竜蛇の返礼

短編 List-2
短編 List-2

 その日、任務の関係でエリアル王国を訪れていたのはマサキとテュッティだった。任務自体はつつがなく終わったのだが魔装機神隊における二人の立場上ある程度はもてなさねば国の面子に関わると思ったのだろう。国内最上級のホテルを用意されとりあえず一泊することになった。
「さっさと帰りてぇんだけどなあ」
「こればかりは仕方ないわよ。差し迫った任務があるわけでもないし、暇なら少し出てくればいいわ。でも、街からは出ないこと。道がまっすぐなところだけにしてちょうだい」
 最終的には必ず目的地にたどり着くとはいえそこまでの経緯に問題があるのだ。どこで何を拾い騒動を起こしてくるかわかったものではない。
「おれはガキか!」
「何事もなく無事に帰ってくる分、子どものほうがよほど優秀よ」
 【お姉さん】の指摘は厳しかった。マサキはむくれた。
「何だよ。少し歩いてくるだけじゃねえか。ふざけやがって!」
 ホテルの北側は海になっていた。ホテルから浜辺までは一直線だ。何とはなしに海へ出る。
「……何だ、あれ?」
 道の真ん中を這う何か。よくよく見れば蛇だった。好奇心のままに近寄ってみれば。
「スゲぇ派手な色してんな、こいつ」
 背は鮮やかな瑠璃で腹は黄金。両目は煌々と燃え盛る猩々緋しょうじょうひ。一度見たら二度と忘れられないインパクトだ。
「ん? これ、血か。何だよ。怪我してんのか?」 
 見ればまるで何かに切りつけられたかのように腹が少し裂けていた。
「何かウミヘビっぽいな」
 裂けた腹などまるで気にならないという勢いでまっすぐ浜辺に向かって這いずっている。だが、そのスピードは段々と落ちていくばかりだ。
 さて、どうしたものか。しばらく思案した末、マサキはそのあたりを探して折れた枝を見つけた。長さは一メートル程度。それを手に蛇の正面にしゃがみ枝を差し出す。毒の有無がわからない以上、直に触れるのはためらわれたのだ。特に威嚇はされなかった。
 短くない沈黙だったと思う。じっとマサキを凝視していた蛇は何かしら腑に落ちたのかしばらくしてするりと枝に巻き付きそのまま動かなくなった。
「お前、もしかして人間の言葉がわかったりするのか?」
 精霊が実在する世界だ。もしかしたら目の前の蛇も似たような存在なのかもしれない。
「まあ、それならそれでいいけどよ」
 足早に波打ち際へ向かいそっと枝を下ろす。すると蛇は白波に正面から突っ込みあっという間に海へ潜ってしまった。
「ラ・ギアスのウミヘビって派手なやつだったんだな」
 その程度の感想だった。
「もしかしたら【竜蛇様】かもしれませんね」
「りゅうじゃさま?」
 数日後。もらった土産が多すぎるから適当に配りに来た。そう言って訪れたマサキにシュウはそんなことを言ってきた。
 竜蛇。それはエリアル王国のある地域にのみ生息するウミヘビを神格化したものであった。博学な男は相変もわらず腹立たしいほど博学だ。
「【竜蛇様】はちょうど今の時期、あなたが宿泊していたホテル周辺の浜辺に現れるのですが同時期にその地域特有の神事があって、タイミング的に神の使いあるいは日本で言うところの竜神として崇められているようです」
「竜神ねえ。まあ、めったに見ねえど派手な色してたからなあ」
 あれくらい豪華であれば竜神を名乗っても違和感はないだろう。
「ただ、近年の調査では個体数が減少傾向にあり少し問題になっていますね。詳しい生息地域は今も把握できていませんから保護活動も難航している」
「何か大変なやつだったんだな」
 いまいちぴんとこない。それよりも気になったのは。
「なあ、【竜蛇様】って精霊じゃないのか?」
 シュウは【竜蛇様】を精霊ではなく竜神と言った。それがマサキには不思議だった。ラ・ギアスでは人間の創始した宗教はほぼ消滅しており古代より伝わる精霊信仰が唯一広く行われている。そう聞いていたからだ。 
「ほぼ消滅しただけで完全に消滅したわけではありませんよ。事実、エリアル王国は精霊信仰が薄く地域はかぎられていますが今も【神】が信仰の対象となっています」 
 【竜蛇様】はその内の一柱であるらしい。もっとも不信心者から見れば【神】と精霊の差などあってないようなものだろうが。
「地上にいた頃はともかくラ・ギアスで神様って聞くと何か変な気がするな。違和感しかねえ」
 何せマサキの愛機は【神】ではなく【風の精霊王サイフィス】の加護を受けているのだ。マサキ自身も精霊憑依ポゼッションを果たした身。実在が不確かな【神】よりずっと身近で信仰に値する。
「精霊信仰が薄い地域ではきっとあなたと逆の反応をする人間が多いでしょうね」
「そんなもんか?」
「そういうものですよ」
 会話はそこで終わった。その程度の内容だった。それが重要な意味を帯びたのはさらに数日後。神官を狙った連続咒殺事件が発生してからだった。
 
 咒殺されたのは将来を有望視されていた年若い神官たちであった。
 ラングランにおいて神官は精霊との対話により自然界との調和を図ることを目的とした階級だ。練金学的な知識を持つ者も多い。行政権を持つ者もこの階級から選出されている。由々しき事態であった。
「この犯人、腕はいいけどそれだけで頭は悪かったみたいね。こんな短期間で犠牲者——それも神官から出したら普通に疑われるわよ。ヴォルクルス教団のバックアップを受けているみたいだけど仕事が終わったら真っ先に尻尾切りされる手合いね」
 資料を手にしたセニアは辛辣だ。
 おそらくこの咒殺事件自体は本番前の予行練習だろう。最終的なターゲットはおそらく大神官。
「神殿のセキュリティをかいくぐって対象を呪い殺すには相応の手順がいる。そのための資金もね。教団のバックアップを受けているくらいだからそこそこ規模のある組織なのは間違いないわ」
 となるとデモンゴーレムや死霊装兵による妨害はもちろん、場合によっては魔装機での反撃も十分に考えられる。
「連中のアジトは?」
 用意された資料を見れば聞いた覚えのない小国の山間部だった。どうやら地下に潜っているらしい。補足を求めたところ「ラ・ギアス聯盟」二八カ国の中でも特に国力が劣る小国であるらしい。どうりで覚えがないはずだ。
「影が薄すぎて気づくのが遅れたのよ。まさかこんな辺鄙なところをアジトにしてただなんて」
 一〇人近い神官が犠牲になって以降、咒殺事件は一旦沈静化している。おそらく咒殺に必要な呪物を使い切ってしまったからだろう、とは資料をまとめた情報局の見解だ。
「神殿に調査を依頼してわかったんだけど、呪物の製造方法は死霊などの魔性を閉じ込めた結界内に精霊かそれに近しいものを贄として捧げ、より強力な魔性に成長させる。これを希望するレベルの呪物になるまで何度も繰り返すそうよ」
「なら、食わされてるのは蛇の精霊かそれに似た何かってわけか。だから、被害者には蛇に絞め殺されたみたいな跡があったんだな」
 いずれにせよ迅速な対応が必要だ。
「今回は場所が山間部、それも地下になるからメインはザムジードね。地形を無視して地中を移動できるってほんと便利だわ」
「えー。でも、あんまり近づき過ぎるとセンサーに感知されるから万能じゃないんだけど」
 その機体性能から特に足場が悪い場面で斥候を任されるミオは少々不満げだ。
「とにかく、新しい呪物を完成される前に叩きつぶすわよ!」
 出撃は明日深夜。夜襲をかけるのだ。教団の支援を受けている以上、アジト内部にはヴォルクルス神殿に近しい施設があるかもしれない。その場合は【大量広域先制攻撃兵器 】によって周辺ごと破壊する。いつも通りの短期決戦だ。
「ねえ、マサキ。それ、どこかにぶつけたの?」
 気づいたのはテュッティだった。
「それ?」
「そこ。右手首のところよ。変な痣ができてるわ」
 それは木の葉形の痣であった。
「どっかでぶつけたんだろ。数日もすれば消えるさ」
 それよりも明日の任務に備えて準備をしなければ。
 サイバスターの整備状況を確認すべくマサキは足早に会議室を出たのだった。

 これは奇縁か悪縁か。マサキは頭を抱えた。
「ただの腐れ縁なんだにゃ」
「いまさらにゃ」
「もうツッコむのも面倒くさいですね!」
 容赦と遠慮を知らない二匹と一羽はとにかくやかましい。状況も忘れマサキはいつものごとく怒鳴りつける。
「うるせえっ! これ以上騒ぐならしゃみせんにするぞ、てめぇら。あとチカ、お前は吊して焼き鳥だ‼」
 そうして始まる一人と二匹と一羽の追いかけっこである。もう収集がつかない。
「静かになさい。状況を忘れたのですか」 
 玲瓏の一声がぴしゃりと場を打ち据え騒動に終止符を打つ。
「……悪かったよ」
 さすがに短慮であったとマサキは素直に謝る。煽ったシロ、クロ、チカもしゅんと頭を垂れる。素直であることは美徳だ。
 今現在、マサキたちは連続咒殺事件の主犯がいるであろう敵のアジトで身を隠していた。ラングランからアジトがある小国までの直線距離は優に数百キロを越える。どうやって乗り込んだかといえば違法改造された転移ハイウェイ——すなわち【ゲート】であった。
 ラ・ギアスにおいて【ゲート】は一般家庭にまで普及しておりどの家庭においても【ゲート】は日常風景の一部であった。ゆえにまさかそれが反社会的組織のアジトに通じているとは誰も思わなかったのだ。
 野生の勘。すべてはそれに尽きた。サイバスターの整備状況を確認し帰路に着いた直後。街中で一人の男とすれ違ったのだ。
「おい、あんたっ!」
 全身が総毛立つ。反射的にマサキは声を上げていた。男が振り返る。視線がぶつかるなり男は愕然と目を見開いた。男はマサキの顔を知っていた。ラングランが誇る救国の英雄である。顔を知られていても不思議はない。だが、そこに驚きや興奮はあっても焦燥と絶望は必要ないはずだ。男は絶叫した。
「待ちやがれっ‼」
 周囲の人間を突き飛ばしながら全速力で男は逃げた。マサキもそれを追う。通りを抜け路地を曲がり時には塀を飛び越えて行き着いた先は商店街の端にある空き家であった。迷わず踏み込めば男は台所を抜け裏手の【ゲート】へ身を躍らせていた。
「逃がすわけねえだろうがっ!」
 そうして勢いで飛び込んだ結果。
「【ゲート】先で待ち伏せていた相手の戦闘員に取り囲まれて絶体絶命に陥るとか何のコントですか。ご主人様がいたから助かったものの。もう、それでも魔装機神操者ですか。歴戦の勇士ですか。情けない!」
「仕方ねえだろ、追いかけるのに必死だったんだから。ほんといちいちうるせえな。今度こそ焼き鳥にするぞっ‼」
「問答無用の動物愛護管理法違反! 五年以下の懲役または五〇〇万円以下の罰金フラグありがとうございます罰金はキャッシュでっ‼」
「学習能力がないのですか、あなたたちは」
 二度目の叱咤はもはやブリザードであった。マサキはむくれた。大人げないが叱られた相手が相手なのでこればかりは仕方がない。男の子には意地があるのだ。
「つかよ、何でお前がここにいんだよ」
「知り合いから頼まれたのですよ」
 何でも咒殺された神官が務めていた神殿に王族時代からの知己がいたらしい。秘密裏に調査を依頼されたそうだ。
「それに教団が関わっているのであれば見過ごすわけにもいきませんからね」
「相変わらず無駄に顔が広いな、お前」
「あなたほどではありませんよ。さて、周辺の走査スキャンも一通り終わりました。そろそろ移動しましょうか」
 アジトは地殻変動によって埋没したヴォルクルス神殿であった。教団との接触は必然であったのだ。
「神殿としての機能はすでに停止していますしライフラインが確保されているエリアもかぎられている。走査できたプラーナの数からして今現在アジト内にいるのはだいたい三十数人程度でしょうね」
 問題はその内の何人が術者であるかだ。物理的な手段が通じる相手なら話は早いがこれが術者となれば勝手が違ってくる。
「神殿のセキュリティをかいくぐり神官を咒殺できるだけの手練れとなれば数はかぎられます。呪物を製造するためのシステムを維持する必要も考えれば本命の術者はほぼ身動きできない状態でしょう」
 呪物の製造手順からして相当数の魔性を扱っているのだ。労力のほとんどはその維持管理に費やしているだろう。一瞬でも管理を怠れば自分たちが全滅してしまうのだから当然である。
「可能であれば呪物製造システムを完全停止させておきたいところですが……」
 武装が充実しているであろう相手方に対してこちらは人間二人と使い魔が二匹と一羽。圧倒的過ぎる戦力差である。
「いや、お前、魔術使えるだろ。面倒くさいときは遠慮なく一切合切ぶっ飛す奴が何言ってんだよ」
「忘れたのですか。この神殿は地下十数キロの位置に埋没しているのですよ。大き過ぎる衝撃は神殿のさらなる倒壊を招きかねません。魔術に頼るのは最終手段です。……それにしても万が一に備えて【かくれみの】をいくつか用意しておいて正解でした」
「ああ、気配を消せるマジックアイテムか。これ精霊レーダーにも引っかからなくなるんだよな」
「使い捨てですから過度な期待は禁物ですよ」
 とにかく今は呪物の製造場所を突き止めるのが先だ。

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