長期の任務から解放されて数日。気晴らしに出かけた先で道に迷った。いつものことだ。問題はそれが夜間であったこと。その小さな町は他地域に比べて土着信仰の色合いが強く、ちょうど夜祭りのピークと聞いてつい足を向けてしまったのだ。
「まるでハロウィンだな」
かなり長く続いている祭りなのだろう。町は祖先や精霊、獣たちを真似た仮装に身を包んだ町人たちで溢れ返っていた。
「どこを通ればいいんだ?」
右を見ても左を見ても人、人、人。人の波だ。これではろくに進めやしない。とりあえず人混みを避けるように歩き回った結果、気づけば真っ暗な街外れで立ち尽くしていた。
「……またかよ」
熱気渦巻く祭りの喧噪から切り取られてしまった町外れ。寂しい。そう意識した途端、たとえようのない寂寥感が全身をせり上げる。
同一宗教内の宗派対立が発展して起こった内紛だった。もともと小規模の国家で大した地下資源もなく風光明媚な観光地もない。貧しい大地を支えていたのは土着の信仰だった。
信仰の隣人は狂気だ。何の疑問も違和感もなく彼らは自らの信仰心を支えに銃を取った。母親も子どもも老人すらも。
「何だ、お前ら?」
突然足下に沸いた気配。見下ろせばそこにはカブとかぼちゃをくりぬいたランタンを手にしたとんがり帽子のお化け二匹。背格好からして五、六歳くらいだろうか。帽子を深くかぶっているせいでその表情は窺えない。
「なあ、おい、待てってっ⁉︎」
手を引かれるまま街中を駆け巡った。日常から切り離された夢物語の延長線。訪れることのない夜明けを目指した先でマサキを待っていたのは呆れた感を隠しもしない男だった。
「何事かと呼ばれて来てみれば、何て顔をしているのですか」
「うるせえな。何でお前がここにいんだよ。さっさと帰りやがれ」
間が悪いにもほどがある。不機嫌もあらわれにねめつけるがつき合いの長い男には効きもしない。これだから面の皮が厚い人間は。
「なら、そういう顔を見せないことですね。だから彼らが気を揉んで私を呼びに来たのですよ」
「彼らって誰だよ?」
「そこにいたでしょう。もう帰ったようですが」
気づけば足下の気配は消えていた。
「……何、だったんだ、あいつら?」
途端、背筋が寒くなる。
「文字通り『お化け』ですよ。いまだ【世界】に溶けきれず、さ迷い歩く幼い魂。ああ、放っておいても特に害はありませんよ。時間が経てば自然と世界に溶けて精霊界へ行くでしょうから」
幼い魂。その言葉に息を飲む。それは奪われた小さな命に違いない。おそらくこの手が奪った。
「善意は素直に受け取りなさい。言ったでしょう。彼らはあなたを心配して私を呼びに来たのですよ」
「……心配って」
「あなたのその手は奪うためのものですか?」
「違うっ!」
反射的に怒鳴り返していた。多くのものをとりこぼしてしまった。それは事実だ。けれど、けれども歯を食いしばってすくい上げ、守り抜けた命も確かにあったのだ。彼らは今もこの大地で生きている。それがどれほど喜ばしいことか。
「彼らはきちんとあなたを見て、覚えていましたよ。だから余計に心配だったのでしょうね。子どもはとても正直ですから」
つまり幼子から見ても心配されるほどひどい顔をしていたということか。大変遺憾である。
「それにしてもジャック・オー・ランタンに押しかけられた時はどうしたものかと対処に悩みましたが」
「ジャック・オー・ランタン? 何だそれ」
「語源は一七世紀のイギリスで使われていたランタンを持った男や夜警を指す言葉ですが、大ざっぱに言うと天国にも地獄にも行けずこの世をさ迷いあるく亡霊のことです」
伝承では悪魔からもらった石炭を火種にし、萎びたカブをくりぬいたランタンに入れてさまよっているらしい。
「もしかして、あれか。ハロウィンのときによく見かけるかぼちゃ?」
「ええ。本来はかぼちゃではなく白いカブを使うのですが」
祭りの夜。生者に紛れて町の中を歩き回るにはうってつけの格好だろう。そうまでして彼らをマサキを迎えに来たのだ。
「おれって……、そんなに頼りないかよ」
「単純にあなたが働き詰めだからでしょう。素直に休めと言っているのですよ」
たまにはぐうたらすればいいのに気づけばどこかしらに出かけては迷子になっているのだから。
「……つうかよ」
「何ですか?」
「何であいつら、よりにもよってお前を呼んできたんだよ」
今さらながら腹が立ってきた。
「適材適所ですね。あなたを止められる人間など私以外にはいないでしょう」
これが善意か? 挑発の間違いではなかろうか。
「どこから来るんだよその自信」
「事実でしょうに」
異論があるなら受けて立ちますよ。魔術の才もある男は実に愉快げだ。本当に腹が立つ。
「はっ、いちいちお前の相手なんかしてられるかよ。寝る。もう寝る。おとなしく休んでりゃあいいんだろ!」
「ええ、しっかり休んでください」
そうして当たり前のように手を引いて歩き出す。
「……ガキじゃねえぞ」
「手を離したら迷うでしょう?」
まるで小さな子どもに言い聞かせるように。
「本物のジャック・オー・ランタンにさらわれでもしたらたまりませんからね」
そう言って微笑んだ先、寂れた町外れの奥ではカブとかぼちゃのランタンが嬉しげに揺れていた。
「安心なさい。連れてなどいかせませんよ」
Jack-o’-Lantern
短編 List-2