Treatだけで十分です

短編 List-3
短編 List-3

 濃いめの茶葉に漂う甘いフレーバーは栗とキャラメル。トッピングされているのは香ばしいローストアーモンドと刺激的なピンクペッパーだ。そして、それを収めているのは真っ黒の三角帽子をかぶったかぼちゃの茶缶。創業から一七〇〇年の歴史を誇る老舗高級食料品店ロンティルフェルトの期間限定ハロウィンティーであった。
「毎度のことだけどよ、お前よくこの手の限定品見つけてくるよな。確かこれ受注生産だろ? しかも先着順」
 加えてもともとの原材料が希少なこともあって受付はオンライン予約のみ。去年は受付開始と同時にアクセス集中でサーバーが落ちたとニュースにまでなったのだ。それを当たり前のように差し出してくるとは。しかも一つではなく二つ。
「たまたまツテがあったのですよ」
「そんな都合のいいツテがあるわけねえだろ。ったく、ほんと何してんだよ、お前は」
「誓って不正には手を染めていませんよ?」
「当たり前だろ。でなきゃぶっ飛ばす」
 ボクシング部全国区の右ストレートは強烈なのである。
「去年、買い損ねたと言っていたでしょう」
 茶缶に一目ぼれしたプレシアの期待に応えるべく東奔西走したマサキであったが、もともと受注生産品で数は限られている。店頭に出るとすればキャンセル品のみ。当時は長期任務が重なっていたこともあって予約も間に合わなかったのだ。
「覚えてたのかよ」
「ええ。むしろあれだけ不機嫌な顔をしておいて忘れろというほうが無理ですよ」
「そうか?」
 八つ当たりをしてしまった記憶はあるがそこまで露骨だったろうか。
 まあ、それはそれとして、
「……金は払う」
「ええ。請求書は後日、手数料込みでメールしますよ」
 今回はプレゼントではなくあくまで「代理」購入のつもりだったようだ。マサキは内心でほっと胸をなで下ろし、同時にシュウを拝んだ。これで兄の面子は守られた。
「今回はツテを有効活用したと思いなさい。『知人』から譲り受けたものよりあなたが購入したもののほうがプレシアも喜ぶでしょうからね」
 去年、マサキが限定品のために奔走していたことは当然プレシアも知っている。そのためにマサキが無茶をしていたことも。
「いいじゃねえか、少しくらい。年に一度しかねえんだからよ」
「そうですね。それが任務の合間の無茶でなければ誰も咎めはしませんよ」
「……」
「プレシアに怒られたのでしょう。自分でも言っていたではありませんか」
「別に無茶ってほどのことじゃねえだろ。あれは不可抗力って言うか……、その」
「でも、怒られたのでしょう?」
「……まあ。ちょっと、だけ」
 怒りの鉄拳ならぬ怒りのおたまが飛んで来る程度には怒られた。
「良かったですね。今年は怒られませんよ」
 そうだ。図らずもシュウが自主的に代理を請け負ってくれたおかげでマサキは何の無茶もしていない。だから、怒られる必要がない。
「でも、これはこれでバレたらヤバい気がするんだよなあ」
 プレシアのシュウに対する警戒と敵愾心はいまだ根深い。ゼオルートの件を考えれば当然だ。それだけではない。マサキは気づいていないがシュウが何かにつけてマサキにちょっかいをかけていることをプレシアはしっかり見抜いている。茶缶がシュウの手を介してのものであると知れば大噴火は確実だ。
「なら、素直に黙っていなさい。沈黙は金、雄弁は銀ですよ」
「わかってるよ。でも、お前に言われると何かむかつく」
 気づけば茶缶の隣にはシーツのお化けをデザインしたクッキー缶が並んでいた。
「かぼちゃのペーストとパウダーを練り込んだチョコチップクッキーです。食べてみませんか?」
 どうやら紅茶とセットになっていたらしい。
「かぼちゃ……。何か匂いとかすごそうだな?」
 かぼちゃクッキーだけならまだわかる。近所のおばちゃんから貰ったことがあるからだ。だが、そこにチョコが加わるとなると話はまた別である。正直、味の想像ができない。
「食べてみればわかりますよ」
 もともと紅茶とのペアリングにデザインされたクッキーなのだ。
「じゃあ、ちょっとだけ食べてやるよ。小腹も空いたしな」
 不思議そうにクッキー缶をつつきながら横柄にうなずく。好奇心には勝てなかったらしい。
「なら、その前にお茶を淹れましょう。ちょうど封を切ったものがあります。一度飲んでみましたが焼き菓子の香ばしさが表に出た香りだったのでストレートよりはミルク向きですね」
「でも、栗とキャラメルなんだろ?」
 もっと甘さの強い香りではないのか。
「そこはきちんと計算されていましたよ。あまり香りが強過ぎてはせっかくの味が負けてしまいますからね」
「それもそうか」
 なら善は急げだ。マサキは勝手知ったるキッチンへ一足先に駆けて行く。その足取りは心なしかはずんでいるように見えた。
「本当に素直な人ですね」
 毎度のことではあるが感心してしまう。
 ふと落とした視線の先には今にも踊り出しそうなかぼちゃの茶缶とお化けのクッキー缶。
 去年、マサキはこれを求めて東奔西走していたのだ。ネット予約に間に合わず、キャンセル品もことごとく売りきれであったと失意にまみれた背中はさすがに憐れだった。
 だが、今年は目当ての物が無事手に入ったのだ。家族の団欒に水を差す差し迫った任務もない。プレシアは喜ぶだろう。マサキも兄の面子を守れたとしばらくは上機嫌に違いない。
「いい買い物をしました」
 たまには善行を積むのもいい。
「今年はお菓子treatだけで十分かもしれませんね」
 そうつぶやけば、ほんの一瞬、かぼちゃの茶缶とお化けのクッキー缶がかたかたと音を立てて笑った気がした。

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