ミセス・ハリファ

短編 List-2
短編 List-2

 シエテ。日本、東京都代官山に本店を置くオーダーメイド紅茶の専門店。
 オーダーを入れたのは一年前。事細かなイメージを伝え可能な範囲で茶葉と素材の指定もした。ひとつのブレンドが完成するまでにかかった時間は一カ月半から二カ月程度。納得を求めて追加したオーダーは五つを越える。そうとう無茶なリクエストもあったはずだがよくも間に合ったものだ。シュウの無理難題に応えきったブレンダーの執念と職人技には頭が下がる。
「それだけの価値はありました」
 正面には文字通り目を白黒させている青年が一人。その手に握られているのはアップルグリーンの茶缶。刻印されているロゴは彼の愛機をイメージした六枚羽根だ。当然、これも特注である。
 この日のため、この世でただ一人のためだけにブレンドされたこの世でただ一つの紅茶。
「オーダメイドって……、お前。だから少しは金の使い方ってやつをだな」
「費やすべきところに適当な額を費やしているだけですから何ら問題はありませんよ。それに今回は本当に少額ですからね」
 実際、以前に贈った装飾品に比べれば今回の出費はそれこそ子どものおつかい程度にも満たないのだ。かかったといえば時間くらいだろう。頭を抱えるマサキに対し期待通りの反応を得られたシュウは上機嫌だった。
 目の前のテーブルにはインディゴのリボンでラッピングされた紫色の茶缶とアールグレイが香るミルクティーのトリュフが並んでいる。アールグレイは地上の高級食料雑貨品店のブランドだ。地上に出かけたさいよく購入していたのを覚えてくれていたらしい。
 半ば隠遁に近い生活を送っているシュウはともかく日夜を問わず魔装機神隊の任務に追われるマサキにバレンタインの準備に割く時間はない。ゆえに最初の年に贈ってくれた有名ブランドの紅茶でいいと伝えていた。乱暴な話、贈られるもの自体は何であれかまわないのだ。シュウのためにマサキがそれを選んだ。その事実さえあれば。けれどそう伝えたところで素直に聞いてくれる性格ではない。それがわかっているからこそシュウは提案したのだ。
「でしたら、あなたの日常にあるものを贈ってくれませんか?」
 まさかそんなものをねだられるとは夢にも思っていなかったのだろう。マサキはしばらく唖然としていた。
「何だよ、そんなもんでいいのか? お前、ほんとわかんねえ奴だな」
 日常にあるに身近なもの。それは大抵が飲食物であったが時によく顔を出すカフェのマグカップであったりめずらしく手に取った小説であったり、本人なりに吟味したであろう科学雑誌であることもあった。そして、添えられていたのはいつも同じ。何の飾り気もない板チョコだった。
「ええ、それだけで十分ですよ」
 本心だった。
 教団が壊滅しないかぎりまた背教者として犯した罪科が精算されないかぎり、生涯追われる身の上となったシュウにとってマサキの「日常」は触れることすらためらわれるほど遠くまた得難いものだった。ならばせめてその片鱗だけでも手元に残しておきたいと願うのは至極当然のこと。
「これはフュージョンのブレンドですね」
「何だよ。お前知ってたのか?」
「ええ。ただ手にする機会がほとんどありませんでしたから」
 嘘ではない。手にする機会がほとんどなかったのは事実だ。
「ちょっと飲んでみたけどよ。それ、何か面白かったぞ!」
 無邪気に笑う。よほどお気に召したらしい。
「でしたらあなたも一緒に飲みませんか?」
 目の前には『兄妹』合作のトリュフもある。時間的にもアフタヌーンティーにはちょうどいいだろう。
「今年も無事に終わって何よりです」
 ささやかな「日常」の得難さを噛みしめながらシュウは以前に贈られたティーウェアを用意すべくキッチンへ向かったのだった。

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