STARGAZER

短編 List-2
短編 List-2

 STARGAZER——星を見る人。
 また、たいそうな名前の腕時計だと思った。
 文字盤は夜空をイメージしたミッドナイト・ブルー。ボディはステンレスと二四金プレートで作られ、ベルトは子牛の皮。ダイヤルは衛星ユーロパを模したデザインになっていた。ずいぶんと使いこまれたアンティークの腕時計だった。聞けば祖父の代に祖父自身が設計したものらしく老人は時計職人の家系であった。
「この年になっても私はいまだ独り身で、このままでは死蔵になってしまうでしょうから」
 差し上げます。何のためらいもなく手渡された腕時計。これにはマサキも戸惑った。とてもではないが気安く受け取っていい代物ではない。
「お礼ですよ」
 とてもまぶしいものを見るように老人は笑った。

 今の時代、非合法に売買された旧式のパーソナルトルーパーを使ったテロはさしてめずらしいものではなくなっていた。マサキが老人を見つけたのは本当に偶然だったのだ。
 連邦軍の最新型パーソナルトルーパーであってもサイバスターの機動力に追いつける機体は一握りもない。ヨーロッパのとある地方都市でテロの現場に鉢合わせたマサキは連邦軍に手を貸すついでに民間人の保護を請け負った。そこで老人を見つけたのだ。
 崩壊した街中で何もかも諦めたように座り込む老人をマサキは迷うことなくサイバスターのコクピットへ連れ込んだ。幸い怪我らしい怪我はなくそのまま戦闘を続行しようとしたが民間人を保護しているのだ。激しい戦闘行為など論外である。マサキは迷うことなく【大量広域先制攻撃兵器サイフラッシュ】を発動させた。
 勝敗は一瞬で決した。
宇宙そらが……」
 コクピットから見える空に何を見いだしたのだろう。老人はまるで恋しい誰かを求めるように空へ、その彼方にある宇宙へと一心に手を伸ばしていた。
「爺さん、大丈夫だったか?」
 連邦軍によってテロリストの鎮圧が完了すると老人は当然のようにマサキを郊外にある自宅へと招いた。離れには小さな工房があった。老人は時計職人の家系であり彼の祖父、父がそうであったように老人もやはり時計職人であった。
「この年になっても私はまだ独り身で、このままでは死蔵になってしまうでしょうから」
 コーヒーと焼き菓子による軽い歓待を受けたマサキに、老人は工房から持ってきた手のひらより少し大きめのケースを開いて見せる。
「きれいな……、時計だな」
「STARGAZER——星を見る人、です」
 そう言って老人は当然のように時計をマサキに手渡してきた。
「どうぞ、あなたに。そして、宇宙へ」
 夢追う少年のように微笑む老人にマサキはしばらく悩んだ末、ついに時計を受け取ったのだった。

「まさか、本物のSTARGAZERですか?」
 アンティークの腕時計。時計職人の一家が代々受け継いできたものだ。もしかしたら相当価値のあるものかもしれない。あまりにも高価であればやはり返してこよう。そう思いながら博学な男を訪ねてみれば、常に泰然とした男にはめずらしく素直に驚かれてしまった。
「あなたの強運には脱帽しますよ」
「え、え?」
「その老人——クロイツ氏の言葉を信じるのであれば、それはクロイツ工房のSTARGAZER。一〇〇年以上前に作られたアンティークの腕時計です。特にクロイツ工房の機械式時計は今でもファンが多く、オークションにかければ数百万はくだらないでしょう。しかも、クロイツ家の人間が三代にわたって所有していたとなればおそらく倍以上はするでしょうね」
 まさかの七桁台である。ある程度予想はしていたもののマサキは跳び上がった。
「数百万だぁっ⁉︎」
 無理もない。もともと物欲が薄く遊興にも大して金銭を投じることのないマサキにとって数百万、下手をすれば数千万にも値する腕時計など金銭感覚の埒外にあるものだ。
「なあ、これやっぱり……」
「受け取っておきなさい。それが優しさというものですよ」
 クロイツ氏はマサキに対して「どうぞ、あなたに。そして、宇宙へ」と言ったそうだ。であれば、素直に受け取っておくべきだろう。彼は地上から星を見上げることはできても宇宙から地球を見下ろすことはもちろん、星々を見渡すことも叶わぬまま生涯を終えるのだ。おそらく、もう長くないのだろう。
「それに、その腕時計に埋め込まれたものはきっとあなたにとって今以上の幸運を招くでしょうから」
「これ、何か埋めてあるのか?」
「STARGAZERよりさらに数百年前、いまだ人類が月と火星への移住を夢見ていた頃に宇宙を目指したロケット兼宇宙船の破片ですよ」
 いくつもの悲劇を不屈の精神と数え切れないトライ&エラーで乗り越え、その果てに宇宙へと駆け上がった夢の欠片。STARGAZERが今なお多くの人間に愛されているのはその内に秘めた旧世紀の希望も大きく影響しているのだ。
「それはあなたが受け取るべきものですよ」
 数え切れないトライ&エラーを乗り越えて宇宙へと駆け上がった旧世紀の希望。天を統べる翼に捧げるならばこれほどふさわしい不屈と希望はあるまい。
「でもよ、こんな高価なもんいつ付ければいいんだ?」
「普段使いでかまいませんよ。時計とは本来そういうものですからね」
「でも、数百万もするんだろ?」
「それはコレクターか時計を資産と見る人間にとっての価値ですよ。ですが、そうですね。一度それを付けて宇宙に上がってみてはどうですか?」
「宇宙に? 何でだ?」
「クロイツ氏に言われたのでしょう。宇宙へ、と。なら、一度行ってあげなさい」
「あ、そっか」
 星に恋い焦がれた星を見る人。そしてその夢を託されたアンティークの腕時計。空から宇宙へと翔け上る白銀の翼はきっとその一途な夢を叶えてくれるだろう。
「ですが、その前にメンテナンスをきちんと行えるようになっておかなくてはいけませんね」
「時計屋に持って行くだけじゃだめなのか?」
 腕時計などしたことのないマサキにはメンテナンスと言われてもぴんとこないらしい。
「これほど高価なものとなればきちんとした資格のある人間に任せたほうがいいのですよ」
「時計の修理に資格なんてあるのか?」
「ありますよ。日本であれば厚生労働省が認定する『時計修理技能士』ですね」
 『時計修理技能士』は時計修理の技術を評価する唯一の国家資格である。
「ラングランには日本のような時計修理の国家資格はありませんが、何百年と続く老舗の工房がいくつもあります。この機会に自分にあった工房を見つけておくといいでしょう」
「そうは言ってもよ……。お前はどうなんだよ?」
「短くない付き合いの工房ならいくつかありますが。行ってみますか?」
 STARGAZERに対するラ・ギアス人の評価も聞いておきたいところだ。問えばマサキは大きくうなずく。
 夜空をイメージしたミッドナイト・ブルーの文字盤にステンレスと二四金プレートで作られたボディ。ベルトには子牛の皮が使われダイヤルは衛星ユーロパを模してある。数百年の歳月を内包して生まれた腕時計はきっと異世界においても高く評価されるに違いない。
「今回は譲りましょう」
 シュウは胸の内で白旗を上げる。シュウもまたマサキに贈るつもりでいくつか腕時計を用意していたのである。けれどこんなものを出されてしまっては潔く諦めるしかない。 
「それに、あなた方の希望は彼によく似合う」
 地上から星を見上げ星に焦がれ、星を愛した人間が作り上げた不屈と希望の欠片。それは間もなく彼の翼に宿り今度こそ宇宙を翔るのだ。

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