とにかく暇をつぶせて静かに昼寝ができる場所に行きたい。となれば選択肢などあってないようなものだ。マサキは迷うことなくシュウのセーフハウスに乗り込んだ。だが、めずらしくも家主は留守でありマサキを迎え入れたのは留守番役にと置いてけぼりを食らったチカであった。
「クレーター・オブ・ダイヤモンズ州立公園?」
何やら豪華そうな名前の公園もあったものだ。ダイヤでも湧いてくるのだろうか。
「あながち間違いではないですねー」
一方的に置いてけぼりを食らったチカはあからさまに不機嫌だった。大げさに羽を広げておのれの不幸をアピールしてくる。正直、うっとうしい。
「あながち間違いではないって、本当にダイヤが湧いてくるのか?」
「湧いてはきませんけど掘れば出てきますね」
アメリカ、アーカンソー州のマーフリーズボロにあるクレーター・オブ・ダイヤモンズ州立公園は世界で唯一、 一般の人間がダイヤを採掘できる公園だったのである。しかも、この公園で見つけたダイヤはすべて持ち帰ることができるという太っ腹だ。
「……まさかあいつ、ダイヤ掘りに行ったのか?」
その気になればおそよ一般市民のだいたいが望むであろう一切を手にすることができる男が、たかだかダイヤのために地上に出て採掘作業にいそしんでいる? 一体何の冗談だ。
「詳しいことは聞きませんでしたけどダイヤを掘りに行ったのは間違いないですね。だって、直前まで見ていたのがあれですから」
チカが指し示すのはソファに置かれたタブレット。その画面には地上のとあるニュース記事が表示されていた。日付は二年前のものだ。
「婚約指輪用のダイヤ?」
記事には公園で自らの婚約指輪にはめるダイヤを見事掘り当てた女性のインタビューが載っていたのだ。
「スゲぇな。ほんとに見つけちまったのか!」
「記事を読む限り結構長期間通ってたみたいですね。見つけたときはさぞ感慨深かったでしょう」
「そりゃあ、お前。婚約指輪だぞ。喜ぶに決まってんだろ」
そう、婚約指輪なのだ。その台座を飾る理想のダイヤを自らの手で採掘した。彼女にとってその事実はどれほど誇らしいものであっただろう。よくよく読めば婚約者との共同作業というではないか。何とも祝福されたカップルである。
「待て、待て。何であいつがこんな記事読んでんだ?」
あれは真性の性悪だ。慇懃無礼の代名詞。それがまさかこの記事に感動して自らも実践を?
「いや、実践してどうするんだよ。あいつが指輪贈るとかもうホラーじゃねえか。そもそも贈る相手なんていねえだろっ⁉︎」
「……あのですね。もうツッコむのも疲れるんでいい加減自覚してくれません? というかさすがにそろそろはっ倒されますよ!」
その性悪男の唯一無二が何を他人事のように慌てふためいているのか。呆れが礼に来るとはよく言ったものだ。しかし、氷点下の一針と化したチカの視線にマサキが気づくことはない。それどころではないのだ。
「あいつ何考えてんだ?」
もともとよくわからない男であったがいよいよわからなくなってしまった。
「まさかほんとに……」
母親の件もあってシュウの女性不信はそうとうなものだ。加えてストイックな性格と潔癖症なきらいもあって女性とのつき合いは極力回避しているのが常だった。例外があるとすれば相手が「同類」もしくは「良識ある人間」だった場合くらいだろう。それが自らダイヤを採掘に出るなどよほどのことがあったに違いない。
「私がどうかしましたか?」
「うわぁっ⁉︎」
思わず飛びすさる。噂をすれば影がさす。家主の帰宅であった。
「い、いつ帰ってきたんだよ。声くらいかけろ。驚くだろっ⁉︎」
「普段のあなたであれれば声を掛けずとも気配でわかると思ったのですが。——どうかしましたか?」
「ど、どうかって別に……」
まさか他でもないシュウのことで煩悶していたなどと口が裂けても言えるはずがない。しかし、問いたださずとも表情を見れば一目瞭然。加えてマサキの背後に見えたタブレットには例の記事が表示されたままだ。状況の把握はそれだけで事足りた。
「ダイヤを探していたのですよ。手間はかかりましたが良いものが見つかりました」
そう言って差し出されたのは二粒のダイヤ。どちらもかなりの大きさだ。カットしても〇・三カラット以上にはなるだろう。
「デケぇっ‼」
「大昔の話になりますが四〇・二三カラットのダイヤが採掘された記録もありますからね」
一九二四年に公園で採掘されたそのダイヤは「アンクル・サム・ダイヤモンド」と命名され、採掘者であるウェスリー・オーレイ・バシャムによって一九七一年に個人コレクターへ売却されているがその後の所蔵先は今現在も非公開となっている。
「お前、こんなデカいやつよく見つけたな!」
これだけのものを探し当てるなど一体どれほどの労力を要したのだろう。マサキは素直に感動した。しかし、それも一瞬。
「あちらこちらを走査しましたからね。さすがに疲れました」
固い地表は魔術でぎりぎりまで吹き飛ばしたらしい。
「——おれの感動を返せ、この卑怯者」
「あなたの期待に沿う義務はないのですが」
常に効率の最先端を歩く男に泥臭い作業は選択肢にすらなかったのだった。
「うるせえ! だいたい何でいきなりダイヤなんて掘りに行ったんだよ」
「指輪を作ろうかと思いまして」
「は?」
「指輪です。あなたも記事を読んだのでしょう?」
「いや、だってあれ婚約指輪……」
「ええ、そうですよ」
「⁉︎」
愕然とする。誰の、とは問えなかった。声が出なかったのだ。何がそんなに衝撃だったのかマサキ自身とっさには理解できなかった。
「安心なさい。そもそも受取手のない指輪ですから」
あからさまに動揺するマサキを気づかってかその声はそっと頬に触れるようにやわらかい。
「相手がいない? 何でだよ」
思わぬ返しにマサキは目をしばたたかせる。受取手がいないとわかっているのになぜ婚約指輪など作らなくてはならないのか。
「そうでしょう? あなたは私からの指輪を受け取らない。受け取れない理由——その覚悟がある。私もそれは理解しています。だから、受取手はいないのですよ」
「……」
返す言葉を見いだせずただ戸惑うばかりの感情を制したのはシュウが指摘した覚悟——魔装機神操者としてのマサキの覚悟だった。
添い遂げる。言うは易く行うは難しその約定の証左——婚約指輪。
元王族であり邪神の呪縛があったとはいえ一時はヴォルクス教団の大司教にまで登りつめた。いけすかない、けれど気づけば背を預けている男からのそれ。
そう、受け取れない。受け取れるわけがない。シュウが指摘したようにマサキはサイバスターの操者なのだ。日の光の下で世を守護する魔装機神操者——その責務を自らに課した者がどうして「背教者」からの約定を受け取れよう。
「何だよそれ……! わかってんなら、どうしてっ⁉︎」
「ただのきまぐれですよ」
ただ一言。そこには何の感情も見いだせず今度こそマサキは立ち尽くすしかなかった。
目の前には二粒のダイヤ。
それは交わされることのない約定の証。
背を預けることはできても日の光の下で並び立つことは叶わず、ゆえに届くことのない永遠。
けれどそれでいい。それで、いいのだ。
決して届かずともただ一人、この背を預けることだけはできるのだから。
届かない永遠
短編 List-3