従姉妹からの突然の通信は非常に物騒な内容だった。
「悪いけど少しの間マサキたちを匿ってくれる? Aクラスはほぼ全滅してるんだけどSクラスの連中が許容値越えちゃったのよ。だから早めに【出荷】しておきたいの」
何でも真っ昼間の商店街でストーカーたちによる三つ巴の刃傷沙汰に巻き込まれたらしい。内訳はマサキが三人、プレシアが一人。兄妹をワンセットとして追いかけて来たのが二人。魔術に心得のある者がいたためなかなかの惨事になったとか。
「そこは憲兵に任せるべきではないのですか?」
「時間と労力の無駄よ。いくら取り締まったところで雨後の竹の子だもの。見せしめを兼ねて定期的に【出荷】したほうが手間も金もかからないのよ」
悪い意味で厳選された自作のトーナメント表を手にセニアは辛辣に語る。
魔装機神隊の中でも特に部隊の顔である魔装機神操者のファンは国の内外を問わず多い。その容姿から広報役を務めるテュッティとリーダーであるマサキに関しては言わずもがな。
「もともとマサキのところが最大派閥だったんだけどプレシアのところも地道に勢力を伸ばしてて、最近は兄妹ワンセットでストーキングする連中も増えてきてたからちょっと困ってたのよ」
「ちなみに【出荷】先を尋ねても?」
「ラングラン【信者】総本部定例集会」
「あなた人権と倫理の意味を理解していますか?」
そう告げるセニアが能面なら思わず問い返したシュウもまた真顔であった。
ストーカーたちとはまた違うベクトルで道を踏み外しファンから【信者】へと進化してしまった武闘派擁する超過激派集団。ラングランにおけるその総本部での定例集会——それがストーカーたちの【出荷】先だという。まさに地獄への直送。そもそも「信仰心」の名の下に彼らとストーカーたちとの「聖戦」は間もなく二桁に達する勢いなのだ。この時点でもう地獄絵図確定である。
「さすがにやり過ぎではありませんか?」
双方の熱心な「保護」および「奉仕」活動によって心身ともに再起不能となったテロリスト・暗殺者・ヴォルクルス教団関係者は枚挙に暇がない。死者が出ていないことが奇跡なのだ。
「大丈夫よ。【出荷】するのはトーナメント上位連中だけだから」
それ以下のグループないし個人は上位メンバーが勝ち上がる過程で木っ端微塵にされている。もはやある種の蠱毒だ。
「あなたも惨い真似をしますね」
「あら、それを見ても同じ台詞が言える?」
送信されてきた資料を一瞥し、沈黙。
盗撮盗聴の動画音声に始まって妄想日記が数百ページ。しかもフルカラーイラストつきである。ド直球の欲望を書き殴った吹き出しの中身は検閲後、即刻記憶から削除した。AIを使った実写アニメにいたってはOPの時点でデータをクラッシュ。人権と名誉は剥奪ではなく尊重され遵守されるべきものである。
「……度し難いにもほどがある」
どれを取っても視聴覚に対する破壊力が筆舌に尽くしがたい代物ばかりだった。これら「証拠品」の「検証」作業に携わったであろう関係者一同の忍耐と倫理観と正義感には心の底から万雷の喝采を贈りたい。よくぞ正気を保った。
「『履歴書』が必要ならこちらで作成しておきましょうか?」
しかるべき「企業」への依頼に必要な書類一式。ダークウェブ在住の「友人」に依頼すれば喜んで作成してくれるだろう。
「理解が早くて助かるわ。じゃあ一週間程度預かってくれる?」
「いいでしょう。そんな環境下ではまともな生活を送るのも困難でしょうからね」
そうして疲労困憊の兄妹を匿い始まった一週間。
ストーカーたちによる尾行を考慮しセーフハウスにはいくつかの公共交通機関とゲートを経てから目的地——転移の魔方陣を設置した借家へ来てもらった。転移先で二人を待っていたのはシュウ自身だ。
「……よお。しばらく、邪魔するぜ」
「……………………お邪魔、します。すっごく、いや。だけど」
ひどい顔色だった。目の下のくまは濃く若干頬もこけたように見える。よほどの悪夢に見舞われたのだろう。その証拠に足取りがわずかに危うい。睡眠不足は明らかだった。
「あれと至近距離で対峙したのであれば仕方ありません」
心身共に健全な人間にとってあの妄念はもはや生物兵器に等しい。それでなくとも魔装機神隊の任務は過酷だというのに、慕う相手を自覚なく死地へ追いやろうとするなど思慮と分別から絶縁された人間は始末に負えない。
「部屋の用意はすんでいます。荷物はこちらで預かりますからまずは少し休みなさい」
とてもではないが見ていられない。ふてくされる余力もないのだろう。なだめるように言えば軽くうなずいて足取り重く二人はゲストルームへと消えて行った。これは重傷だ。
「……一週間で何とかなります、あれ?」
チカの危惧はもっともだ。無事元凶を【出荷】できたとしてもそれで当事者たちのダメージが回復するわけではない。
「とにかく、まずは外界から隔離して休むことに専念させましょう。いい機会です」
今回二人を匿ったセーフハウスはある高原の端にあった。元々の所有者が極度の人嫌いだったらしく外部との接触を減らすために不便さを求めた結果だそうだ。市街地にたどり着くためには途中にある大きな森を抜ける必要があり、最近は害獣の被害が増えていることもあって通り抜けるには何かしらの武装が必須となっていた。
「一通りの罠と結界は仕掛けましたが、正直、子どもだましにもならないでしょうね」
どれも威嚇程度の小規模な代物だ。セニアの話では「追跡者」の中には高等魔術を修めた魔術師もいるという。あまり規模の大きなものを仕掛けては逆に感づかれる恐れがあったのだ。
「害悪は速やかに駆除しておくべきですが、今回ばかりは不用意に血を流すわけにはいきません」
剣皇ゼオルート・ザン・ゼノサキス。ラングラン王宮武術指南役。王宮という歪で閉じられた世界にあってなお信頼と尊敬に値した希有な人間。そして、ヴォルクルスの呪縛があったとはいえ結果的に死に追いやってしまった一人の父親。あの二人は彼がこの地に遺した家族だ。テロで一度に両親を失ったマサキにとっては二度目の喪失。それも今度は目の前で。その事実はどれほど彼の心身を打ちのめしただろう。
「償いきれるものではありませんが……」
せめてここにいる間だけでも心穏やかでいて欲しいのだ。
そう思えばこそ流血沙汰は極力回避したかった。
「でも、すでに『追跡者』引っかかってるんですが。……どうしましょう?」
「そうですか。予想より少し早かったですね」
セニアから要注意人物のリストは事前に受け取っている。設置したセンサー経由で確認した結果「追跡者」はリストにあるカラタミーフィ州出身の教育実習生であることが判明した。
「何でこの手の人種が教員試験に合格してるんですか。倫理的にアウトじゃないんですか! 秒で削除でしょ、削除っ‼」
「リストを見るかぎり今回の【出荷】対象ですから問題ありませんよ」
セニアの話が確かならAクラス以下のストーカーたちは今のところほぼ全滅状態にある。であれば「追跡者」はその全員が【出荷】対象であるSクラスとみていい。中でも飛び抜けて危険な人物は予めマークされており対象のファイルは大ざっぱに見ても三桁はあった。頭の痛い現実だが範囲がラ・ギアス全土に及ぶのだからやむを得まい。
「現役の軍人や元軍属の魔術師もいますけどそれに並ぶ教育実習生とかバーテンダー、地下アイドルって一体どういうステータスしてるんですか?」
リストを見るに盗聴盗撮ストーキングスキルがほぼ同列というのだからもはやホラーである。
「ありあまる才能を非建設的な方向にきわめた結果でしょう」
実際、それ以外に何と言えばいいのだ。本当に情操教育の大敵はどこにでも湧いてくる。
「何にせよこれ以上先に進まれては困ります」
セーフハウスにも多層結界は張ってある。念には念を入れて二人が身を休めているゲストルームも簡易シェルターに使える程度には補強した。だが、それでも安心はできない。なぜなら連中が常識の埒外に存在しているからだ。
「でも、この手の連中を木っ端微塵にしない程度に叩きのめすのって高難度クエスト過ぎません?」
あの【信者】たちとの「聖戦」すなわち地獄をくぐり抜けてきた猛者たちだ。
「面構えからして違うって言うか……」
中途半端なダメージでは足止めにすらならないだろう。さて、どうやって蹴散らしたものか。
「おや、設置しておいたセンサーがすべて落ちましたね。結界も解除されたようです」
手元の端末に非常事態を告げるアラームが鳴り響く。
「仕事早過ぎませんか?」
ぼやいている暇もない。
「行きますよ」
不埒者たちが我先にと駆けだしてくるであろう森の入り口へ向けて当然のように爪先を向ける。
多層結界はセーフハウスを中心として半径一五〇メートル圏内に展開している。第一層は物理的な干渉を第二層は魔術的な干渉をはじく設計だ。運良くこの二つを乗り越えたとしても最後に待っているのは。
「ワンルームを越えた一軒家歪曲フィールドですからねえ」
仮にフィールドを越えようとするならば最低でも超魔装機以上の火力が必要になる。用意できるものなら用意してみせるがいい。
悠々と現れたシュウに森の出口で死闘をくり広げていたストーカーたちが一斉に吼える。
「マサキちゃ」
「んとプレシアちゃ」
「んをよくも」
「よくも、二人をこの」
「背教者」
「不審者」
「犯罪者」
「未成年者略取・誘拐現行犯」
「サイフィス様とディアノスに土下座し」
「なくていいから、溺死しろっ!」
迷惑な方向にかぎってのみ結ばれるこの連帯感は一体何なのだろうか。
「変態同士、自然と息が合うんでしょう」
そう吐き捨てるチカはすでに半目だ。
「信仰も恋愛も個人の自由——そう言いたいところですが」
それがあの二人に関わるのであれば話は別だ。マサキに関しては沙汰の外である。
ばちん、とブレーカーが落ちる瞬間の音がストーカーたちの耳元ではじける。四肢が失われたのはその直後のことだ。
「害悪は徹底的に駆除するにかぎりますが、生憎と今ここで無駄に血を流すわけにはいかないのですよ」
間接的にとはいえ血にまみれた手であの二人の前に立ちたくはない。
「ですから、迎えが来るまでおとなしく這いつくばっていてください」
【出荷】のために回収班がここを訪れることは予め決まっている。
「遅くとも数日中には回収されるでしょう。ただ、このあたりは害獣の被害がひどい。四肢を失ったも同然の状態でどれほど抗えるでしょうね?」
実際に四肢が失われたわけではない。ただ、感覚を遮断しただけだ。高等魔術を修めた人間なら現状を打開できるかもしれないが刻一刻と迫る現実に果たしてどれだけ冷静でいられるものか。
「害獣と和解できる未来を願っていますよ」
そうして当然のように背を向ける。
感覚遮断の魔方陣は森の出口からセーフハウスまでの間に複数箇所に敷いてある。費やした魔力に比例してその展開範囲は広く強力だ。たとえ高等魔術を修めた魔術師であってもそうかんたんには知覚できないよう細工も施した。「追跡者」の大半はこれで拿捕できるだろう。もっともその内の何割が無事に回収されるかまでは知らないが。
「さて、早めに食事の支度をしておきましょうか」
無数の怨嗟を背にけれどその足取りは実に軽やかだった。
