約束された楽園の王様

短編 List-3
短編 List-3

第一話

 そこには空もなければ大地もなく「世界」はただ白かった。白紙化された「世界」であったのだ。ゆえに「住人」たちもまた白かった。
 視界を埋める純白の群れはただ一人の例外なく子どもの姿をしていた。髪も肌も衣服もまるで漂白されたかのように白い。その瞳——深淵すら飲み込む極黒の瞳だけが「世界」に残された唯一の色彩であった。
「助けて」
「王様を助けて」
「戦士様、王様を助けて」
「助けて、助けて」
「王様、王様」
「返して」
「私たちの王様を返して」
「王様をいじめないで」
「王様にひどいことをしないで」
「お願い、王様を助けて」
「戦士様、戦士様」
 懇願の群れはさながら蟻の行列のごとくどこまでも続き、やがて大蛇のようにとぐろを巻き始める。彼らの願いはただ一つ。無慈悲に奪われた「王」の帰還。
「『約束された楽園ネバーランドの王様』を返して!」
 絶対の庇護者を奪われた悲嘆は涙に研がれ、今や刃に等しく呪詛も同然であった。

 『約束された楽園の王』は白いシルクハットをかぶった黒猫の道化師。臣下は九つの真っ赤な風船。風船は虐げられた魂を楽園へ導くために現れる。そして、王の風船が一度に助けられる魂は風船の数と同じ九人まで。
 風船に導かれた魂は『約束された楽園』で傷を癒やし、やがて精霊界へと渡っていく。
「『約束された楽園』の扉は理不尽な死を遂げた子どもたちにのみ開かれる。おそらく、お主が見た『白い子ども』たちがそうなのであろう」
 悪夢と呼ぶにはあまりに悲痛であった白い夢。
 なぜか仲間たちに相談することができず、解決策を求めてソラティス神殿に駆け込んだマサキの顔を見るなり、イブンはまるで「たった今思い出した」とばかりにそう言って肩をすくめた。
「マジかよ……」
 対してマサキはあまりの事実にただ立ち尽くすしかなかった。まるで蟻のごとく延々と列を成していた懇願の群れ。あれがすべて理不尽の犠牲者たちだというのか。
「なあ、その『約束された楽園』って……」
「残念じゃがわしに思い出せるのはここまでじゃ。わしはもう子どもではないからの」
「何だよ、それ」
「言葉通りの意味じゃよ。楽園に触れることができるのは子どものみ」
 大人になってしまった者に楽園の扉は決して開かれない。許されるのは楽園にまつわる記録の一片——それをほんの一瞬思い出すことだけ。それすら運次第なのだ。
 そして、イブンは運が良かった。否、正確にはマサキの運が良かったのだ。
「楽園にまつわる記録はそれ自体が一つの呪術に近い。楽園と波長の近い子どもあれば自然と縁を結べるが、それはあくまで子どものときだけ。大人になるにつれて楽園との縁はほどけていく」
 端的に言ってしまえばアクセス制限がかかるのだ。
 もちろん、例外もある。
「お主のように根っこの部分がまだまだ幼くあれば楽園の扉も自然と開こうよ」
 イブンが瞬間的に「思い出した」のはおそらくマサキが楽園との「縁」を持ち込んだ影響によるものだ。
「うるせえな。勝手に人をガキ扱いしてんじゃねえ!」
 だが、それが真実であれば事態は深刻だ。
 イブンの話では楽園は精霊界に渡れぬほどに傷ついた魂が傷を癒やすための場所だという。そして、楽園の子どもたちはマサキに「王」を助けてくれと言った。
 王の不在は楽園の崩壊に繋がる。そうなれば楽園で眠る魂たちは最悪、消滅の危険すらあるのだ。
「なあ。楽園に外から干渉する方法ってあるのか?」
「ないな。言うたであろう。楽園と縁を結べるのは子どもだけだと」
 では、楽園の王は「誰に」奪われた。
 「外」からの侵略者にではないのか?
「……可能性があるとすれば、『臣下』であろうな」
 王が手に持つ九つの真っ赤な風船。それは憐れな魂を楽園に導くために現れる——楽園への片道切符。
「風船を奪うことができればその縁をたどって楽園に乗り込むことも叶おう。じゃが、楽園は現世から隔絶された一つの世界。生半可な実力でたどり着ける場所ではない」
「でも、子どもたちは確かに王様を返してくれって言ってたぜ」
 であれば、間違いなく楽園は外界からの侵略を受けたのだ。そして、象徴である王は侵略者によって略奪された。
「なあ、その王様って奴にはどんな力があるんだ?」
「わからん。その特異性から楽園に関する公的な資料はほとんど存在せんのだ。ただ、傷ついた数多の魂を囲い、その傷を癒やせるだけの『場』を築けるのじゃから、高位精霊に等しい力を持っておるのは間違いなかろう」
「高位精霊か……」
 だとすれば、侵略者が用いたのは十中八九【精霊の支配法ゲアス】だろう。大地の精霊王であるザムージュの人格を宿したザムジードでさえ、【精霊の支配法】には抗えなかったのだ。
「まさか、ヴォルクルス教団の仕業じゃねえだろうな?」
「なぜ、そう思う」
「だって、死んだ人間の魂を集めて治せるんだろう? だったら」
 太古に滅んだ邪神の魂も癒やせるのではないか。
 自ら口にしたことでありながら、マサキの背筋を氷塊が流れ落ちる。
「確かに可能性がないわけではないが……、精霊と邪神では魔力の質は正反対。接触した瞬間、拒絶反応を起こすであろう」
「じゃあ、やっぱり別の連中か?」
 いずれにせよ楽園の「機能」を理解してなお略奪を強行するような輩だ。倫理観などとおに捨て去っているに違いない。
「わかった。あとはこっちで何とかする」
「お主がか?」
「何だよ、信用ねえな」
「当然じゃ。日頃の言動を考えい」
 イブンの言は辛辣だが事実であった。
「大丈夫だ。アテはある」
 人間性に難はあるもののマサキが知る人間の中であの男に勝る「戦力」はない。選択肢としては最悪な部類だが人選的には最優のはずだ。
「なるほど。……割れ鍋に綴じ蓋とはよく言ったものよ」
 マサキが口にしたアテの正体を即座に察したイブンはやれやれと大仰にため息をつく。そこには脱力感さえ漂っていた。
「それ、前にも言われたことあるんだけどよ。どんな意味があるんだ?」
「たわけ。それくらい自分で調べんか!」
 轟雷一喝。抵抗の余地もなくそのままマサキは神殿から叩き出されてしまう。
「何だよ。おっかねえなあ」
 容赦ない仕打ちに、しかし、ふてくされている暇はない。最低限の情報は得た。ならば、あとは走るだけだ。

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