募集内容は新型ドローンの試運転アシスタント。応募資格としてドローン操作の経験が求められたが自作のドローンを何台も所有する青年にとっては余裕だった。短時間でかんたんに稼げる高収入のバイト。しかもそれなりに名の知れた企業だ。のちのち何かしらのPRにも使えるに違いない。青年はほくそ笑んだ。自分は幸運だ。けれど冷静になって気づくべきだったのだ。短時間でかんたんに稼げる高収入のバイト。それがどこで募集されたものであったか。
「短時間でかんたんに稼げる高収入のバイト」の応募を青年が見つけたのはネット。それもダークウェブと呼ばれる仄暗い場所であったのだった。
「なあ、ミオ」
「何?」
「おれたち運が良かったと思うか?」
「良かったんじゃない。だってあれ短機関銃だったんだよ? まともに食らってたら蜂の巣だったんだから」
「そりゃあ、まあ。確かにそうなんだけどよ」
「……まあね。この様じゃあ、お互い任務どころじゃないもんね」
真っ白い病室の大部屋でベッドを並べ、マサキとミオはつい先日自分たちを見舞った不運を振り返っていた。テロ行為の現場に居合わせてしまったのだ。
場所はとある貴族のパーティーであった。ちょうど任務先近くの街に居を構える貴族がマサキたちを賓客として招待したのである。幸い任務を無事終えた直後であったが次の任務がいつ入るかわからない。何とか断ろうとしたところにストップをかけたのがセニアだった。どうやら相手の貴族が議会でそれなりの発言力を有していたらしく無下に断るよりも素直に受けて恩を売れというのだ。魔装機神隊と議会の関係はお世辞にも良好とは言い難い。二人は不承不承に頷いた。
「……その結果がこれなんだけどよ」
右腕にしっかりと巻かれた包帯にため息が漏れる。
「まさかドローンと暗殺者がタッグで来るとは思わなかったよね……」
そう、襲撃者は一台のドローンと二人の暗殺者であったのだ。ターゲットは言うまでもなく貴族の当主であった。
「てめぇ、待ちやがれっ!」
戦場で培われた第六感は絢爛なパーティーに紛れた異物を正確に見抜きマサキはためらうことなく暗殺者を殴り飛ばした。同時に当主とその家族をミオが別の部屋へと避難させる。SMGを装備したドローンが会場に突入してきたのはその直後のことだ。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。血だまりには着飾った無言の肉塊だけが積み重なり、生き延びた者は血と苦鳴と怨嗟を吐き出しながら床を這いずった。
マサキとミオも無傷では済まなかった。とっさに顔を庇ったマサキは右腕を飛びすさろうとしたミオは左足のふくらはぎを撃ち抜かれたが幸い銃弾は貫通し骨も無事であった。十分幸運だったのだ。
仲間を一瞬で再起不能にされ、無駄な死傷者だけを出したと理解したもう一人の暗殺者は賢明だった。人事不省となった仲間を容赦なくドローンで撃ち殺すと一瞬にしてその場から離脱したのである。まるで嵐であった。
その後、暗殺者の足取りは追えなかったかドローンの操縦者はすぐに捕縛された。操縦者は先月成人したばかりの青年であった。取り調べで青年は高額の報酬に目がくらんだと供述したらしい。また、応募の時点で家族構成を含めた個人情報を握られてしまったため相手が偽の企業だと理解したときにはすでに拒否することができなかったとも。
「馬鹿な真似しちまったもんだ」
「短期間でかんたんに稼げる時点で警戒心持とうよって話だよね。しかも応募した場所ダークウェブじゃん。むしろ何で素直に応募しちゃったかな」
駆けつけた憲兵と救護班の尽力により負傷者はその場で応急処置を施されすぐさま病院へと搬送された。魔装機神操者であったマサキとミオはいったん街の総合病院へ搬送後、翌日にはセニアの指示で街からもっとも近かったマドリーラ州の州軍病院へと移送されたのだった。
「表面の傷は治癒術でふさぎました。しかし、内部の傷が治るまではまだしばらく時間がかかります。任務内容を考えれば難しいとは思いますが可能な限り無理をしないようお願いします。——いいですね?」
看護師長の鋭い眼光にマサキとミオは震え上がった。否と唱えたが最後、ヤンロンすら越える雷の鉄槌が脳天を直撃する。それは予測可能回避不可能な「末路」であった。二人は素直に入院した。
「ミオはともかくよ、おれはもう少し早めに退院してもよくねえか?」
ふくらはぎを撃ち抜かれ歩行に支障が出ているミオに対し、右腕を撃ち抜かれただけのマサキは少々不満げだ。
「あのさ……、利き腕撃ち抜かれてるのに何言ってるのよ。だいたいマサキいっつも最前線にいるじゃない。利き腕怪我した状態で任務に出るとか馬鹿じゃないの?」
松葉杖があるとはいえすでに四日間ベッドの上からろくに動けていないのだ。ミオの機嫌は最低辺に達していた。
「だからってなぁ……」
しかし、ミオの言うことはもっともだ。マサキとて自覚はある。だが、左腕は十分動くのだ。通常の戦闘は無理でも単純に機体を移動させるだけなら支障はない。ミオとて途中までは背負ってもらう必要はあったもののザムジードの移動自体はマサキ同様自力でやってのけたのだ。
「サイフラッシュ撃つだけなら問題ねえのによ」
「それを言うならザムジードだってレゾナンスクエイク撃つだけなら問題ないってば。……でも、それだけでしょ?」
「……やっぱ無理か」
「無理だよ、どう考えても」
そうして顔を見合わせたままがっくりとうなだれる。
医師の見立てでは治癒術による治療を含めたとしても完治まで約一カ月。実際はもう少し早く治ると言われているが魔装機神隊の激務を考えればリハビリも含めてもっと時間を取ったほうがいいと諭されたのである。
「にしても約一カ月」
「マサキ、自力で歩けるだけまだいいじゃん。あたし松葉杖あってもきついんだよ?」
「車椅子あるだろ。って……、お前初日にあちこち行きまくったから没収されてたんだっけ」
「無念」
「いや、自業自得だろ」
しかし、不毛な会話も長くは続かず最終的には二人そろってベッドの上をごろごろと転がる始末。まったく落ち着きがない。ヤンロンが見れば説教は免れないだろう。
「もう。少しはおとなしくしなさい。じっとしていないと治るものも治らないわよ」
見舞いに現れたのは二リットルの蜂蜜ボトルを両手に抱えたテュッティだった。
「遂に来たか……!」
「あれが……、噂の二リットルボトルっ⁉︎」
「二人とも何て顔してるの。蜂蜜は身体のためにいいんだからしっかり食べるのよ? 看護師さんにもちゃんと伝えてあるから」
どん、とサイドテーブルに置かれる四リットルの蜂蜜ボトル。もはや視覚の暴力である。
「限度があるわっ!」
「糖分的にアウト。これ絶対アウトっ‼」
エネルギー代謝が常識値の二人は暴力的糖分の善意に全力で抵抗したのだった。
「申し開きがあるなら聞きましょう?」
「……ごめんなさい」
糖分強要事件から数日。現在、マサキ・アンドーはとあるセーフハウスのリビングで姿勢正しく正座したまま縮こまっていた。正面でマサキを見下ろすのは約一カ月ぶりに顔を合わせることとなったシュウ・シラカワである。
「話を聞く限りあなたはまだ治療中だったはずでは?」
「……はい」
絶対零度とはまさにこのことか。突き刺す視線の凍気に顔を上げる勇気すら凍りついたマサキは首振り人形のごとくただただ頷くしかなかった。
当初はおとなしく入院しているつもりだったのだ。けれど院内で迷子になっている途中に聞こえてしまったとある任務。
「たぶん、それくらいなら手伝えるぜ」
つい口を衝いて出てしまった。
サイフラッシュの最大射程は半径数十キロ。戦闘区域外から敵機のみをピンポイントで行動不能にする程度のことは朝飯前だ。射程が長くなる分、消費するプラーナの量は増えるが後方支援ならば問題はない。正直、その程度の意識だった。実際、作戦は成功した。州軍兵たちからもずいぶんと感謝されたのだ。
そうして上機嫌で病室に戻ったマサキを出迎えたのが、
「ずいぶんと元気な怪我人がいたものですね」
「何でお前がここに来たっ⁉︎」
文字通りマサキは跳び上がった。シュウ・シラカワ。よりにもよってなぜこの男が。硬直するマサキにつかつかと歩み寄るとシュウはその首根っこを引っ掴み当然の様に歩き出す。
「ちょ、お……、い。おまっ⁉︎」
半ば一方的に引きずられるマサキにベッドの上からミオが叫ぶ。
「マサキ!」
「ミオ。た、す……」
「GOOD LUCK!」
「助けろよっ⁉︎」
しかし、触らぬ神に祟りなし。ミオ・サスガはそれはそれは賢明なのであった。そして時間は現在に巻き戻る。
「いくら戦闘区域外だったとはいえ伏兵や増援がいたらとは考えなかったのですか?」
「考えては……、なかった。サイフラッシュ撃てばどうせまとめて墜とせ、る……、し」
「短慮にもほどがある」
間髪入れずに一刀両断である。マサキはさらに身を縮み込ませる。
「……ごめん」
もともと約束をしていたのだ。任務が終わったら食事に行こう。そのためにも極力無茶はしないように、と。普段に比べれば楽な任務だったこともあってマサキは素直に頷いた。だが、結果はこの有り様だ。シュウの怒りはもっともであった。
「以前にも言いましたが、あなたの命はあなたが思うよりもずっと重くなったのですよ?」
「……ごめんなさい」
「この件はセニアに報告済みです。怪我が完治するまであなたの身柄は私が引き受けます。拒否は許しません」
「はい……」
普段であれば噛みついて徹底抗戦したいところだが今回ばかりは分が悪い。というより全面的にマサキが悪い。何といっても約束をしていたのだから。約束を破るのは悪いことだ。
「まあ、きちんと反省しているようですからこの件はもうよしとしましょう」
「……なあ」
「どうしました?」
「約束破って……、ごめん」
「怪我に関しては完全な不可抗力だったでしょう? あなたのおかげで助かった命があるのです。そこは胸を張りなさい」
あからさまに消沈した様子にシュウは困ったように笑う。こうもしょげられてはこちらの調子が狂ってしまう。正座したままのマサキをゆっくり立たせ、ゲストルームへと案内するとシュウはそのまま書斎へ向かい通信端末を起動する。
「恩を売るなら確実に売りたいでしょう?」
「当たり、ついてるんでしょうね?」
シュウの介入を予想していたセニアは能面だった。
「でなければ連絡などしませんよ」
「そ。じゃあ、手を貸してちょうだい。手間賃はいらないわよね?」
「もちろん。すでに十分、支払ってもらいましたから」
シュウは書斎のモニターに映ったデータをその場で転送する。
「……ああ、そういうこと。内輪もめするならするでもうちょっと加減を知りなさいよ。馬鹿ばっかりだわ。——ええ、これで十分よ。助かったわ」
端末の向こう側ですべてを把握したセニアの声には明らかな苛立ちがにじんでいた。首謀者たちの未来はこの瞬間にほぼ確定されたも同然であった。
「ところで実行犯とその指揮系統ですが」
「好きにしなさいよ。そこまで手を回してる暇なんてないんだから」
「そうですか。感謝しますよ、セニア」
端末の電源を落とし書斎を出る。
「幸運に牙を剥けば悪運に見舞われる。自明の理ですね」
夕飯までにまだ少し時間がある。今のうちに買い物を済ませてしまおう。「掃除」はそのあとでも十分間に合う。
そうして、この瞬間「彼ら」の運命もまた決したのだった。
