『秘密基地』にマサキは早速いろいろなものを持ち込んだ。このさいだからと奮発して購入した一〇〇インチのTV——地上から持ち込んだ——は一番のお気に入りだった。もちろん自費である。家具に関してはマサキが阻止する前にシュウが一式そろえてしまった。元王族の金銭感覚は小市民にとってもはやある種の暴力であることをいい加減理解してくれないだろうか。毎度のことながら金額の桁がおかしい。
 マサキにとって最近のブームは退屈しのぎ用にとシュウが用意したデータをTVに出力して鑑賞することであった。やはり迫力が段違いなのだ。しかし、今回は普段とは違う意味で非常にインパクトのあるデータだったようだ。
「ああ、カクレマンボウですか」
 リモコンを手に固まってしまったマサキとは対照的にシュウはいつも通り冷静だった。
 一〇〇インチの画面いっぱいに広がるのは緊張感のない顔と二メートルを優に超える巨体。
 マンボウ。フグ目マンボウ科の海水魚。尾が退化して頭だけのような姿であることから別名HeFishとも呼ばれ、三億個もの卵を産むといわれている。
「カクレマンボウ?」
 耳慣れない単語に疑問符を返せば博学な男は当然のようにうなずいてみせる。
「今現在、マンボウはマンボウ・ウシマンボウ・カクレマンボウの三種類が存在するのですが、カクレマンボウは近年新種記載されたばかりなのですよ」
「へえ。でも、何でカクレマンボウなんだ?」
 当然の疑問に対するシュウの説明は非常に簡潔であった。
「隠れていたからです」
「は?」
「ですから、隠れていたからカクレマンボウなのですよ」
 マンボウとウシマンボウは何百年も前から存在が知られていたが、カクレマンボウは標本こそ見つかっていたもののずっとマンボウと混同されていたのである。
「それが最近の調査で通常のマンボウとは遺伝的に異なる未記載種であることが判明したのです」
「……んな適当な」
 初心者には優しいネーミングだが、だからといってもう少しまともな名前はなかったのだろうか。
 TV画面を占拠するカクレマンボウはオレゴン州北部沿岸の町シーサイドのビーチに打ち上げられたものだ。ニュージーランド・オークランド博物館の海洋生物学者マリアンヌ・ナイガード氏がDNA解析を行い、そこで件のマンボウがカクレマンボウであることが判明したのだった。さらに奇遇なことにカクレマンボウを最初に新種として発見したのもまたナイガード氏であった。
「いや、ありかそんな偶然」
「彼女は相当な強運の持ち主だったのでしょう」
 事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。
「そういえばよ、マンボウって一番デカいやつだと何メートルくらいになるんだ?」
 日常的に目にすることがない存在だからか少し興味が湧いたようだ。
「世界最大のマンボウは二〇二一年にポルトガル領アゾレス諸島のファイアル島沖で見つかった個体ですね。全長三メートル二五センチ、体重二七四四キロと記録されています」
「……予想しているよりデカかった。つか重てぇな、マンボウっ⁉︎」
「世界最大と言われるくらいですからね」
 マンボウを真似しているわけではないのだろうが、文字通り目を点にして絶句するマサキにシュウはくっくと喉を鳴らす。
 好奇心を詰め込んだ質問はまだ続く。
「ラ・ギアスにはマンボウいねえのか?」
 これにはさすがのシュウも即答できなかった。情報不足以前に想像したことがなかったのだ。
「そうですね。少なくとも著名な海洋学の書籍にそれらしい記述はなかったと思います」
「へえ。魔術もあるんだし調べようと思えば調べられそうなのにな」
「魔術も万能ではありませんからね。それで、どうするのですか?」
「どうするって?」
「探してみたいのでしょう」
 普段はクールであろうと努めているようだが実際は猫のように気まぐれで子ども以上に好奇心旺盛なのがマサキだ。そんな彼にとってマンボウは非常に「面白い」存在であるに違いない。そうでなくともここ数日『秘密基地』にこもりきりだったのだ。そろそろ外に出たくてうずうずしているだろう。
「……いいのかよ?」
「あなたがそれを望むなら、私に拒む理由はありませんからね」
 前々からわかってはいたことだが目の前の男はマサキを甘やかすのが趣味らしい。
「おれが言うのもなんだけどよ。お前、もうちょっと厳しくしたほうがいいと思うぞ?」
「心配せずともそこはわきまえていますよ」
「わきまえてる奴がぽん、と屋敷一軒買うのかよ」
 まったく、元王族の金銭感覚にはついていけない。
「まあ、いいか。それで、海図とか買えばいいのか?」
 うっすらと上気する頬にその興奮具合がわかる。
「データはこちらで用意しておきますよ。それよりも、あなたは体調を万全にしておいてください」
 いつ魔装機神隊の任務が入るかわからないのだ。マンボウ探索と魔装機神隊の任務。天秤にかけるまでもない。
「おう、任せとけ!」
 しかし、その言葉を信じた結果、疲労困憊でひっくり返ったマサキを何度か保護する羽目になったシュウは懐疑的だ。
「返事はいいのですがね」
「何だよ、嘘なんて言ったことねえだろ」
「ワーカホリック予備軍が何を言っているのですか。こちらの基準で中度以上の疲労と判断したら即連れて帰りますからね」
「だから、ちゃんとするって言ってんだろ。少しは信用しろってんだ」
 マサキはむくれた。 
「そういう台詞は過去の醜態を帳消しにしてから言いなさい」
 この強情者はほんとうに。たまにでいいから少しは心配する側の気にもなって欲しいものだ。
「まあ、今日はこの程度にしておきましょう」
 そろそろ食事の時間だ。
「今日の当番は私ですね」
 食材は冷蔵庫に目いっぱい詰めてある。いずれもマサキの好物ばかりだ。
「だからな、お前は少し加減ってものを……」
 甘やかしも過ぎると毒になるんだぞ。そう呆れ果てるマサキにしかしシュウはどこ吹く風だ。こんな楽しいことに手を抜くなんてとんでもない。
「次の『家出』は少し長くなりそうですね」
「まあ。運がよけりゃあ四、五日くらいは何とかなるんじゃねえか?」
 海図はアフタヌーンティーのあとに書店を何軒か回って探そうという話になった。
 ああ、本当に待ち遠しい。
 目指せ、マンボウ探索!

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