永遠と幸運に潜むもの

短編 List-3
短編 List-3

「これ、カフスボタンじゃねえのか?」
「正式名はカフスリンクスですね。カフスボタンは和製英語ですよ」
 首を傾げるマサキの手のひらできらめくのは本物のモルフォ蝶の羽を使ったカフスリンクスだった。光の加減と角度によって青く蒼く碧く輝く永遠と幸運の結晶。
「でも、モルフォ蝶って地上のやつだろ。よくラ・ギアスで手に入ったな」
「合法非合法を問わなければいくらでも手段はありますからね」
「……つまり真っ当な方法じゃないんだな?」
 途端にマサキの表情かおが渋くなる。対してシュウは飄々とした態度を崩しもしない。
「彼にはいろいろとツテがありますから」
 シュウにカフスリンクスを贈ってきたのは王族時代からの「支援者」の一人であったのだ。
「支援者ねえ。どうせろくな奴じゃねえんだろう?」
「失礼な。真っ当な投資家ですよ」
「お前の口から真っ当って言われてもなあ」
 何せ「シュウ・シラカワ」から見て「真っ当な」投資家なのである。腹に一物どころか二物三物おまけに四物を隠し持っていたとしても何ら不思議はない。マサキからすれば立派な警戒対象だ。
「彼は分をわきまえた人間です。心配は無用ですよ」
 そうでなければシュウの「支援者」は務まらない。彼らはあくまでも支援する者でありどこまでいっても部外者でしかないのだ。必要以上の深入りはお互いに不幸しか産まない。
「その割に高そうなもん贈ってきてるじゃねえか」
「つき合いが長いですからね」
 何せ王族時代——教団時代からの「支援者」である。当然、シュウの性格は熟知しているだろう。いたずらに触れれば何が起こるかも。
「好奇心は猫をも殺すものですが」
 手にしたカフスリンクスを不思議そうに眺めるマサキを一瞥し、口許を緩める。マサキなりに警戒はしているのだろうがそれでもこのカフスリンクスに込められた鈍色の善意までは疑っていないようだ。
「相変わらずあなたは賢明ですね」
 視線をカフスリンクスに戻す。クリストフ・グラン・マクソードとしてではなく背教者シュウ・シラカワとしてラ・ギアス全土に指名手配されて以降も当然のようにシュウを支援してきた男は好奇心が旺盛だった。ゆえに気づいたのだろう。シュウがその背に隠す唯一無二が「誰」であるか。
「よければ差し上げますよ」
「は? 何言ってんだお前」
 カフスリンクスは「支援者」がシュウに贈ったものだ。それをマサキが受け取るなど意味がわからない。いぶかしげにシュウを見返すマサキの反応は当然だ。けれどこれが「正しい」のだ。
「カフスリンクスは一通りそろっているのですよ。だからといってこのまま使いもせずしまい込むのも失礼ですからね。あなたはカフスリンクスなど持っていないでしょう? ちょうどいいではありませんか」
「ちょうどいいって……、おまえ人の善意を何だと」
「私が受け取った物をどう扱おうと私の自由でしょう?」
「お前って奴は……!」
 いけしゃあしゃあとのたまうシュウにマサキは頭を抱えるしかない。一度言い出したらてこでも動かないのだこの偏屈男は。
「わかったよ。でも、ちゃんと相手には謝っとけよ」
「心配は無用です。彼は賢明な人間ですからね」
「賢明? お前、ほんと何言ってんだ?」
 事情を飲み込めないマサキはただただ首を傾げるばかりだ。
「こちらの話ですよ。それよりそろそろいい時間です。お茶の用意をしましょうか」
 さっと席を立つ。会話も疑問もここで強制終了だ。マサキが呼び止める間もなくシュウはキッチンへと足を向ける。
 モルフォ蝶は永遠と幸運の象徴。けれどその羽の裏側に潜むものを正しく理解している人間がどれだけいるだろう。
 モルフォ蝶には「動物の死体」や「動物の糞」、「腐った果実」などに集まりそれらを餌として食べる習性がある。その屍食性、糞食性はチョウ類全般に見られるものだが中でもモルフォ蝶はそれが顕著なのだ。
 「支援者」がシュウにカフスリンクスを贈ってきたのは善意からではない。半分は冷やかしで半分は皮肉だ。
 破壊神の名の下に死と破壊を振りまき軀を積み上げ数多の死を当然のように消費してきた。死に群がり軀をむさぼるモルフォ蝶。「背教者」にこれほど似合いな組み合わせもあるまい。
 それが今やどうだ。ヴォルクルス教団の大司教としてかつては邪教の頂点に座した男が後生大事に抱えていたのは精霊王の加護厚き地上からの客人——風の魔装機神サイバスター操者マサキ・アンドー。厚顔無恥どころかもはやある種の冒涜ではないか。
 それでも「支援者」は口をつぐむことを選んだ。この事実を材料にシュウを脅すことは十分可能であったにもかかわらず、だ。
「本当にあなたは賢明な人間ですよ」
 モルフォ蝶のカフスリンクスはシュウではなく正しくはシュウとマサキに贈られたものだ。込められたのは皮肉と称賛と敬意。「支援者」は信仰よりも営利を取った。正しい判断だ。敬虔さは時に死を招く。
「さて、お礼はどうしましょうか」
 今現在シュウの手元には大枚をはたくに値する「情報」がいくつかある。だが、そのいずれもが今回の「贈り物」に対して相応ではなかった。明らかに「お礼=情報」の価値が高いのだ。おそらくそのあたりも向こうは予想済みだろう。最小の労力で最大の成果を手に入れる。相変わらずしたたかな男だ。
「まあ、今回は目をつむりましょう」
 何だかんだと言いながらマサキは受け取ったカフスリンクスを喜んでいたのだから。
「いつの世も人間関係は大事ですからね」
 たとえそれが薄氷の上に成り立っていたとしても。

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