ヒマワリ

短編 List-2
短編 List-2

 そろえられた家具やインテリアはどれも洗練されていて見ているだけで目を楽しませてくれる。色合いも派手すぎず控えめで暖かい。まるで定規で測ったかのようなレイアウトも完璧だ。計算され尽くした調和にほぅ、と知らずとため息が出る。
 けれど同時にとても寂しい部屋だった。確固たる理由があったわけではない。ただひと目見た瞬間、寂しいと思ったのだ。その暖かい色合いをたやすく打ち消してしまえるほどこの部屋はマサキにとって冷たく寂しかった。
「まあ、家主があいつだしな」
 脳裏をよぎるのは取りすました表情とシニカルな笑み。慇懃無礼と高材疾足こうざいしっそく狷介不羈けんかいふきを足して割った完璧超人パーフェクトヒューマン。しかも身長差八センチ。非常に腹立たしい。
「もうちょっと……、何だ。そう、あれだ。余裕ってもんがねえんだよ。どいつもこいつも出てけって感じで」
 そうだ。この部屋は頑なに人の手が加わることを拒んでいる。それだけでなくどこか人間自体を拒んでいる気配すらあるのだ。だから冷たくて寂しい。だが、それもむべなるかな。情よりも理を取り何事にも機能性重視のあの男が温かみの三文字に重きを置くとは到底思えない。この部屋にあるのは見かけばかりの寂しい温かみだけだ。
「仕方ねえなあ」
 そうとわかればやることは一つだ。幸いツテはある。マサキは迷うことなく踵を返し、愛機へと駆けたのだった。
 特別理由があったわけではない。ただ、ふと思い出したのだ。そこはいくつかあるセーフハウスの中でもめったに使われることのない場所だった。
 セーフハウスの周辺に張りめぐらせていた簡易結界に侵入者の痕跡を認め、眉間にわずかなしわが寄る。ある程度の予測はつくが万が一ということがある。それが杞憂であると確信したのはセーフハウスの裏手に見慣れた機体を認めたからだ。
「めずらしいこともあるものです」
 本当にめずらしいことだった。今まで彼が訪れるセーフハウスはだいたい決まった場所にかたよっており、ここには一度も訪れたことがなかったのだ。足早に玄関をくぐりリビングに足を踏み入れれば果たして彼はそこにいた。
「よお、邪魔してるぜ」
 ブルーのリボンで飾られた花束——黄色、オレンジ、白と鮮やかな色彩が踊るヒマワリを抱えて。

 セーフハウスを出たマサキが向かった先は代々造園業を営むある老夫婦の館だった。館の周辺には精霊王にちなんだ庭があり、マサキは風の精霊王に縁深い裏庭を借りてときどき午睡に耽っていたのだった。
「忙しいとこ悪いな。ちょっと邪魔するぜ」
「おや、これはマサキ様」
「まあ、まあ。どうぞこちらへ。お茶の準備をいたしましょう」
 老夫婦は人好きのする笑みでマサキを歓待した。毎度のことながらマサキは感心してしまう。ただ言葉を交わすだけでこれほど心安まる相手がこの世にどれほど存在するだろう。本当に不思議な夫婦だ。
「あのよ、ちょっと相談したいことがあるんだけど」
 寂しくて冷たい場所をどうにかしたい。けれど自分にはインテリアなどわからない。でも、花くらいなら飾ることはできる。だから、教えて欲しい。
「ああ、そういうことですか」
「でしたら、今の季節にうってつけのものがありますよ」
 手を引かれるままに連れてこられた先は小さなヒマワリ畑だった。
「ヒマワリって、赤とか白もあるのか?」
「ええ。めずらしいでしょう。だいたいの方が目にするのは黄色いヒマワリでしょうから」
 そう言って老婦人は黄色、オレンジ、白のヒマワリを計九本包んでくれた。
「シュウ様もきっと喜んでくださいますよ」
「へ? え、な、何も……、おれは何も言ってねえぞっ⁉︎」
 にこにこと微笑む老夫婦にろくに言い返すこともできず、マサキはただ声を張り上げて否定するのが精一杯だった。何もかも最初からお見通しだったらしい。
「もういい加減観念するんだにゃ」
「往生際が悪いにゃ」
「うるせえ、黙ってろっ‼」
 小言がうるさい使い魔たちを一喝しサイバスターに乗り込む。そうしていつもの迷子でラ・ギアスを三周ほどしてからセーフハウスに到着すると老夫婦に用意してもらった花束といくつかのアレンジメントを運び出す。
「まあ、適当に飾っときゃいいだろ」
 室内の装飾に合わせた最適な配置などマサキにはわからない。何となく寂しそうだと思った場所に置いておくのがせいぜいだ。
「何をしているのですか」
「よお、邪魔してるぜ」
 めずらしく驚いた様子を見せた家主にマサキはほんのちょっとだけ勝者の気分を味わったのだった。

「ああ、モリス夫妻ですか」
 それは見事なヒマワリの出所を聞いたシュウは一も二もなく得心した。なるほど、あの老夫婦が手がけたのであればこの大輪もうなずける。だが、それでも疑問の解消には至らなかった。
「一体どういう風の吹き回しですか?」
 本当に心当たりが無いのだ。言葉を繕うことなく本心から問えばマサキはほんの少しだけ口をへの字に曲げる。素直に口にするのが恥ずかしいようだ。
「寂しいって思ったんだよ」
「寂しい?」
「この部屋っていうか……、家? が、何か冷たいっていうか、寂しい気がしたからよ」
 けれど家具の配置も配色もデザインも何もかも調和が取れている。手の加えようがない。だから、自分にできることを慣れない頭で考えた。そして、思いついた。誰にでもできる他愛ないことではあったけれど。
「それで、花を飾ろうと?」
「悪いかよ」
「いえ、あなたにしては十分過ぎる配慮かと」
 マサキの腕の中で咲き誇る大輪。他の誰でもないシュウのためにあつらえられた花束。ささやかな善意の結晶。
「早速飾りましょう」
「それなんだけど……。まだ、結構あるんだよ」
 指さした先には一列に並べられたいくつものアレンジメントが。
「あなたという人は……」
「仕方ねえだろ、多いほうがいいと思ったんだから!」
 今度こそ口をへの字に曲げて声を荒げるマサキにシュウは呆れるどころか逆に口許をほころばせる。
「いいえ、むしろ大歓迎ですよ。すべて飾りましょう」
 しまっていた花瓶を取り出し手早く花束を解いて飾る。アレンジメントは自室とゲストルーム。バランスは悪いが半地下にある研究室にも飾ろう。リビングは当然だ。
 呆気にとられるマサキを置き去りにシュウはあっという間にすべてを成し遂げてしまった。
「え……、っと」
 まさかここまで歓迎されるとは思わなかった。どう反応すればいいのか考えあぐねるマサキとは対照的にその足下で尻尾を揺らす使い魔二匹は冷静だった。
「まあ、想定内の反応なんだにゃ」
「予想されてしかるべきにゃのね」
「しかも、九本ですからねえ。まあ、これはあちらの善意なんでしょうけど」
 突如、会話に割り込んで来た図々しいチカは花瓶に飾られたヒマワリに思わず半目になる。
 花には花言葉だけでなく本数にも意味があるのだ。
 九本のヒマワリが意味するところは「いつまでも一緒にいてほしい」だ。しかし、デリカシー皆無な上にへそ曲がりなマサキがこんな素直な態度に出るはずもなく、そもそも自覚すらしていないだろう。モリス夫妻の心づかいであることは明白だった。
「だいたいこれを真顔でしれっとやらかしそうなのはむしろご主人様のほうでしょうし。しかも断られる確率ゼロ前提」
 本当にあの圧倒的な自信はどこから生まれてくるものか。シュウのペルソナから生まれた使い魔でありながらチカは不思議で仕方がなかった。
「この流れで行くと絶対お返しがあるんだにゃ」
「間違いにゃいのね」
「それもゼロ距離ど真ん中のどストレートでしょうね。賭けてもいいですよ」
 果たして一羽と二匹の使い魔たちの予想は的中する。
「この間の礼だってよ」
 数日後。大輪の黄色いヒマワリ四本と一本の白バラ。そして季節の小花で彩られた花束を手に花瓶を探すマサキに一羽と二匹の使い魔たちはたとえようのない脱力感と頭痛を禁じ得なかった。
「露骨過ぎるにも限度があるんだにゃ」
「マサキでなかったら大惨事必至にゃ」
「前もやってましたけど『私はあなたにふさわしい』とか、何を堂々と言っちゃってるんですかあんにゃろう」
 もう全力で匙を投げたい。そんな一羽と二匹の使い魔たちの心労などつゆ知らず善良な青年は一人花瓶と格闘するのであった。

タイトルとURLをコピーしました