二週間にわたる任務だった。テロ組織の鎮圧とテロに乗じた火事場泥棒すなわち山賊の拿捕。出動したのは地形的に優位を取りやすいザムジードとガッデス。そして、サイフラッシュと同様敵味方識別機能を有する【大量広域先制攻撃兵器】——サイコブラスターを備えたヴァルシオーネRだった。
面子を考えれば当然の結果であったがテロリストは無事鎮圧され任務期間延長の原因となっていた山賊たちもまた完膚なきまでに叩きのめされたのだった。
「任務達成おめでとうアフタヌーンティーっ‼ ミオちゃんがんばった。偉い!」
「ちょっと待て、何だこれっ⁉︎」
立ち尽くすマサキの前で催されていたのは任務を無事終えた女性陣だけのアフタヌーンティー。だが、問題はその中身だ。
三段のケーキスタンドの一段目に積み上げられたのはフライドチキンとフライドポテト。二段目はハンバーガーとサンドイッチ。そして三段目には分厚いビスケットと焼きたてのチョコチップクッキーにマドレーヌ。そしてスコーンとマシュマロの山。よくよく見ればスタンドの隣には大皿いっぱいのおにぎりとだし巻き卵、さらにたこさんウインナーまで用意されているではないか。まさにカロリーの暴力集団であった。
「何って見ればわかるでしょう。アフタヌーンティーよ?」
専用のシュガーポットを手ににっこり微笑んだのはテュッティだ。愛用のマグカップにはミルクティーがたっぷり注がれている。このマグカップ一杯に一キロの砂糖が当然のように投下される光景が日常と化したのはいつ頃からだろう。
「いや、見ればわかるって……」
ミオはハンバーガーにかぶりつきリューネは分厚いビスケットにたっぷりのメイプルシロップをつけてすでに三個目を消化し終えていた。宴会の空気を察知して現れたベッキーなどフライドチキンとおにぎりだけですでにできあがっている始末だ。もちろん、手にしたマグカップの中身はミルクティーである。そして、キッチンの奥ではプレシアが現在進行形で料理の腕を振るっていた。こちらも上機嫌だ。
「いいのか……、これでいいのか。アフタヌーンティー⁉︎」
教科書的なアフタヌーンティーのイメージから脱しきれないマサキはその場で頭を抱えて座り込む。目の前の現実が強烈過ぎて理解が追いつかない。
それはそれは豪勢なアフタヌーンティーはそのまま夕方近くまで続いたのだった。
「やっぱ納得いかねえ」
数日後、「ちょうど地上でアフタヌーンティーウイークが始まったから」とシュウに呼び出され律儀にやってきたマサキはティーカップを手にむくれていた。今さらながらに腹が立ってきたらしい。
「何かおかしいだろ、あれ」
「別におかしくありませんよ」
しかし、シュウの反応はあっさりしていた。
「社交場としての催しならともかく家庭内で楽しむのであればまったく問題ありません」
「でも、中身があれだぞ。ハンバーガーとかフライドチキンとか紅茶とあんま関係ねえだろ」
「アフタヌーンティーに厳守すべきルールなどありませんよ。あれは一つの憩いです。近しい人間と心穏やかな時間を共有する。そのための『場』です」
紅茶はその『場』を彩るためのアイテムに過ぎない。体裁に固執する必要などないのだ。
「そうは言ってもよ……。何て言うか、あれ」
シュウが用意するアフタヌーンティーしか知らなかったマサキにとって彼女たちのアフタヌーンティーはあらゆる意味で強烈過ぎたのだ。軽食ならまだしもまさかジャンクフードをあれほど堂々と突っ込んでくるとは夢にも思わなかった。しかもおにぎりにだし巻き卵までついてきたのだからもう絶句するしかない。
「まあ、確かに強烈ではありますね」
シュウとて最初は耳を疑ったのだ。ケーキスタンドを占拠するジャンクフードなど想像したこともなかった。しかしそれも話の内容を整理してみればさもありなん。過酷な任務を終えたばかりの彼女たちにとってそれは当然の権利であり許されてしかるべきアフタヌーンティーであった。
「言いたいことはわかるんだけどよ。やっぱちょっと納得いかねえって言うか」
「めずらしくこだわりますね」
「だって何か気になるんだよ」
アフタヌーンティーは一つの憩いだ。近しい人間と心穏やかな時間を共有する。そのための『場』だ。マサキにとってそれは手のひらに収まるほどに小さな箱庭だった。彼女たちのアフタヌーンティーに嫌悪があるわけではない。ただ、それを受け入れてしまうと箱庭の何かが変わってしまう。そんな一抹の不安と恐れがあったのだ。
「なら、明日もこちらに来なさい」
「は?」
「要はあなたが気にする必要がなくなればいいのでしょう?」
なら答えはかんたんだ。気にする必要がなくなるくらいこの箱庭で自由に過ごせばいい。何ものにも侵されることがないようそのイメージを強固なものにしてしまえばいいのだ。
「それで解決する問題なのか?」
「解決する問題です」
「そ……、そうかよ」
有無を言わさぬ即答の迫力に思わずのけ反りそうになる。だが、同時に少しほっとした。この小さな不安も恐れの棘も解決できる問題なのだ。なら、迷うことはない。
「じゃあ、明日も来てやるよ!」
小さな箱庭のアフタヌーンティー。
硝煙も死臭も土煙もこの箱庭には届かない。
ここにあるのはただ一人のために用意されたささやかな休息と自由。それがすべて。それだけが、すべて。
「彼女たちには感謝しなくてはいけませんね」
結果的にとはいえ良い口実を作ってくれた。後日、何かしらの礼を用意しておこう。
「楽しい一週間になりそうです」
