七五〇年前からの

短編 List-3
短編 List-3

「何だこれ? ……草履っつうか、わらじ?」
「サンダルですよ」
 何とはなしに訪れたセーフハウス。勝手知ったる足取りで乗り込めば、リビングのテーブルに当たり前のように置かれていたガラスケースが目に留まった。中身は何かと好奇心に釣られてのぞいてみれば。
「サンダル?」
「ええ。ヒゲワシの巣で発見された七五〇年前のサンダルです」
「七五〇年前だぁっ⁉︎」
 思わずすっとんきょうな声が出た。
 ぱっと見はもうほとんどごみにしか見えなかったが、よくよく見れば確かに草と小枝で編まれたサンダルだった。
「お前、どこからこんなもん見つけてきたんだよ」
 また何か厄介事にでも首を突っ込んだのか。あからさまに顔をしかめてマサキが問えば、シュウはいけしゃあしゃあと言ってのける。
「慈善活動の一環として買い取ったのですよ」
「慈善活動?」
 片眉を大げさに跳ね上げ、マサキはうさんくさげに目の前の男を見上げる。身長差八センチ。この事実に心が安らぐ日はおそらく永遠にこないだろう。
「活動予算が足りなかったらしく、その援助として買い取ったのです。保存状態もとても良かったですからね」
「お前が素直に人助けしてる時点で怪しい」
「失礼な。グランゾンを開発していた頃に知り合ったエンジニアですよ。彼の趣味は冒険家ですからね」
 ヒゲワシは山岳地帯に生息し、多くの場合、崖の洞窟などの守られた場所に巣をつくる。このサンダルはそんな危険な場所に自ら乗り込んで手にした戦利品であったらしい。
「命がけじゃねえか。そんな危ない目に遭って見つけたってのに、よく手放したな」
「このサンダル——アゴビアと言いますが、巣の中に何枚もあったそうですよ。ひとつくらい手放しても特別支障はなかったようです」
「だからって、そんなあっさり手放せるもんかね」
 いくら金策のためとはいえ、歴史的な価値も十分にあるであろう代物をあっさり手放すなど考えられない。
「研究にしろ冒険にしろお金はかかりますからね。現実は厳しいものです」
 グランゾンの開発者であるシュウの顔はいつになく神妙だった。まあ、確かに金はかかっただろう。あんな馬鹿と冗談が徒党を組んだとしか思えない機体を実現させたのだ。一体どれだけの資金が費やされたことか。想像しただけで身震いしてしまう。
「それにしたって、何で突然こんなもん買い取ってきたんだよ」
 慈善活動だと言っているがそれだけが理由だとは到底思えない。何せ目の前の男はシュウ・シラカワなのだ。
「欲しかったのでしょう?」
「へ?」
「以前、言っていたではありませんか。プレシアに自慢できるようなトリビアが欲しいと」
 だが、ラ・ギアスに召喚されて数年のマサキと生粋のラ・ギアス人であるプレシアとでは「世界」——ラ・ギアスに関するそもそもの知識量が違う。マサキがプレシアに自慢できそうなものといえば基本的に地上に関する知識だけだった。
「ヒゲワシはハゲワシ類のなかで唯一、死骸の骨を主食とする特異な食性をしています」
「骨を食うのか?」
「ええ。骨の供給源はオオカミやイヌワシなど他の捕食者が残した大型哺乳類の死体であることが多いですね」
「よく腹壊さねえな」
「だから、とてもめずらしいのですよ」
 ラ・ギアスにもワシ類は存在するが、ヒゲワシのように死骸——それも骨を主食するものはいない。
 そんなヒゲワシの巣から見つかった七五〇年前のサンダルだ。そこに至るまでの冒険譚も付け加えればきっと興味を引くに違いない。
「これならプレシアにも自慢できるでしょう?」
 くっくと喉を鳴らして笑いかければマサキは羞恥で顔が真っ赤になる。一体何をどこまで見通しているのだ、この男は。
「……理由はよくわかった」
「理解していただけて何よりです」
「でもな」
「はい」
「だからって、こんなもんほいほい引き取ってくるんじゃねえ。どこに置く気だ、こんな貴重品っ‼」
 事情を知らない人間からすればただのごみだが、マサキはこのサンダルの「素性」を知ってしまった。とてもではないが雑な扱いなどできるはずがない。
「それは心配無用です。寄贈先はもう決まっていますから」
 引き取った時点で学術関係の施設に寄贈することは決めていたらしい。サンダルの新しい所有者は歴史学者の中でも特に地上の歴史を専攻する研究者であった。
「何だよ。だったら早く言えよ。焦ったじゃねえか」
 そうだった。この男を相手に心配など杞憂でしかないのだ。マサキは無駄になった心労の大きさにため息をつく。
「そうですね。次はもう少し可愛げのあるものにしましょう」
「お前が持ってくる時点で可愛げもクソもあるか」
 脱力感を禁じ得ずソファにもたれかかる——つもりで、気づけばあっと言う間に抱き込まれていた。機嫌がいいからと人を抱き込むこの悪癖、どう矯正したものか。
「無駄だと思いますよ。だって、ご主人様ですから」
 当時、ぼやくマサキに向かってそう言って匙を投げたチカはすでに半目だった。
「どうかしましたか?」
「どうもしてねえよ。それより、さっきから上機嫌だな。何がそんなに楽しいんだよ」
 本当によくわからない男だ。そんな感情がありありと顔に出ていたのだろう。愉快そうにシュウはマサキに問うてくる。
「気に入りましたか?」
「は?」
「あのサンダルですよ。役に立ちそうですか?」
「いや役に立つかって……、まあ。たぶん、役には立つな」
「それは良かった。引き取ったかいがあったというものです」
「何だそれ。まさかお前……、それで機嫌がいいのか?」
「いけませんか?」
「いや、別に悪くはないけどよ。だいたい、この程度のことで何でそんな機嫌いいんだよ」
「せっかくの誕生日ですからね。贈るならあなたの役に立つ物にしたかったのですよ」
「誕生日?」
「去年は彼らに先を越されましたからね。今年は抜け駆けさせてもらいましたよ」
 マサキの誕生日は再来週だ。だが、すでに短期の任務が入っている。だから、来週中にでも誕生日パーティーをする予定になっていたのだ。どうやらそれをどこかから聞きつけたらしい。
「ガキか、お前は……」
 仕方ない。そう、仕方がないのだ。だから、もしかしたらほんのちょっとだけ健気かもしれないこの面倒くさい生き物の頭を一回くらいはなでてやろう。
 マサキは新たな脱力感に耐えながら見慣れたロイヤルパープルに向かって手を伸ばしたのだった。

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